ミオの窮地
どうやら「ダイモスⅡ」はピンチであるらしい。それというのも、秘伝のタレを奪われたから。それもかつての従業員に。
パシャがカウンター席で濡れた身体を拭いて、厨房に灯る火で身体を温めている間に、ミオから聞かされた「事情」は簡単に言えばそういうものらしい。
「ダイモスⅡ」がある、つまり二人がいるこの街は「ポッド・ゴッド」という名で、少し頑張っている田舎町といったあたりの評価になるだろう。
北に広がる草原での狩りや牧畜が「ポッド・ゴッド」の主な産業だ。海は近いが港に適した地形に恵まれなかった。周辺が砂浜ばかりだったのである。
この砂が海辺だけではなく、周囲全体を埋め尽くしているのか、穀物などはどうしても上手く育たないようだ。
そして「ダイモスⅡ」の客層は、そういった身体を使う職業の男たちだ。名物のポッドチキンの焼き物を中心として、大いに繁盛していたらしいのだが……
「なるほど。これは美味しいですね」
ミオが厨房に火を入れて、何をしていたかというと、パシャにポッドチキンの焼き物の準備をしていたらしい。
最初は遠慮していたパシャだったが、香ばしい匂いに腹の虫が先に反応してしまったようだ。ミオに勧められるままに串を手に取ってしまっていた。
「そうでしょ? でもタレがもうないのよ。それでもう閉店するしかないなって……」
「そんな……それは酷い話ですよ。どこかに訴えたりは?」
ミオはそれにかぶりを振った。
「正直どこに訴えれば良いのかわからないの。それに、元はウチの従業員だから、同じ味になっても不思議はないわけだし」
「はぁ……なんと言えば良いのか……そんな貴重なものを俺に……」
パシャがモゴモゴとミオを慰めようとする。
「それは気にしないで。パシャさんがあの場で倒れていたのも、おかしな言い方だけど良い機会だったのよ」
そんなパシャに向けて、ミオはサバサバと声をかける。
「最後に必要な人にご馳走することが出来たんだから。私が日頃から行き倒れてる人に、何回もご馳走して『こんなこともあろうかと』って準備してたわけじゃなくて、今回は本当にたまたま――」
ミオ自身が理由を探すように、言葉を積み重ねていく。だがそのおしゃべりがピタッと止まった。
なにしろパシャが、三白眼を見開いているのだから。
そのパシャは串を皿の上に置いて、ダミ声で呟く。
「……!こんなこともあろうかと《・・・・・・・・・・・》?」