第39話 悪魔の取り替え
対峙する双方。その間には些細な動作をきっかけに戦端の火蓋が切られてもおかしくない一触即発の雰囲気が漂っていた。
しかし、動かない、否――動けない。
下手に動けばそれは隙と転じ、殺される。
それを理解しているシン、ポルクスは構えの姿勢のまま動くことが出来ず、一筋の汗を流した。
レオナールも同様で威勢のいい言葉に反して二人の出方を伺うという慎重な動きを見せており、隙を見せるのを静かに観察していた。
それはさながら水中から獲物を狙う鰐のようであり、本能的な恐怖を覚えた。
だが、二人とてただ攻めあぐねているというわけではなかった。
(御察しの通りやつの『聖痕』《悪魔の取り替え》は視界内にいる生物同士の位置を入れ替える能力だよ)
(生物同士?何でもというわけではないんですね?)
レオナールから目を離さないまま、囁き声で対策を立てていた。
(そう。加えて言うと一回使うと次に使うまでに五秒ほどのインターバルがあるみたいで連続して使うことは出来ない)
(じゃあ、一回使わせてその五秒のインターバルの隙を突くという方針で――)
言葉はそこで途切れた。
視界の先でレオナールの姿が揺れ、ポルクスへと変貌したからだ。
「――――っ!!」
振り向くと同時にでき得る限りの力を込めた斬撃を繰り出す。
そこには案の定レオナールがおり、シンの斬撃を片手半剣で受け止める。
「――おっと!」
しかし、想定以上シンの膂力に耐え切ることが出来ず、足が地面に陥没する。
(いける!)
残り三秒。
このままレオナールを押し潰すべくシンは更に腕に力を込めるも――、
「!?」
突如拮抗していた力が消え、体が前のめりになる。
何が起こったのか。
倒れゆく中、シンは後方に飛びながらこちらを見て笑うレオナールを見た。
このままでは潰されると判断したレオナールが抵抗するのを止め、わざと飛ばされることで攻撃を回避したのだ。
拙いという焦燥感がシンの心中を駆け回る。
攻撃を回避されたことにではない。距離を取られることにだ。
距離を取られては遠距離攻撃手段を持たないシンは何も出来なくなる。
そしてここでレオナールを倒せなくては再度能力を使う余力を与えてしまう。
そうなっては拙い。
あの一手だけでシンは二重に追い詰められたのだ。
残り二秒。
絶対に逃すわけにはいかない。
シンが足に力を込めると足元が破壊され、地面の欠片が宙を舞う。
そして――神速。
神速の速さを以て、音を置き去りにする勢いでレオナールとの距離を一気に無とする。
「ッ!?」
初めてレオナールの顔色が変わった。
逃げたと思ったら追いつかれたのだ。
そもそも飛ばされた勢いに足の力だけで追いつくなど常軌を逸してる。
「はああああああああああああああっ!」
剣を振るうシン。
それに同じく剣で応戦するレオナール。
その工程が刹那の間に幾度も繰り返されることで無数の剣筋が閃く剣戟となった。
空中を高速移動しながらの剣戟は一秒にも満たなかったが、当の本人たちには永遠を体現したかのような濃密な時間に感じられた。
「クッ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
先に王手をかけたのはシンだった。
レオナールが生んだ一瞬の隙を見逃さず、針に糸を通すような斬撃をお見舞いする。
残り一秒。
シンは勝利を確信した。
だが――、
「――――」
レオナールがニヤリと笑い、シンが剣を振るうより早く眉間に何かを突き付ける。
それはレオナールのもう一つの得物である釘打機だった。
(しまっ――――)
こんなゼロ距離で突きつけられては回避のしようがない。
シンを冥府へ誘う引き金が引かれて――、
「シンくんんんんんんんんんんんんんんんんんっっ!!」
何かがシンを横から突き飛ばした。
それはポルクスだった。ポルクスが高速移動する二人に追いついてシンを救ったのだ。
有り得ない。
このスピードに追いつけるはずがない。
驚愕するシンだったが、すぐその理由に気が付いた。
その理由はポルクスがいた地点から巻き起こる爆炎だった。
あの爆炎の正体は恐らく【星乙女騎士団】一同に少数個だけ配られていた爆弾の【神秘宝具】『爆裂玉』だろう。
そしてその爆発を利用して自分自身を吹き飛ばした。
少しでもタイミングを間違えば明後日の方向に飛ばされるどころか、自分自身が爆発に巻き込まれてしまう大博打だ。
しかし、そのおかげでシンは助かった。
シンは身を挺して助けてくれたポルクスに「ありがとう」と笑いかけようとして――、
「残り0秒」
そう、レオナールが嗤った。
瞬刻、眼前にレオナールが現れ、再度銃口が突きつけられた。
「シン君!!」
飛ばされながらも叫ぶポルクスの声が聞こえた。
インターバルを終えた《悪魔の取り替え》が使用されたことがそれだけで分かった。
「終わりだ」
再度、レオナールが嗤った。
先程と違い銃口は眉間に接していないが、それでも超至近距離であることに変わりはない。外しようがなかった。
そして――引き金引かれた。
「シンくうううううううううううううんっ!!」
遠ざかる距離の中、ポルクスが見たのは反り返るシンの頭。顔は見えないが、あの眉間を釘が貫いていることは確実だろう。
(――また救えなかった)
そんな後悔が泉のように沸いてくる。
そして決して届くことのない手を伸ばし、無念とともに慟哭に喉を震わせようとして――、
「んんんんんっ!」
空中でシンの頭が起き上がる。
それに一番早く気がついたのは一番近くにいたレオナールだった。
(バカな!?眉間を貫かれて生きているはずがっ――)
だが、レオナールは気が付いた。
シンの口に咥えられている釘に。
(まさか釘が当たる直前に顔の位置をずらして防いだのか!?)
そんなこと出来るはずがない。
そう言いかけたところで腹部に衝撃を感じ、酸素が肺から押し出される。
「ガハッ!?」
それはシンが繰り出した両脚での蹴撃だった。
そして、レオナールは慣性の法則に従い勢い良く飛ばされる。
「ポルクスさんっ!!」
何が起こったか分からず混乱していたポルクスだが、シンの叫びで我に帰るとこちらに向けて飛んでくるレオナールを見て、その真意を悟った。
(ヤベエ!!)
急速に近づいてゆくポルクスを見てレオナールも自身の危機を悟った。
そして、頭を急速回転させ対処を取ろうとするもすぐ打つ手なしという結論に辿り着く。
空中では身動きが取れない上に『聖痕』のインターバルもまだ終わっていない。
完全に万事休止だった。
「ぶさけるなあああああああああっ!!」
悔しさに喚き声を上げるレオナール。それでも迫りくる死が遠のくことはない。
ポルクスの構えた剣がそのままレオナールを貫いて――、
「《星刻》」
停止した。
「――え?」
レオナールの勢いが慣性の法則に逆らって停止していた。
そして、その体は時間を巻き戻すかのように飛んできた方向へと戻ってゆき、やがて途中でゆっくりと着地した。
「まったく……いつまでも来ないかと思えば、こんなところで何をしている?」
草臥れたような声がレオナールに降りかかる。
レオナールが顔を上げるとそこにはいつの間にか一人の男が立っていた。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
面白ければ下の⭐︎とブックマーク、感想等で応援してくれると嬉しいです!
モチベーションに繋がりますのでどうか宜しくお願いします!




