第1話 エピローグー終幕ー
久しぶりの連載です!宜しくお願いします。
ちなみにサブタイトルはプロローグの間違いではないので悪しからず。
「■■■■■■様!本当に行ってしまわれるのですか?」
悲愴感を湛えた声で一人の男が叫んだ。
身に付けている荘厳な鎧で騎士ということが分かる。
そんな立派な風体の男が情けなく涙で顔を歪めている。そして、彼の周りでも同じ鎧姿の男たちが同じような表情を浮かべていた。
「そんな顔をするな。今生の別れってわけじゃないんだ。生きてたらまたどこかで会えるかもしれないだろ?」
あっけらかんとした様子で言うのは彼らと同い年か、それよりも年下に見える青年だった。
「それに……本音を言うとおれはお前たち全員が生き残るなんて思ってなかったんだ。この厳しい戦いの中で死に別れることを覚悟していた。それなのに蓋を開けてみれば……」
誰一人欠けることなく勝利を手にした一同に■■■■■■と呼ばれた青年は呆れたような、しかし、確かな喜びを含んだ笑みを向けた。
「とにかく。おれがやるべきことはもう終わった。後のことはお前たちに任せる。……頼んだぞ」
僅かに声を震わせると青年は背を向けた。泣き顔を見られないように。
「■■■■■■様あーーーーー!」
騎士達は涙をこらえると歓声で青年を送り出した。
これまでの感謝とこれからの歩む彼の道先に幸あれという願いをこめて。
青年は左腕を挙げ、それに応えた。
その双眸から既に涙は消えており、代わりに覚悟の念が宿っていた。
◇
少年は目を覚ました。
重い瞼を上げ、意識を覚醒させる。
見窄らしい格好の少年だった。
既に一昔前の防具と化している革鎧を身に纏い、手には弓、背中には矢筒、そして長く青みがかった黒髪を後ろに束ねた短身痩躯の少年だ。その蒲公英のような黄色の瞳はその明るさとは対照的に世界への失望と諦観で染まっている。
「――――」
何か夢のようなものを見ていた気がするが覚えていない。
そもそもここは何処なのか。
覚醒直後の回らない頭で思考を巡らそうとするも鼻をつんざく屍臭に顔を顰める。
そこは戦場だった。
剣や槍がぶつかり合う金属音、銃声、砲音、雄叫、悲鳴が響き渡り、耐性のない者であれば噎せ返るであろう硝煙と血が混じり合った独特の臭いがあたり一面に立ち込めている。
「……憂鬱だ」
自分が戦場に一人でいる経緯を思い出した少年――シンは一緒に魂が出るのではないかと思わせるほど気落ちした溜め息を吐く。
シンはセスペデス共和国というこの世界では珍しい共和制国家の徴兵された奴隷だった。
共和国は多くの国で廃止となっている奴隷制を未だに採用しており勢力下においた国々の民を奴隷として扱うことが多い。
シンも元は共和国とは別の国の出身だったが、幼い頃に国を滅ぼされ気が付けば奴隷となっていたというわけだ。
その大半が悲惨な末路を辿る者が殆どだが、シンの扱いはまだマシな方だった。
それはシンが『聖痕』と呼ばれる特殊な能力を持っていたからだ。
『聖痕』とは超常現象を発動させる神秘とも称される特殊能力で能力者は国から優遇される傾向にある。シンも生命体の成長を促進させたり、創造する《森羅万象救済す神変》を有していたことから主に食料供給という面で共和国に大きく貢献していた。
しかし、最近になって共和国が錬金術を活用した農作物の大量生産に人工肉の生成に成功したことによりその立場を追われ、こうして配属された部隊の殿をさせられることになったのだ。
『この役立たずが!最後くらい死んで役に立ちやがれ!』
シンは自身が所属していた部隊の隊長が最後に言い放った言葉を思い出していた。
他の奴隷と比べたらマシと言ったが、それでも悲惨なことには変わりなかった。
保護という名目で牢屋に監禁され、与えられるのは不味い冷や飯だけ。暴力を振るわれることは日常茶飯事で時に死にかけ、慰みものにされ、理由もなく痛めつけられたこともあった。
そんな扱いを受けていたのはひとえにシンが異国人だからというくだらない理由だった。
共和国人は愛国心が強い反面、異国人への当たりが強いことで有名だった。
そして、それが未だ異国人への奴隷制度が撤廃されない理由に直結している。
そんな自分を都合良く利用した挙句、最後は捨て駒として追放する国に対して義理立てする理由はどこにもない。
逃亡するのが最適解だ。
だが、シンの頭に逃げるという選択肢はなかった。
それは英雄のような圧倒的な力を有しているわけでも、勝算あるわけでも、生き残る手段があるからでもない。
奴隷だから。
その一言だけで事足りた。
奴隷が他の人間と違うのは何か?
人としての権利を奪われていることだろうか?
それも勿論だが、奴隷はもう一つ重要なものを奪われている。
人間としての矜持だ。
奴隷となった人間に求められること、それは主人の命令に逆らわず従順に従うこと。この一点に尽きる。
そのために奴隷は躾けられ、調教され、犯される。
逆らわぬように、余計な考えを抱かぬように、自分の身を顧みなくなるように。
その過程で奴隷は人間として矜持を失う。唯一持っていた不可侵の心さえ奪われるのだ。
こうなった奴隷に命令に従わないという選択肢はない。
シンも例外なく、そのくびきに囚われていた。
そんな奴隷としての宿命に誘われるように、惰性で死地へ赴こうとするシンにとある言葉が甦ってくる。
『絶対に生きて帰ってきて』
同じ部隊の少女が別れ際に言ってきた言葉だ。
身勝手で気性が荒い者が驚くほど多い共和国人の中で奴隷の自分に対しても分け隔てなく接してくる変わり者でお人好しだった。
他の連中がいくら死のうがシンにとっては正直どうでもいいが、彼女が死ぬのは少し嫌だった。
彼女には幸せになって欲しかった。
あの魔窟とも呼べる国で生きながら底抜けに善良で無垢な顔で笑う彼女に。
「……少し頑張ってみるか」
約束は果たせそうにないが彼女を逃すことくらいはしてみせる。
そう決心するとシンは体を起こした。
◇
それは血腥い戦場に吹いた一陣の風だった。
装飾が映える白の軍服を身に纏い、馬に跨った軽騎兵隊が一糸乱れぬ列を作り、屍山血河の平原を駆け抜けていく。
見る者全てを圧倒する荘厳な雰囲気の醸し出す彼らの先頭を走っていたのは男たちと同じく軍服に身を纏った、まだ成人手前ほどの年若い少女だった。
周囲の男達と比べると体躯も小さく齢も若い。馬の上よりも舞台の上が似合う金色の髪を靡かせた可憐な美女だった。
しかし、騎兵帽の下から覗かせる正義心に満ちた目つきは少女のものではなく、多くの修羅場を乗り越えてきた戦士の目であった。
彼女の名前はアストレア・ゲンチアナ・オブ・ザンザス、通称アストレア三世。ザンザス王国の第二王女にして陸軍少佐。自らが創設した【星乙女騎士団】の団長を務めている。
「止まって!」
アストレアの一声で後続の騎兵が一斉に止まった。
一同の先には行手を遮るように鬱蒼と茂る密林がある。
平原の真ん中にポツンとあるそれは不自然以外のなにものでもない。『聖痕』によって作られたものであることは火を見るよりも明らかだった。
「どうされますかアストレア様?」
そう指示を仰いだのはアストレアと同い年ほどの太陽のように揺らめく赤髪の青年だった。
「このまま突破するしかないでしょカストル?」
「ですが……罠が待ち構えているのは確実です。ここは多少時間をかけてでもここを迂回するべきかと……」
青年――カストル・ヘリアンサス・オブ・ルブラは主君の意見に異を唱えた。
彼は幼い頃から王女であるアストレアの従者を務めており、【星乙女騎士団】の中で彼女との距離が最も近い。
そのため王族の威光に忖度することなくアストレアに意見することが出来る数少ない人物であった。
「そんなことをしていたら確実に敵を逃してしまうわ」
しかし、アストレアはその意見を却下した。
彼女の言う通り密林は縦横とともにキロメートルとは言わないもののそれに近い規模であり、迂回をしてしまえば中を直通するのと比べて倍の時間がかかってしまう。
ここに時間をかけてしまうことは眼前の敵に逃げる時間を与えてしまうことと同義なのだ。
「それに……千変万化は必ず捕らえなければならないわ」
その言葉にカストルは重く押し黙った。
千変万化。それは共和国の正体不明の暗殺者の通り名だ。
その名の通り他人に姿を擬態する『聖痕』を持ち、その能力によって多くの者が暗殺され、時には機密情報を抜き取られた。
しかし、今回の共和国との戦争で遂にその正体を掴むことが出来た。アストレアとそう歳の変わらない少女だったということには驚いたがそんなことは関係ない。
ここで彼女を捕まえることが出来なければ今後も犠牲者が出ていく。
それら全てを理解しての沈黙だった。
「そんな顔しないで。ウチの団員はそう簡単に折れるほどやわじゃないでしょ?」
アストレアはそう言うとウィンクした。
「……ええ!そうですとも!我々【星乙女騎士団】は何者にも屈しません!お前もそう思うだろ?ポルクス」
「勿論だよ、兄さん」
カストルは力強く頷き答えた。他の面々の目も生き生きとしており、彼らの意思が同じであることをありありと表している。
「じゃあ、皆んな行くわよ。進めーー!」
アストレアの声に一同は勇ましい雄叫びで答えるとその後に続くように森の中へ馬を進めた。
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