第40話 誰?
「「何!?」」
レオナールを仕留められなかったこともそうだが、突如、流星の如く現れた謎の男にもシン、ポルクスは驚かされた。
背が高く、その手に槍を携えた男だった。男にしては長い濡れたような黒髪に猛禽類を思わせる目つき。
細身に見えるその体から漏れ出る強者特有の覇気は男がレオナールに引けを取らない実力者であることをありありと示していた。
「ぐっ!」
飛ばされた時の勢いが落ち、ポルクスが受け身を取りながら地面に落下する。
シンは空中で体勢を立て直し、足を着くと同時にマルミアドワーズを地面へ突き刺し無理矢理勢いを殺す。
そして二人は同時に剣を構えた。
「すまねェ……助かったぜシリウスの旦那」
レオナールは立ち上がりながらシリウスと呼んだ男に礼を告げる。
どうやら教団の仲間らしい。それも「旦那」とある程度の目上の者に使う呼称で呼んでいることからシリウスがレオナール同様『十二使徒』である可能性も浮上してきた。
「こっちは総統を含む国家首脳陣の抹殺に成功。旦那は?」
「こちらも財界人を中心とする権力者の抹殺を完了。加えて監獄に収監されていた前総統も殺した」
「そっか――これでようやく旦那の復讐も達成出来たってことだな」
「ああ――これでようやく我が王に餞ができる」
そう哀愁を漂わせながらシリウスは答えた。
先迄の物騒な科白似合わないしんみりとした雰囲気はどこか遠い過去に思いを馳せているようで二人に攻撃を躊躇わせた。
「それで?何故任務が完了しているにも関わらず合流場所へ来ない?」
「見りゃ分かんだろ。あの二人と戦闘になってたんだよ」
「それは分かっている。私が聞きたいのは何故手こずったのかということだ。いつものように悪趣味な遊びをしていたのか?」
詰問するような口調でシリウスが言うとレオナールは自嘲げに肩を竦めた。
「思ったよりあの二人が強かったんだよ。特にあのバカデカい剣持った方は中々だぜ」
「ほう、お前にそこまで言わせるとは……」
そう素直な感想を口にしながらシンへ顔を向ける。
「――――」
シリウスはシンの顔を凝視したまま固まった。
見開かれた目は「信じられない」とでも言いたげでまるでそこだけ時間が止まったようだった。
「旦那?どうしたンだよおい」
異変に気が付いたレオナールが声をかけるも反応はない。
やがてそんな状況が暫し続くと、ゆっくりと氷が溶けるようにシリウスが反応を見せ始める。
「生きて……おられたのですね……」
「――え?」
「ここにおられたのですね……我が君」
シリウスが見せた表情。それは歓喜と呼ばれるものだった。
感動の涙を流し、慈愛の視線を向けてくる。その目をシンは拒むことが出来なかった。
「おれことを……知っているんですか?」
シンの問いかけにシリウスは短い絶句を挟むと――、
「――記憶を失くしているようですね……ですが、何の心配もございません。貴方様が記憶を取り戻すまで私がお守りします。さあ、こちらへ」
シリウスが手を差し出す。
それにシンは困惑した様子を見せた。
見ず知らずの男に慈愛の感情を向けられたからではない。
その感情が本物だと気づいてしまったからだ。
(じゃあ、この人は本当におれのことを知っている?いや、おれの目が節穴なだけで気付けていないという可能性も――)
「シン君!聞いちゃダメだ!」
そうポルクスが訴えかけながらシンへ駆け寄ろうとするもそれをレオナールが阻む。
「悪ィが旦那の邪魔ははさせねえよ。オレ様の遊び相手になってもらうぜ」
「くっ!」
その様子をシリウスは横目で確認すると再度シンへ向き直る。
「さあ、どうぞこちらへ」
やはり嘘には見えなかった。
シンは一歩、前へ歩み出る。
シリウスを信用したからではない。
自分が何者か知りたいと思ってしまったからだ。
彼なら自分の過去を知っているのではないか。
そんな期待が一歩、一歩とその歩みを進める。
「シン君!」
その時だった。
窓ガラスが割られ、何者かが飛び込んでくる。
「チッ!」
何者かは飛び込んできた勢いのままシリウスに襲いかかった。
シリウスはそれを槍で受け止めるも弾き飛ばされ、シンとの距離を離されてしまう。
そこへすかさず何者かがシンの前へ守るように立つ。
「シンくん、大丈夫?」
「アストレア……様?」
そこへ扉が開き大勢の兵士が殺到する。
アストレアが連れてきた王国軍の兵たちでその中には見知った顔もいた。
「アドニスさん!」
「おーシン!無事だったか。俺も無事だぜ」
そう返事をすると安心させるように笑ってみせるアドニス。
所々傷を負っているようだが、大したことはなさそうだ。
「貴方は……!」
現れたアストレアにシリウスは驚いた様子を見せる。そして、短く笑った。
「何がおかしいのかしら?」
「……いや、運命とは数奇なものだと感じましてね、アストレア王女」
余人には理解出来ない科白を呟いた後、シリウスは槍の穂先を向ける。
それに倣うようにアストレアもクラレントを構えた。
「貴方は何者?」
「我が名はシリウス・ライラプス。【天星の使徒教団】『十二使徒』が一人」
「【天星の使徒教団】!?」
「『十二使徒』だと……」
素性を明かしたシリウスに周囲の兵がどよめく。
そこにあるのは怯え、恐れ、動揺、警戒といった負の感情。
その反応で『十二使徒』の肩書きがどれほど恐れられているのかが分かる。
「右に同じく『十二使徒』レオナール・プランシーだ」
「レオナール……?」
聞き覚えのある名前にアストレアは自分の記憶を探り――思い出した。
「貴方……ポルクスを殺した……!」
「おいおいまたそれかよ。ポルクスポルクスって……もう今日だけで聞き飽きたぜその名前」
呆れたような仕草を見せるレオナールに怒りが込め上げてくるもそれを何とか理性で抑える。
(苛立っては相手の思う壺よ)
そう自分に言い聞かせるとアストレア一度息を払い、口を開いた。
「貴方がたが【天星の使徒教団】……それも『十二使徒』を名乗るなら王国の王族として、軍人として見逃すわけにはいきません。総員!戦闘準備!」
アストレアの命令に兵達が一斉に武器を抜く。
先程までの恐れを感じさせない洗練された動きだった。
しかし、シリウスはその光景を無感動に見渡すと――、
「凡百がいくら集っても同じこと。我が君は返させて頂く!」
雰囲気が変わった。
まるで周囲の空気が氷点下に達したような冷たい殺気が振り撒かれる。
それだけで兵達の多くは腰が引け、武器を持つ手が震え出す。
まるで断頭台に首をかけられたかのようだ。
「まだ楽しめンならオレ様もやってやるぜェ。オレ様の『聖痕』は対軍向きだしなァ。旦那と二人かがりならこれくらいどうってことねえンだよ」
いつ戦闘が始まってもおかしくない特有の緊張感が駆け巡る。
アストレアは察知していた。
この戦いで多くの兵が死ぬであろうことを。そして、じぶんもその一員なる可能性が多いにあるであろうことを。
それでも――と。アストレアは自身を奮い立たせる。
(ここで彼らを倒さなくては将来もっと大きな犠牲が出る。それにここで見逃したらポルクスに合わせる顔がない……絶対に勝ってみせる!)
双方が一歩を踏み出したのは同時だった。
そして、それは多くの死体が量産される始まりの鐘だった。
だが――、
「全員その場で止まれ」
その一声で一同の動きは止まった。
誰かに強制されたわけではなかった。
しかし、止まってしまった。
その声には従わざるを得ない不思議なオーラが乗っているように感じた。
「ここで死ぬのはまだ早い。まだ何も成していない内に死ぬのは勿体無いだろう?」
声の主――いつの間にかそこにいたローブで顔を隠す銀髪の男はそう言って静かに笑った。




