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捨て駒にされた奴隷ですが、敵国の王女様に助けられました〜今更戻ってこいと言われても絶対に戻りません。さようなら〜  作者: 終夜翔也
第1章 終わりと出会い編

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第27話 蝕む病魔

 突然の展開にシンは頭に幾つもの疑問符を浮かべた。

 ここに来た隠された理由があることは知っていた。

 しかし、それがアストレアが王女になることとどう関係してくるのだろう?


 「僕が説明するね」


 そんなシンを見かねたのか、いつの間にやら隣にやってきたカストル(ポルクス)が小声で説明を始めた。

 一瞬びくりとしたが、アポロの懇願を思い出し、冷静に努めようとする。


 「アストレア様は王族である以上、王位継承権があるのは分かる?」


 「はい……でもそういうのって男がなるものじゃないんですか?」


 「確かに王位に就くのは東西共通で男が多いんだけど、女王陛下に男児はいない。だから、その女児であるアストレア様とお姉さんのダイアナ様のどちらかが就くことになるんだ」


 シンはアストレアに姉がいたことも驚いたがそれと同じくらい女帝が認められていることに驚いた。

 共和国は王政でなかったため詳しくは知らないが少なくとも東側では女帝の存在など絶対に認められない。

 男児の血統が途絶え、例え女児がいた場合でもその女児ではなく、王家の血を引く外戚か実力のある家臣が王位を継ぐことが多いと聞く。


 「それでどうやって次の国王を決めるかだけど――政争だね」


 「せいそう?」


 「政治の駆け引きってこと。国の利益になる功績を上げたり、あるいは相手を貶めたりして自分の価値(ブランディング)を上げるんだ。そうして多くの支持者を囲った人が次の王様――いや、女王になれる」


 「なるほど……でも、その功績を上げるのとここに来て――あ……」


 そこまで言いかけてシンは気が付いた。


 「そう。アストレア様はヴァイオレット辺境伯を直接自陣営に取り込もうとしてるんだよ。成果を上げたからと言って支持者になってくれるとは限らないから、こうやって直接口説き落とす方が手っ取り早いんだよ」


 政治において支持者を集めるのは最重要事項。

 時には相手の心を掴み、時には金で釣り、時には脅し、様々な手段で支持者を集めてゆく。

 今回の場合、アーガスは領地事業である農業が不作続きのところをアストレアに助けられたという大きな借りが出来た状態だ。

 断ることは難しいだろう。だが――、


 「これって半分脅しなんじゃ……」


 シンは難色を示した。

 勿論、政治が綺麗事でやっていけないことは分かっている。

 でもこのやり方はアストレアらしくないというか、しっくりこない。無理をしているようなそんな感じさえする。


 「まあ、そう言わないで。これは君のためでもあるんだから」


 「え……?」


 「今のアストレア様にはそれほど大きな権力はないんだ。勿論、王族なんだから相応のものは持っているけどそれだけ。軍務に従事する一方で今まで政治にはあまり関わってこなかったからね。でも、政治的権力がないとアストレア様は『正義』を貫くこと出来ない。それどころか君を守ることも出来ないだろう」


 「おれを……守る?」


 「うん。君はまだ実感がないだろうけど君を狙う人達はとても多い。アストレア様はそういう人達から君を守ろうとしているんだよ」


 ポルクスの話を聞いたシンは隣のアストレアの顔を覗き込んだ。

 その顔つきはいつも見せる少女の顔でも戦場で相対した軍人のものでもない初めて見るものだった。

 例えるなら母親のために慣れない家事を懸命にしようとしている子どものような。


 それを自分のためにしてくれていることが嬉しい反面、で危うさを感じさせた。

 彼女一人に無理をさせるわけにはいかない。自分も力になりたい。

 そう思った矢先――、


 「失礼します!」


 ノックもなしに何者かが部屋に飛び込んできた。

 それは先程フォルトゥナの案内役のために出ていった使用人だった。荒れた息に青ざめた顔は良からぬ事態が起こったことを示唆していた。


 「どうかしたのかい?」


 ただならぬ雰囲気をアーガスも感じ取ったのだろう。その行為を咎めることなく使用人に事情を尋ねる。


 「ベレロフォン様の体調が……急変して……」


 「なんだって!?」


 告げられた報告に血相を変え、立ち上がるアーガス。

 その隣ではフローラも言葉を失い、ワナワナと震えている。


 「すぐに私も向かう!君は先にベレロフォンの元へ戻ってくれ!」


 「はっ、はい!」


 主人の言葉に従い、部屋から急いで出ていく使用人。

 その後ろ姿を見送ったアーガスのは隣のフローラに負けなくらい、いやそれ以上に青ざめていた。


 ◇


 部屋では一人の少年がベッドに横たわっていた。

 彼がベレロフォン・オブ・ヴァイオレット。その紅潮した顔は見るからに苦しげで荒い息を吐き続けている。


 「ブルース様!ベレロフォンの容態はどうなんですか!?」


 ベレロフォンの診察中をしているフォルトゥナに冷静さを欠いた様子で尋ねかけるフローラ。

 彼女――と言うより一同の格好は先程のものではなく、口に巻いたタオルに肌を極力見せない長袖、手袋と感染対策を意識した服装に着替えていた。

 シンやアストレア、カストルも何か力になれるかもとついてきたのだが、現状棒立ちになっており何も出来そうになかった。


 「う〜ん……高熱に激しい咳、酷い倦怠感の症状は流行性感冒に似ていますが今はそんな気絶ではないですからね〜……私の知識不足かもしれませんが、未知の病気という可能性も――」


 「なんですって!?それじゃあどうすれば……」


 「あくまで可能性という話です。取り敢えず水分を摂取させて体を冷やしましょう。それで症状は抑えられるはずです」


 その言葉を聞くと待ってましたとばかりにアストレアとカストルが動き出す。

 しばらくして水で濡らした布と飲み易いようティーポットに入れた水を持ってきた。

 そして、布を額に置き、ティーポットの口から水を飲ませようとしたその時、


 「うわああああああああ!」


 水が口に入った瞬間、ベレロフォンが怯えたように叫び出した。まるで水を恐れているように。


 「ベレロフォン!?」


 「ベレロフォン!しっかりするんだ!」


 体を上下させ、ベッドで暴れるベレロフォンをアーガスとフローラが押さえようとするが、その力は子どもとは思えないくらい強く、カストルが加わることでようやく押さえることが出来るほどだった。


 「これは恐水症?いやでもどうして――」


 その症状にフォルトゥナの顔が曇り出す。ブツブツと呟きながら考えをまとめようとするもどうすればいいのか検討も付かない。しかし、冷静な頭は既に結果を導き出していた。


 目の前の少年は助からないだろう、と。


 ◇


 その様子を側から見ていたシンも目の前の少年の命がそう長くないことを感じ取っていた。

 ベレロフォンが死のうとシンには何の不利益もないが、見捨てようとは不思議と思えなかった。


 だが、どうすればいい?

 今、医者を呼んだとしてもすぐには来れないだろうし、それ以前にベレロフォンの体力が持たない。

 早急に処置を施す必要があるが病気の詳細が分からない以上、迂闊に手は出せない。


 (《森羅万象救済す神変(ワールド・セイヴァー)》で治す?いや、『創造』は傷を治すことは出来ても病気の治療は――)


 「あ……」


 その時、シンの頭に一つの解決策が浮かんだ。


 「あの――」


 上手くいく確証はない。

 しかし、それでもやらなければならない。

 この子を救うためには。


 「おれに何とかさせてくれませんか?」


 気がつくとシンはそう口走っていた。

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