第33話 優勢
斬る、斬る、斬る。
ただただ目の前の敵を斬る。
そこに余計な残心はない。
あるのはあの子を探し出すという意思とアストレアに勝利をもたらすという覚悟。
そのために目の前の敵を殺し続ける。
アポロから習ったことを反復するように、人混みを掻き分けるように自身の身の丈よりも大きな剣を振るい続けた。
本来ならシンでは持ち上げることすらも叶わぬほど重い大剣だが、それを『身体強化』で筋力を増幅させることで出鱈目な力を振るっていた。
そんなシンの一騎当千の奮戦に共和国軍は恐慌状態になっていた。
ただでさえ開戦早々一万人がやられ浮き足立っていたのにそこへ一人の少年が吶喊してきたかと思えば恣に陣営を蹂躙し出したのだ。
元々士気が高くなかったにも関わらず追い打ちをかけるように一方的に屠られては戦意が大きく削がれても仕方ない。
そこへ王国軍が追い付いてきたことで共和国軍は更なる混乱に陥った。
シンは攻撃を一時中断する。
先程までは敵しかいなかったため好き勝手暴れられたが、周囲に王国兵も混じってきたため、そこに配慮する必要が出てきたからだ。
自分の攻撃に巻き込むわけにはいかない。ここからは慎重に戦っていく必要があると思ったのだが、両軍の戦況を俯瞰したシンは自分の出る幕はもうないと感じていた。
(多分ここにあの子はいないだろうしね)
王国軍五万人、共和国軍八万から一万減って七万人。
数の上では共和国が有利であるもののここにも数だけでは決定打にならない要素が存在していた。
王国軍の兵士全員が正規の訓練を受けた専業軍人であるのに対し、共和国軍は兵役で軽い訓練を施した素人に毛が生えた程度の共和国国民や奴隷が大半を占めている。
数の上では共和国が有利だが兵の練度では王国が上。
この双方の特徴が二万という兵力差を大きく縮めていた。
「うわああああああっ!」
「ダメだ!逃げろ!逃げろおおおお!」
「こんなの勝てっこあるか!」
次々と味方が倒されてゆき怖気づいた共和国兵が続々と逃亡しようとしたその時だった。
背を向けた数名の兵士が何かの力で頭上から抑えつけられたように地へひれ伏したのだ。
「敵前逃亡など認めぬぞ。戦って勝つか、死ぬまで戦え」
鬼気迫る眼光で睨みつけるのは共和国軍最高指揮官アラム・クリーク。
アラムの『聖痕』《重力圧》は高圧の重力波を相手の頭上から叩きつける能力。その気になれば人を果実のように潰すことも造作もない。
これは脅しだ。
次はないぞ、という。
「うおおおおおおおお!」
脅しの効果があったのか萎縮し切っていた共和国兵が奮起する。
陣形も武器の振るい方もあったものではないが、自暴自棄になった人間の爆発力は凄まじい。
その迫力に破竹の勢いで攻め立てていた王国軍の勢いが減衰した。
「くっ……この!」
そんな戦況でシンは苦戦するアドニスの姿を発見した。
彼のことはほとんど知らないが【星乙女騎士団】に所属している以上味方に違いない。
シンは音を置き去りにする速さで疾走。アドニスと対峙していた敵を瞬殺する。
「後ろ!」
だが、一難去ってまた一難。
アドニスの声で後ろへ振り向くと機関砲の銃口がこちらへ向けられていた。
「!!」
次の瞬間、機関砲が火を吹いた。
雨のように撃ち出された無数の弾丸をマルミアドワーズを突き立てることで防ぐが、それでも攻撃は止まない。
シンならば弾丸を弾きながら相手に間を詰めることも可能だが、そうしては後ろのアドニスが死んでしまう。そこで――、
「アドニスさん!」
シンは《森羅万象救済す神変》『成長促進』の能力で足元から蔦を生やす。
その意味を即座に理解したアドニスは《草木制御》でその蔦を機関砲まで伸ばし、纏わりつかせると地面に叩きつける
「!」
銃口が地中にめり込み、弾丸の雨が止む。
射手が慌てて銃口を元に戻そうとするが、その隙を突くようにシンが肉薄。射手ごと機関砲を両断する。
そして、爆発とともに跳躍すると元の位置に着地した。
「助かったぜ。ありがとうな!」
「いえ、お気になさらず」
かつて敵対した者に向けるとは思えない気さくな笑みでアドニスが感謝を伝える。
「それにしても凄えなぁシンは。ホント英雄みたいだぜ」
「おれなんてまだまだですよ」
「謙遜なんてすんなよ……っと、やっぱ話す暇も与えてくれねえか」
そう睨みつけるアドニスとシンの前に新たな敵兵が現れる。
それなりの数がいるが、皆腰が引けている。倒すのに時間はそうかからないだろう。
「シン、お前先に行け。ここは俺がやる」
前へ出ようとするシンを押さえてアドニスが言った。
「でも……」
「こんな奴ら一々相手してたらキリがねえよ。それに詳しくは知らねえけどお前には助けたい子がいるんだろ?」
「どうしてそれを……」
「たまたま聞いちまってな。さあ、早く行け」
そう一歩前へ立つと屈託もなく笑ってみせるアドニス。
さして親しくもない相手に対してどうしてここまで協力してくれるのだろう。
少し前のシンなら何か裏があると勘繰っていただろう。
しかし、今のシンはその言葉をすんなりと受け入れることが出来た。
「……ありがとうございます」
気がつくとそう口にしていた。
シンは背を向けるとあの子を探しに行こうとして――、
「あ、やっぱちょっとタンマ」
アドニスがそれを止めた。
「……俺の『聖痕』植物がないと何の役にも立ててないから最後になんか生やしてくんない?出来れば木とか生やしてくれると嬉しいな」
手を合わせて懇願してくるアドニスにシンは首だけで振り返ると――、
「大事なことは先に言っておきましょうよ……」
さっきまでの感動を返してくれ。そう言いたげな目でアドニスに洩らした。
◇
複数の人影が戦場から少し離れた丘の上に陣取っていた。
見渡すとそこには剣や槍、『聖痕』を用いて殺し合う敵と同胞らの姿があった。
だが、不愉快なことに戦況は好ましくはなかった。
「クソッ……」
人影の集団の先頭に立った男が苛立たしげに吐き捨てた。
男の顔はまだ一回も戦闘を行なっていないにも関わらず既にボロボロだった。
(あの奴隷が……この俺に恥をかかせやがって……)
傷が痛むのも構わず憎々しげに顔を歪める男はかつてシンが所属していた奇襲部隊の隊長だった。
この隊長は無断でシンを連れ出し、自分の部隊に加えただけでなく、捨て駒として使ったことで総統直々の叱責を受けていた。
顔の傷はその時総統からしこたま殴られたものだった。
今回の戦争でシンを連れ帰ることが出来なければ死刑とまで宣告されている隊長は後がないことへの焦りとシンへの苛立ちで頻りに顳顬をひくつかせていた。
(大体生きていたのに帰ってこないヤツが全て悪い!私はただ少しでも隊員たちが生き残れる策を選んだまで。その結果、一人の犠牲も出すことなく我が隊は帰還出来た。王国のクソどもに打撃を与えたという功績をもって!これは両手を上げて称賛されるべき偉業だ。にもかかわらずヤツに全て台無しにされた……あの卑賎な奴隷が!!)
心中でシンにあらん限りの罵倒を浴びせる隊長。
そこに自分がシンを連れ出したことに対する反省の気持ちは微塵もなく、その責任は全てシンに転嫁されていた。
(ヤツの『聖痕』に戦闘能力がないことを考えると安全な後方――本陣にいる可能性が高い。そして現在、その本陣は手薄な状況……ここで奇襲を仕掛けヤツを奪還する!)
前回同様、作戦の成功を早くも確信した隊長は振り返り指示を出す。
「お前は先行し、敵本陣を撹乱しろ。我々も後に続く」
そこには金髪の少女――千変万化が立っていた。
彼女は本来、奇襲部隊の所属ではないのだが、前回手を貸した縁で今回の戦争でも奇襲部隊の所属となっていた。
尤も――本人はそのせいでシンが捨て駒にされてしまったので忌々しく思っているのだが。
「……はい」
了解の意を示した千変万化だったが、彼女はこの命令を遂行する気は微塵もなかった。
この奇襲部隊の目的は敵の本陣を潰すこと、そしてシンを奪還することだ。
後者の目的は千変万化にとって到底受け入れられるものではなかった。
シンを連れ戻す――それは彼を再びあの地獄に落とすことと同義であるからだ。
(そんなことは絶対させない……)
シンの幸せを切に願う千変万化にとって絶対に避けなければならないことだ。
それを妨げるため、任務に従うふりをしてシンを助け出す。
恐らく前回のように上手くはいかないだろう。
千変万化を警戒し、何らかの対策を打ってることは容易に想像出来ることだ。
しかし、絶対に救ってみせる。
そんな確固たる覚悟で千変万化は死地へ赴くべく、一歩を踏み出した。
「あっ、やっぱりここにいた」
そこへ場違いな少年の声が聞こえた。
一同はそこに不審さよりも警戒感を覚え、武器を構えながら一斉に振り返る。
「誰だ!?」
「誰って……もう忘れちゃいました?まあ、奴隷ごときの顔を貴方がたが覚えてるとは思ってないけれど」
少年の声は自嘲げに言った。
だが、その顔を視認した瞬間、一同はその正体に気がついた。
「…………シン……くん?」
目の前に現れた少年の名を千変万化は呆然とこぼした。
「迎えに来たよ。おれと一緒に来て」
この一ヶ月ですっかり見違えた顔つきでシンは離れた千変万化に向かって手を差し伸べた。
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