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捨て駒にされた奴隷ですが、敵国の王女様に助けられました〜今更戻ってこいと言われても絶対に戻りません。さようなら〜  作者: 終夜翔也
第1章 終わりと出会い編

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第4話 奴隷と王女

 突如として現れたそれは女神のようだった。

 長く美しい金髪に起伏に富んだ体つき、目元は布で隠されており、簡素な白いドレスを纏ったシンの倍はある体躯からは隠しきれない神気が漏れ出している。これを女神と言わずして何と言おうか。


 そして、その拳が人ならざる膂力を以って弾き返される。

 背後から殺気を感じたのはその直後だった。

 裂帛の斬撃を体を反らして避けると髪が数本散った。あと少しでも反応が遅れれば首が飛んでいただろう。


 「――っ!」


 やはりと言うべきか、振り向くとそこには斬撃の主――アストレアが鋭い眼光をシンに向けていた。

 この天秤の女神はアストレアの『聖痕(スティグマ)』《正義の女神(ユースティティア)》。魔力で構成された仮初の女神を召喚する能力だ。


 「アストレア様!」


 「皆んな生きてる!?」


 団長の戦線復帰にカストルが歓喜の声を上げるが、アストレアはそれに応える代わりに団員の安否確認を求める。


 「はい!重傷を負っている者もいますが、全員息はあります!」


 「なら総員退却……してっ!」


 カストルの肩を担ぐアドニスの返答を聞くと矢継ぎ早に退却命令を飛ばす。

 しかし、アストレア第一のカストルは当然のように反発した。


 「お待ち下さい!アストレア様を置いて逃げるなど……」


 「早く逃げて!そうじゃないと全員焼け死ぬわよ!」


 アストレアの必死な声にカストルは押し黙った。

 真炎は既に周囲の木々に燃え移り火の海を形作っている。密林全体が炎に包まれるのは時間の問題だ。

 ここにきてカストルは自分の浅慮を呪った。少し考えれば自分の真炎がこの密林を焼き尽くすなど分かっていたはずなのに。


 「わたしはあの子を倒してから後を追うわ」


 そんな胸中を知ってか知らずか、アストレアは安心させるような優しい笑みを向けた。

 その笑みにカストルは下唇を噛み締める。


 (そんな顔をされたら、従うしかないじゃないか……)


 「……御武運を」


 そう搾り出すように言い残すとカストルは隣のアドニスに頷きかけ、背を向けた。


 「総員退却!すぐにこの森から退却せよ!これは団長命令である!」


 満身創痍とは思えぬ声量でカストルが呼びかける。それが独断であると疑う者は誰一人としていない。

 だが、その顔には先程のカストルと同じように迷いが浮かんでおり、本当にアストレアを放って逃げて良いものなのか不安に感じていた。しかし――、


 「アストレア様を信じろ」


 迷いを断つにはその一言だけで十分だった。

 静かだが確かな信頼のこもったその言葉に騎士達は力強く頷くと王女に背を向け、炎の森を駆け抜けていった。


 「……貴女は戦うつもりですか?」


 逃げていく【星乙女騎士団】をシンは追おうとはしない。

 シンの目的は少女を守ること。そして星乙女騎士団にはもう追撃を仕掛ける余力な残っていないだろう。


 「ええ。まさかそんな力を隠し持っていたなんて、貴方ほどの脅威を見逃すわけにはいかないわ」


 剣を構えたアストレアにシンは肩を竦めた。

 どうやら逃がしてくれる気はないらしい。


 「我が名はアストレア・ゲンチアナ・オブ・ザンザス!ザンザス王国第二王女にして【星乙女騎士団】団長也!」


 「シン。ただの奴隷」


 言わずとして知られた決闘の儀礼。

 王女は己の在り方を誇示するように、奴隷は単調に名乗りを上げた。

 立場も身分も対照的な二人だが唯一共通していることがある。


 それは帰りを待っている者がいること。


 王女は多くの同志が。

 奴隷は一人の少女が。


 二人は待っている者のもとへ帰るために戦うのだ。


 「いざ尋常に勝負!」


 アストレアの叫びと同時に決闘の火蓋が切って落とされた。

 先に動いたのはシンだった。神速の速さでその矮躯を霞ませ、彼我の距離を無くすと力任せに拳を振るう。

 しかし、その拳はアストレアに届くことはなく、《正義の女神(ユースティティア)》が携える黄金の剣によって打ち払われる。

 その隙に背後に回り込んだアストレアは袈裟斬りを仕掛けるが、シンも同じように拳で打ち払う。

 が、そこへ代わるように《正義の女神(ユースティティア)》も剣撃を振るう。


 小手先での出方の探り合いや牽制など一切ない。最初(はな)から全力をもっての死闘だった。


 「くっ……」


 《正義の女神(ユースティティア)》は特に指示を受けずともアストレアの動きに合わせて攻撃を仕掛けてくる。

 示し合わせたかのような阿吽の連携にシンは迎撃に転じることも出来ず防戦一方になっていた。

 一見、数の利を生かしたアストレアが有利な戦況。だが、その顔に余裕の色はない。


 確かにアストレアの方が優勢に戦いを運んではいるが、手数の多さに反して決定打となる一撃を加えれずいるのだ。

 勿論、攻撃が当てられていないということではない。しかし、シンの体を切り刻んだ傷は瞬く間に治癒されてしまう。

 そんな熾烈な近接戦(インファイト)の中、両者は同様の結論に達していた。


 周囲は既に火の海。燃え盛る灼熱の炎は勿論だが、脅威はそれだけではない。

 火事が起こった際、最も多い死亡原因である一酸化炭素中毒だ。目に見える火は避けることが出来るが空気中に漂う不可視の気体を避け続けることなど出来ない。

 例え勝負に勝つことが出来たとしても一酸化炭素が充満し、倒れれば全てが水の泡。

 つまりこの仕合に勝利して且つここから脱出し生き残るには短期決戦で仕留めるしかないのだ。にもかかわらず――、


 「えっ!?」


 突如としてシンが戦闘を中断し、明後日の方向へ駆け出した。


 (逃げた!?何で!?諦めた!?それとも誘導!?)


 あらゆる疑問が頭の中を駆け巡るも次の瞬間には考えるのをやめ、その背中を逃すまいと《正義の女神(ユースティティア)》を従え追いかける。


 その前に木の壁が立ちはだかった。

 シンが聖痕(スティグマ)を使い、妨害のための木々を生やしたのだ。

 しかし、この程度でアストレアは止まらない。

 《正義の女神(ユースティティア)》の剣の一振りで木々を一瞬で斬り倒した。


 足を止められた時間は寸刻にも満たない刹那。

 だが、その刹那がアストレアを窮地に追いやった。

 木が倒れるとそこには()()()()引きちぎった燃え盛る大木を戦斧のように掲げるシンがいた。

 

 「はあああああああああっ!」


 振り下ろされる木槌。直撃すれば命はない。

 受け止めることすらも危険と判断したアストレアは《正義の女神(ユースティティア)》と左右別々に体を投げ出した。


 振り下ろされた木槌は地面に叩きつけられ、地震と錯覚するほどの揺れを起こすと同時に爆風と言ってもよい火の粉の混じった突風を巻き起こらせる。

 体勢を崩し、倒れるアストレア。立ち上がると同時に自身に迫るシンの気配を感じ取る。

 気配のする方へ体を向けると煙を掻き分け、肉薄してきたシンに斬りかかり――、


 「っ!?」


 アストレアは目を見開いた。その空色の瞳に映ったのは布が巻き付けられた矢だった。


 (フェイク!?まずっ……)


 気づいた時にはもう遅い。

 背後へ飛んできたシンが渾身の蹴りを華奢な胴に叩きつける。


 弾けるように飛ばされるアストレア。

 体が真っ二つに千切れたと錯覚させるほどの痛みとともに木に激突。肺の中の酸素が全て搾り出され、苦しさに喘ぐ。

 酸素を求めて息を吸い込もうとして――、


 「あ…………」


 目の前にシンがいた。

 距離という概念を無視したかのように現れた少年はその細い首筋に手を伸ばす。

 呼吸すら忘れてアストレアはそれを拒むかのように、手放さなかった剣をその心の臓に向かって突き出した。


 一瞬の間も置かないノータイムでの反撃にシンの顔が驚きに染まる。

 そして、剣先が吸い込まれるようにして胸に近づいてゆき――肉を貫き青々とした葉に赤の斑を散りばめた。

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