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第四三話 別離


 九月の後半に、真綾ちゃんのおじいちゃんが亡くなった。


 お通夜と葬儀は親族のみで、後日、町の一番大きなお寺で一般の弔問客に向けた本葬が行われた。

 その本葬には町の人たちだけでなく、それこそ日本中から弔問客が訪れ、おじいちゃんの人柄を慕う大勢の人たちが別れを悲しんでいた。

 私にはわからなかったけど、弔問客のなかには各界の大物が何人もいたことを、あとからお父さんに聞いて、あらためておじいちゃんの偉大さを感じた。

 本葬は仁志おじさんが取り仕切ってくれてたけど、真綾ちゃんは立派に喪主を務め、その毅然とした姿はかえって見る人の涙を誘っていた……。


 ……おじいちゃんは私のことを、自分の孫のように可愛がってくれた。

 私が家に遊びに行くと、お菓子をくれたり、西洋ニワトコの花で作ったシロップをジュースにして出してくれたり……それから、博識なおじいちゃんはいろんなことを教えてくれたし、本好きなおじいちゃんと私はたくさん本の貸し借りもしたし……。

 そして、……そして何より、……お互いを想い合う、真綾ちゃんとおじいちゃんのかもし出す、あの幸福な空気が、私は堪らなく好きだったのだ…………。


「お……お……おじいぢゃ~ん!」


 私は泣いた。おじいちゃんが亡くなったことを聞いて泣き、お葬式で泣き、何かにつけ思い出しては泣いた。いくら泣いても、私の涙が枯れるということはなかった……。

 あの優しいおじいちゃんに二度と会えないと思うと、私は体中の水分が全部涙に変わってしまいそうなくらい悲しくなった。

 そして、おじいちゃんを失った真綾ちゃんのことを考えると、狂おしいほどに切なくなった……。


      ◇      ◇      ◇


 羅城門家へと続くいつもの坂道を、私が息も絶えだえに上りきると、昨日まで停めてあった仁志おじさんの車は消えていた。

 本葬が片付くまで真綾ちゃんちに泊まり込んでいた仁志おじさんは、朝早く東京に帰ったようだ。……多忙なくせにギリギリまで粘って、真綾ちゃんのことをひとりにしないように気遣ってあげてたんだね……あの人らしいや。

 本葬の時に私を見つけた仁志おじさんが、「花ちゃん、真綾のことを、頼む」と、私にわざわざ頭を下げたのを思い出す。その時のおじさんはいつもと違って、とても真剣な顔だった……。いい人だよ、まったく――。


「クロ~、どこ行っちゃったんだよ~」


 おじいちゃんが亡くなったことを察したのか、鴉のクロも、いつの間にか町の空から姿を消していた。

 自分の大切なものがどんどん崩れていくような気がして、クロの姿を探して空を見上げる私の視界が滲む……。

 ゴシゴシと涙を拭ってから真綾ちゃんちの門を通り抜けると、私は玄関先で立ち止まった。

 いつもならこの時期はまだ全開にしているはずの玄関戸が、今日は固く閉じられていたのだ。おそらく仁志おじさんが帰り際に戸締まりしていって、そのままになっているんだろうけど、私にはそれが、まるで真綾ちゃんの心を物語っているように思えて、胸が苦しくなった。

 すると――。


『…………ウッ……ウッ……』


 玄関先で立ち尽くしている私の耳に、誰かが嗚咽しているような声が、かすかに家の中から聞こえてきた。


「真綾ちゃん!」


 おじいちゃんに貰っていた合鍵で玄関の戸を開けると、私は家の中に飛び込んだ! 土間に靴を脱ぎ散らかしたまま式台へ、それから廊下へと駆け上がる!


 そのまま声のするほうに走って行った私がたどり着いたのは、いつも真綾ちゃんとおじいちゃんが一緒に時代劇を観ていた部屋だった。


 その部屋の真ん中で、ポツンとひとりきり、真綾ちゃんは大きな体を小さく丸めて泣いていた……。

 彼女の近くには、昨年と春休みの宮島旅行で撮った写真たちが広がっている。

 写真の中のおじいちゃんは、いつものように優しく笑って…………。


「……ヴぁ、……ヴぁ、ヴぁぁやぢゃ~ん! お……おじいぢゃ~ん!」


 その笑顔を見たとたん涙腺崩壊した私は、泣きながら真綾ちゃんに抱きついた。

 そのあとしばらく、私たちは抱き合って、一緒に大声を上げて泣いたんだ――。


      ◇      ◇      ◇


「花ちゃん、ありがとう」

「うん……」


 泣き疲れた私たちは仰向けに寝転んで、ボ~ッと天井を見ていた。


「花ちゃん、その荷物は?」


 ムクリと上体を起こした真綾ちゃんは、不思議そうに私の荷物を指差した。

 今日、私が持ってきたのは、いつものヒヨコ型リュックの他に、小学校の修学旅行でも持っていった大きいバッグと、お母さんに渡されたバスケットだったからね、真綾ちゃんも気になったみたいだ。


「これは私の着替えやら何やらだよ。いやー重かったのなんのって、ここに来る途中で何度休憩したことか。…………私、しばらくここに泊まり込むからね」

「え?」

「真綾ちゃんに拒否権は無いよ、これは決定事項だからね。お父さんもお母さんも賛成してくれたし、もちろん学校にはここから一緒に通うよ。――この私が、親友をひとりっきりで放っておけるはずないじゃん」

「花ちゃん……」


 起き上がった私がニヤリと笑うと、また真綾ちゃんの目が潤み始めた。今日の真綾ちゃんはらしくないな……しょうがないか……。


「ごめんくださ~い」


 そうこうしていたら玄関のほうから誰かの声が聞こえた。いけね、私さっき慌ててたから、玄関を開けっ放しにしてたんだ。


「はい」


 返事をして部屋を出ていく真綾ちゃんと一緒に、私は玄関に向かった。


「あれぇ、花ちゃん、来てたのかい?」

「友達思いのいい子だねぇ」


 玄関にいたのは近所のおばあちゃんたちだった。ふたりは私の顔を見るなり、ヨシヨシと人の頭を撫で始める。……どうもこの町の人たちに、私はちっちゃい子と認識されているようだ。私と真綾ちゃんが同い年なのはとっくに知っているはずなんだけどな……誠に遺憾だ。


「姫様、はいこれ。お昼に食べてね」

「うちも作りすぎちゃったから、よかったらどうぞ」

「ありがとうございます」


 おばあちゃんたちが差し出したお鍋やらタッパやらを、私の横で真綾ちゃんが受け取ると、お鍋から食欲を刺激するカレーの匂いがした。どうやらふたりは、真綾ちゃんを心配して、食べ物を持ってきてくれたらしい。……優しいな、この町の人は。


「持ってきたのはいいけど、全部食べられるかねぇ……」

「姫様、ちょっと外を見てごらんなさいな……全部、食べられるかねぇ……」

「うん?」

「?」


 おばあちゃんたちの言葉に、私と真綾ちゃんは顔を見合わせた。どゆこと?

 首をかしげながらも、おばあちゃんたちの言うとおり玄関の外に出た私たちは――声を失った。


「ひめたま、どーど」

「姫様、これ、よかったら――」

「うちも作りすぎちゃったから……」

「姫様、朝一で釣り上げた太刀魚じゃ、食うてな」


 門と玄関をつなぐアプローチいっぱいに、ちっちゃい子から漁師さんまで、それぞれ何かを持った町の人たちが集まっていたんだよ。その集団は門の外まで続いていて――。


「なんや、やっぱり花も来とったんか。――姫様、ラーメン伸びんうちに食べてや!」

「姫様~、うちの羽二重もちも食べてね~」

「ウッ……ウッ……ひ、べ……ひべ……ざ……ば……」


 よく見たら、赤龍軒のおかもちを下げた火野さんと、和菓子屋さんの包みを持った百園先輩、泣きながらで何を言っているのかサッパリわからない碧川先輩もいた。

 あの潰れそ……イイ感じの和菓子屋さんて、百園先輩の実家だったんだね……。それより、福岡の高校に進学したはずの碧川先輩が、辛子明太子の紙袋を提げてここにいるのはなぜ? ……まぁ、真綾ちゃんのために帰省してきたんだろうな……。


「姫様……。運気が上がるという噂の、人形を……作ってきたの……」

「僕は、脳内物質セロトニンが出て精神の安定に効果を――」

「姫様、これ――」

「私はこれを――」

「姫様が寂しくないように、俺、今夜は一緒に――」

「黙れ!」


 呪われそうな人形を持ったムーちゃんを始め、クラスのみんなも来ていた。

 みんな我先にと真綾ちゃんに声をかける。

 不穏なことを口にしようとした木下は、もちろん、クラスメイト全員から突っ込まれていたよ……。


「真綾ちゃん……」

「うん。――皆さん、ありがとうございます」


「姫様…………」

「……姫様ぁ…………」

「……ウッ……ウッ…………」


 私と頷き合った真綾ちゃんがみんなに向かって深々と頭を下げると、そこかしこから、すすり泣く声が聞こえてきた。


「もう私は大丈夫です。今日頂いたものは、残さず食べます」


 そう言って真綾ちゃんが力強く拳を握ると、それを見たみんなの顔が見る見る明るくなっていった。みんな同じことを考えていたんだね……ああ、ホントに、この町の人たちは優しいね……。

 そういえば、私が家を出る時にお母さんから持たされたバスケットも、中にびっしり食べ物が詰まっていて重かったもんな~。


「ほらほら、ラーメン伸びてまうやんか、はよ帰るで!」


 火野さんのひとことで、町のみんなは次々と玄関に荷物を置いて帰っていった。……火野さん、相変わらず強いなー。これなら、百園先輩が引退してしまっても、女子剣道部は安泰のようだね。


      ◇      ◇      ◇


 お昼ごはんをたらふく食べた私と真綾ちゃんは、おじいちゃんの書斎に入っていた。

 木の香りと本の匂い……。高い窓から差し込む光を、空中に漂う塵が反射している。

 しんと静まり返った書斎のあちらこちらに、おじいちゃんの気配がまだ残っていて、今にもおじいちゃんの優しい声が聞こえてきそうな気がして、私は何度も耳を澄ましては肩を落とした……。


「花ちゃん、こっち……」

「うん?」


 真綾ちゃんに手招きされて私が歩いて行くと、キレイに整理されたおじいちゃんの机の上に、一冊、本が置いてあった。

 その本は、私が初めてこの書斎に入った時に見つけた、鴉ヶ森くらら大先生の第一作初版本だった。

 何度もおじいちゃんに借りて読んだその本の表紙を、私はそっとめくる――。

 すると、見開きに書かれた鴉ヶ森大先生の添え書きの下に、おじいちゃんの達筆で、『恵存 斎藤花様』と書いてあった……。


「……う、うう……」

「花ちゃん、おじいちゃんから伝言」

「……ん?」


 また泣き出しそうになった私に、真綾ちゃんが声をかけてきた。おじいちゃんからの伝言?


「この部屋にある本は、全部花ちゃんに貰ってほしいって。それと――」


 花ちゃんは私の目を真っすぐ見ながら、とても優しく、そして今にも泣き出しそうに微笑んだ。


「ありがとうって……」


 その言葉を聞いた瞬間、私の目からドバっと涙が溢れ出した。

 ――おじいちゃん、お礼を言うのは私のほうだよ、あんなに可愛がってくれたのに、いろんなものを、私はおじいちゃんから貰ってばかりだったのに…………ありがとう、おじいちゃん、ありがとう…………。


 それからしばらく、主を失った書斎の中に、抱き合って大泣きする私たちの声が響いたのだった。


      ◇      ◇      ◇


 あれから一週間ほど真綾ちゃんちに泊まり込んだ私は、「もう大丈夫だから」と微笑んだ真綾ちゃんの勧めで、一度家に戻ることにした。とはいえ、これからもしょっちゅう泊まりに来るつもりなんだけどね。


「じゃあ、今日は熊野さんの本体に泊まるんだよ」

「うん」


 正面から夕陽に照らされた門の前で、私は真綾ちゃんに念を押した。

 彼女を家でひとりきりにしたくない私の提案で、真綾ちゃんは今夜、熊野さんの本体に泊まることになったんだよね。あそこなら何があっても安心だ。


「熊野さん、真綾ちゃんのこと、お願いします」

「『はい、お任せください!』だって」

「うん、それじゃ真綾ちゃん、また明日ね」

「うん、また明日」


 よし、熊野さんの力強い言葉を聞いて安心したよ。優しくて気遣いのできる熊野さんが付いていてくれれば、きっと大丈夫だろう。

 ニコリと笑った私は、真綾ちゃんに背を向けると坂を下り始めた。


「花ちゃん!」


 坂を半ばまで下りたところで、急に背後から真綾ちゃんの声が聞こえた。

 とっさに私が振り向くと、坂の上に真綾ちゃんのスラリとした長身が見える。


「ありがとう!」


 彼女は珍しく大きな声でそう言うと、彼女としてはとても珍しく、白い歯を見せてニカッと笑った。

 夕陽に赤く染まったその美しい笑顔を、私は生涯忘れないだろう――。


「うん、また明日!」


 真綾ちゃんに負けないよう、ニカッと笑うと、私は大きく手を振った。

 明日の朝、いつもみたいに真綾ちゃんが迎えに来てくれたら、いつものようにふたり並んで学校へ行って、帰りには真綾ちゃんと一緒にサブちゃんと遊ぶんだ、ずっとそうしてきたように。


 しかし、私と真綾ちゃんが交わした、「また明日」というこの日の約束は……結局、果たされることはなかった――。

 



 どうも、作者です。

 真綾のおじいちゃんが退場しました……。急な展開に驚かれたかもしれませんが、おじいちゃん子、おばあちゃん子だった私が、病み衰えてゆく義継を何話もかけて書きたくなかったことや、いろいろと考えるところがあってのことで、決して打ち切りではありませんよ。


 さて、転移するまでが長いことから、「ジャンル詐欺か!」とのお叱りを受けるのを避けるためにも、急ではありますが、ここまでを前日譚として、改題、完結させていただきます。

 続きは『やまとなでしこ異世界無双 ~戦艦並みの力と防御力、豪華客船召喚、最強のご令嬢が異世界へ!~』として投稿開始しましたので、異世界でもマイペースな真綾のことを、これまでどおり見守っていただけると幸いです。

 読者の皆様、これまで拙作をご愛読いただき、本当にありがとうございました。

 そして、これからもよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しく読ませてもらってます。  完結マークに驚いてしまいましたが、すぐに続くという事で安堵しております\(^o^)/  それにしても花ちゃん… 良い子ですねぇ!
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