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捨て駒にされた奴隷ですが、敵国の王女様に助けられました〜今更戻ってこいと言われても絶対に戻りません。さようなら〜  作者: 終夜翔也
第1章 終わりと出会い編

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第32話 撃滅の絶剣

 『この剣』の詳しい伝承は伝わっていない。

 ただザンザス王国初代国王モドレウスがクラレントと共に伝えた二振りの剣の内の一つであることというだけが分かっている。


 曰く、王祖モドレウスは『この剣』を創造神ルシフェウスから賜った。

 曰く、『この剣』を使って王祖モドレウスは国を平定した。

 曰く、『この剣』を持った者は万軍にも匹敵する力を得る。


 そんな神話じみた逸話とともに剣は代々ザンザス王家によって管理されてきた。

 真偽はさせておき、これほどの伝聞が残る剣なのだ。それが何故今の今まで使おうとされなかったのか――否、使うことが出来なかったのか。


 まず『この剣』とんでもなく重いのだ。鞘に入っている時は羽毛のように軽いのだが、取り出すとまるで途轍もない力で上から押さえつけられているかのような重量と化す。

 一人で持ち上げるなどもっての外、大の大人が数人がかりでも敵わないほどの。


 そしてもう一つ、多量の魔力を要求されるという点も挙げられる。

 『この剣』に限らず『魔装』とは魔力を消費することでその効果を発揮する。

 しかし、『この剣』はそこらの『魔装』と比較にならないほどの大食らいで並の人間が一時でも使おうものなら瞬く間に絞り尽くされ、死んでしまう。


 故に『この剣』は尋常ならざる膂力と規格外の魔力量を持ち合わせた者のみが扱える代物でモドレウス以外で使えた者はいないという。

 そのため、今世に至るまで『この剣』は「虚実疑わしい言い伝え持つやたら重いだけの(なまくら)」と言った扱いを受け、宝物庫の中に眠り続けていた。


 だが、ここに相対した(つわもの)たちは思い知ることになった。

 その逸話が真であったこと、そして『この剣』――マルミアドワーズを扱える者が実在するということを。


 ◇


 戦場に沈黙が流れる。

 それは二種類の沈黙だった。

 一つ目は眼前に広がる惨状に対する生者たちの絶句。

 二つ目は喋る口を持たない者――死体が発する無言の号哭だ。


 「ううっ……」


 そんな沈黙を破ったのは死屍累々の山から漏れ出した呻き声だった。


 「あああ……ああ……」

 「痛い……痛い……」

 「早く手当てを……」

 「もう……殺してくれ……」


 マルミアドワーズの斬撃を受けても死に切れなかったのだろう。生きてはいるが皆、四肢があらぬ方向に捻じ曲がっていたり、体のどこかが欠損していたり、穴という穴から血を噴き出していたりと最早助かることが見込めないほどの重傷だ。

 苦痛に喘ぐ声、助けを乞う声、介錯を求める声が沸き出るように聞こえてくる。

 この攻撃で出た共和国軍の被害は死傷者合わせて一万人以上。全軍の約八分の一だ。


 数字だけを見ると大した被害に感じられないかもしれないがそれは大きな間違いである。

 軍は人員消耗率が三割を越えると全滅と言われるように文字通り全ての兵が死亡していなくとも組織的な戦争が行えなくなるとされている。負傷者の後送による人手や戦意喪失による脱走者が出るためだ。

 これは魔力にも似たようなことが言え、保有魔力量が元の50%を切ると立っていられないほどの状態になり、30%で死に至るという。


 実際の死傷者の数とそれによって生まれる被害は想像よりもずっと大きい。

 そもそも数万単位同士の軍の戦争でどちらか片方でも一万人以上の死者が出ること自体稀なのだ。


 (まさかこれほどなんて……)


 想定以上のマルミアドワーズの威力にアストレアは息を呑んだ。

 アストレアだけではない。王国兵士たちも目の前で起こった神話や御伽噺の一幕のような光景に言葉を失っている。

 たった一撃で約一万人を撃滅する。寡兵相手の戦いならこれだけで決着が付いていただろう。


 そこにあるのは死、死、死。

 純然たる死のみが広がっていた。

 決して戦争を綺麗なものだと思ったことはないが、それでもこの光景には堪えるものがあった。


 「…………っ!」

 「シンくん!」


 横にいたシンが崩れるように膝をつく。

 何故こんなことに気が付かなかったのか。アストレアは自分の浅慮を呪った。

 戦争とは言え大勢の人々の命を奪ったのだ。そこに罪悪感や後悔と言った心理的負担を感じたとしても何らおかしくない。自分だって初めて人を殺したときそうだったのだ。


 「――すいません。魔力が急激に減ったもので少し立ちくらみをしてしまいました」


 「…………え?」


 しかし、それはアストレアの懸念とは異なった反応だった。


 「今の一撃で保有魔力の三割はなくなったと思います。範囲を絞れば同程度の威力を出せるとは思いますが、あの規模をもう一度は難しいです。すいません……」


 シンの口から出たのは先程の攻撃をもう一度撃てないことに対する謝罪の言葉。そこには大くの命を殺めた嫌悪感も恐れの気持ちもなかった。

 心を殺している、と言った様子でもない。本当に何も感じていないのだ。


 「……そう。気にしなくていいわ」


 そんなシンにアストレアは頼もしさよりも危うさを大きく感じた。

 殺人とは本来許される所業ではない。いや、人に限らず生あるモノの命を奪うことは罪深いことなのだ。

 だが、この世は綺麗事では生きていけない。どうしても殺生を犯さなければならないこともある。

 それでも殺すという行為を無条件に肯定し、受け入れてはならない。人が人であり続けるためには。


 これは暴力を生業とする軍人や兵士も同じだ。彼らだって無感情で人の命を奪い続ける殺人マシーンではない。一人の人間だ。いや、そうであらなくてはならない。

 そのためには殺人を当然と考えず、その重みを理解し続けなければならない。

 それを放棄した瞬間、人は獣に堕ちてしまうから。


 故にアストレアは自分がシンを導かなければならないと強く決心した。

 少年が一人の人間として在り続けれるように。


 「――トレア様!アストレア様!」


 どれくらいの時間呆けていたのだろう。

 アストレアはいつの間にか隣にやって来たカストルに気付かなかった。

 今はこの戦争に集中しろ。そう自分に言い聞かせる。


 「指示を。どうされますか?」


 「……突撃よ。速攻でカタを付ける」


 「承知、(イエス・)殿下の御心ままに(ユア・ハイネス)


 返事とともに頭を下げたカストルだが、その目は「してやった」とでも言いたげにシンへ向けられていた。

 どうやらアーケディアの時にシンが言っていたのをずっと羨んだいたらしい。


 「全軍……総攻撃!」


 アストレアの号令とともに王国軍が平野を駆け出す。

 その先頭を『身体強化』を使ったシンが疾走、そして未だ混乱冷めやまない共和国兵を蹴散らした。

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