存在の痕跡
「いらっしゃいませ――あ、店長」
「うん。無事に終わったみたいでね。その祝宴をまたやるんだって」
昼の「ダイモスⅡ」を任せているハイヴが、外出から戻ってきたミオに声をかけた。
運良く、少しは余裕があるようなのでミオはそのままハイヴを連れて二階の自室に向かった。
「それで『クーロン・ベイ』の人達も当然祝宴に出るでしょ? それはウチでは無理なので~」
「そ、それはそうですね。でも、皆さん無事だったっんですね。良かった~」
ミオがハイヴに頷いた。
「それはそうなんだけど、やっぱり無茶苦茶大変だったみたいで、先に空を飛ぶ船が帰ってくるんだって。当然、ウチには先に帰ってくる人が多いから……」
「わかりました。そこで慌てたり、騒動になったりしないように気をつけます」
本当にハイヴは成長している。
頼もしくなった、とミオも思っていた。
だが、レッギ山地に向かったのは男性ばかりだ。新酒は良いけれども、フルーツやケーキばかりでは不満も出てくるだろう。
「サンダーフェニックス」と連携して、ウチはちゃんと「ポッドチキンの焼き物」を用意した方が良い。
ミオはそこまで考えると、ハイヴに夜の「ダイモスⅡ」への転換について確認した。
「わかりました。ランスくんにも伝えておきます」
「うん、お願い。私も夜の部に顔を出すから私ちょっと休むわ」
ハイヴが頷こうとした時、その仕草が途中で引っかかった。
「……何かある?」
ミオが訝しげに確認すると、ハイヴは首を捻りながらおずおずと口にした。
「あの……カウンターから奥の厨房に行く途中に扉がありますよね」
「ええと……」
そう聞かれて、ミオは自分の記憶をひっくり返した。
その結果――
「あったっけ?」
という頼りない言葉がミオから紡ぎ出されるだけ。
「まぁ、あったとしましょう。それが何か?」
「いや、あの扉があると動線がややこしくなる……あれ? 私の勘違いかな?」
ハイヴまで怪しくなってしまった。
そこで二人揃って厨房に行ってみると――
「あれ? すいません私の勘違いですね」
「そうでしょ? こんな奥の厨房に繋がるだけの場所に扉なんて《《あるわけがない》》もの」
ハイヴの言う扉は無かったのである。
「ハイヴさんも疲れてるのね。祝宴でまた忙しくなるから、どこかで休んで」
「あ、はい……そうですね。どうしてこんな勘違いを……」
そんな風に落ち込むハイヴの背中を、ミオが叩いた。
「気にしない気にしない! 頑張っていこう!」
「……はい!」
二人の明るい声が揃う。
それは発展著しい「ポッド・ゴッド」の将来を象徴するかのようだった。
――誰も発展の理由を認識できないまま。
fin