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捨て駒にされた奴隷ですが、敵国の王女様に助けられました〜今更戻ってこいと言われても絶対に戻りません。さようなら〜  作者: 終夜翔也
第1章 終わりと出会い編

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第26話 農業地帯アーケディア

 共和国で人工食物の問題が発生した一週間ほど前、シンはアストレア、カストル、フォルトゥナとともに王国最大の農業地帯であるアーケディアへ向かっていた。

 アーケディアはヴァイオレット辺境伯家の統治領で麦などの農作物に加え、コーヒーのような嗜好品類、家畜の放牧やその餌となる飼料作物などと言った王国の食料生産を一手に担っており、その生産量は王国全体の九割にのぼるという。


 これだけを聞くとヴァイオレット家は王国の食料事情を牛耳り、強大な権力を有していると思うかもしれないがそれは違う。

 ザンザス王国の食料自給率はたったの7%。つまりヴァイオレット家が司る食料占有率はその九割である6.3%に過ぎない。

 それでも王国最大の農業地帯を有していることには変わりないので権力が皆無というわけではないが。


 「……疲れた」


 「お疲れ様ですシン君」


 仕事を終えたシンとそれを労うフォルトゥナ。

 二人の前には文字通り山のような食料が(うずたか)く積み重なっていた。

 ここへ到着すると早々にシンは『創造』で大量の食料を生み出した。

 麦、野菜、果物と言った農作物から牛、豚などの家畜までありとあらゆるものを『創造』しまくった。


 と言っても無闇矢鱈に『創造』したわけではない。

 あまりに特定の食料が増えすぎたりすると需要と供給のバランスが崩れ、価格が暴落してしまうかもしれない。

 よって各食料の市場での価値を吟味し、あらかじめ量を決めた上で『創造』したのだ。


 ちなみにここでシンが生み出した食材はアーケディア産ということにして出荷することになっている。

 シンが一人で膨大な量の食料を『創造』していることを一般に知られないためのカバーストーリーが必要がだったということもあるが、それよりもヴァイオレット家への配慮という面が大きい。


 規模は小さいとは言えアーケディアが国内一の食料生産を誇っていることは揺るぎない事実でそこを統治するビジリアン家を差し置いて食料の大量生産を行うなど縄張り(テリトリー)を踏み荒らす挑発行為に等しい。

 そこで大量の食料はアーケディア産であるという面目を施し、売上の一部を還元することでヴァイオレット家との融和を図ることにしたのだ。


 「でも、わざわざここに来る必要ってあったんですか?食料を増やすだけなら王都でも出来たと思うんですけど」


 物流の多い王都には王国各地からあらゆる品々が集まる。当然、中にはアーケディア産の食料もあるだろう。足らない物があったとしても送ってもらえれば済む話だ。


 「それはですね――」


 「失礼しますシン殿、ブルース様」


 そこへフォルトゥナの言葉を遮る形で壮年の男がやってきた。


 「おお……!本当にこれだけの食料を生み出してしまうとは……どうです?お疲れのようでしたらお茶でも飲んで休まれては。屋敷の方で仕度は出来ております故」


 柔和な笑みを浮かべるとそう提案してきた。

 この人物がヴァイオレット家当主アーガス・オブ・ヴァイオレット。

 柔らかな物腰に人の良い笑顔は共和国で見てきた上流階級とはまったく異なっており、初対面の時困惑してしまったのをシンは思い返した。


 「ではお言葉に甘えさせて頂きます。シン君行きましょうか」


 そうフォルトゥナが声をかける。


 「ところで――なぜブルース様は膝枕をされているのでしょうか?」


 少し戸惑ったような表情を浮かべるアーガスの目にはシンに膝枕をするフォルトゥナの姿が映っていた。


 「シン君が疲れているので癒してあげようかと思いまして」


 「はぁ……」


 「おれは大丈夫だって何度も言ってるんですけどね……」


 シンが諦めた顔で言った。

 特訓を始めるようになってからと言うもののフォルトゥナはシンが疲れている時に頻繁に膝枕を勧めるようになった。

 最初の方はシンも大丈夫だと断っていたのだが、フォルトゥナの有無を言わさぬ笑顔に押し切られ、結局最後には膝枕の上で横になっていた。

 最近は抵抗するだけ無駄と悟り、されるがままフォルトゥナの膝枕を受け入れるようになったというわけだ。しかし――、


 「まあ別に迷惑じゃないからいいんだけど……」


 そう誰ともなく呟いたシンの口元は淡い笑みを浮かべていた。


 ◇


 その後、膝枕から解放されたシンを待っていたのは初めて目にするクッキーなどの茶菓子であった。

 砂糖は貴重品であり、上流階級でなければお目にかかれない代物。奴隷であったシンには縁がないのも当然だ。

 よって、茶菓子を口にするのはこれが初めてでシンにとっては未知の体験だったのだが――、


 「……美味しい」


 結論から言うとクッキーはシンの口に大いに合った。

 今だかつて味わったことのない甘味という味わいはまるで幸福という概念を味覚として体現したかのようでシンは脳が揺さぶられるかのような衝撃と感動を覚えた。

 そこからシンがどのような行動を取ったかは火を見るより明らかだった。

 出された茶菓子を片っ端からかっ喰らい次々と皿を空にしていった。


 今はこの味を少しでも長く味わっていたい。

 なんなら食事は全てこれでいいのではないか?


 そんな限界突破した甘味への欲求が久方ぶりの獲物を追う肉食獣のようにシンの食指を突き動かしていた。

 その様子にアストレア、カストル、アーガスは唖然とし、フォルトゥナは相変わらずニコニコと微笑み、作り主であるヴァイオレット夫人ことフローラは「喜んでくれて嬉しい」と次々とおかわりを持ってきた。

 食べ方が綺麗であったのがせめてもの救いだろう。


 そして、クッキーを取り、口に運ぶという無限ループを繰り返していた手はカストルのきつめの注意によってようやく稼働を停止した。

 その際のシンの叱れた子どものような目をカストルは生涯忘れることはないだろう。


 「ところで――ヴァイオレット辺境伯には幼いご子息がいたと記憶していたのですが……」


 ふと、思い出したようにアストレアが尋ねるとアーガスは「ああ」と頷き、


 「息子は少し風邪を引いてしまったようで自室で休ませております」


 「よければ私が診させて頂きましょうか?医者ではありませんが、医術の心得は多少ありますので」


 それを聞いたフォルトゥナが診察を提案するとアーガスは顔色を明るくした。


 「本当ですか?それならお言葉に甘えさせて頂きます。こんな田舎ではお医者様を呼ぶにも時間がかかってしまい困っていたところなんです」


 有難いと頭を下げ、提案を受け入れるとフォルトゥナが断りを入れて席を立つ。恐らく案内は外で控えている使用人にしてもらうのだろう。


 「ごめんなさい。そんな大変な時に押しかけて……」


 「いえいえ、お気になさらずアストレア殿下。事の重要さは私も理解しております」


 そう言うとアストレアの隣に座るシンに目を遣る。


 「実際に見るまでは信じられませんでした。まさか生命体の遺伝子模倣し、無尽蔵に生み出せるなどと」


 「ええ、けれどこれは事実よ。紛う事なき」


 アストレアのその言葉にアーガスは深く頷いた。


 「分かっておりますとも。シン殿の力本物だ。それと貴方様がわざわざここを訪れたのにも理由があることも」


 そして、その腹の内を探るようにアストレアの目を真っ直ぐ覗き込む。

 アストレアは目線を外すことなく目的を告げた。


 「わたしがここを訪れた本当の理由。それは貴方にわたしの支持者になってもらうためです」


 告げられた真意。

 それにアーガスは短くない沈黙を挟んだ後、


 「――そういうことなのですね」


 「ええ、わたしはこの国の女王になるわ」

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