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第三六話 宮島パラダイス 六 表参道商店街


 私が目を覚ますと、目の前に真綾ちゃんの顔があった……。と思ったんだけど、一瞬で消えた……。バサッと音がしたので横を見ると、お布団の中で仰向けになってギュッと目を閉じている真綾ちゃんの姿がある…………。

 ジーッと見ている私の前で、やがて真綾ちゃんは大きな目をパッチリ開くと、ガバリと上半身を起こした。


「おはよう花ちゃん」

「あ、うん、おはよう真綾ちゃん……」


 いつものように、感情の読みづらい表情と平坦な声で挨拶してくる真綾ちゃんなんだけど、なぜか外着を着ている。寝た時は浴衣だったのに……。


「なんで外着?」

「おじいちゃんと朝の散歩に行ってたから」

「あ、そう……。なんで――」

「朝ごはん行こう」

「あ、うん……」


 なぜ外着のままお布団で寝ていたのか、さっき私の目の前にいなかったか、聞こうとしたら朝ごはんに連れ出された……。私もお腹が小さく鳴いたことだし、まあ、いいか。


 となり部屋の大人チームと合流し、一階にある朝食会場にゾロゾロと向かっていると、その途中出会った宿泊客たちが、ことごとく、こちらを二度見してきた。もちろん、その視線の半分は真綾ちゃんに向かっていたんだけど、あとの半分は――なんと、明らかに私へ向いていたんだよ!

 ここ、これってひょっとして……コイツのせいか! 私は自分が着ている浴衣を見下ろした。

 これきっと、熊野さんから貰った絹勾配の浴衣が、私の本来持つ大人の魅力を存分に引き出して、そんでもって、セクシーでエレガントな私の姿を見た罪なき民衆が、メロメロに魅了されてしまっているんだよ! ああ、なんて――。


「罪なワタシ……」

「花ぁ、お前その顔――」

「着いたよ」


 自己陶酔している私にお父さんが何やら言いかけたところで、朝食会場に到着したことを真綾ちゃんが教えてくれた。わざわざ教えてくれなくても、そのくらい見たらわかるんだけど、やけに親切だね、真綾ちゃん。

 こうして私たちは、おいしそうな匂いが漂ってくる朝食会場へと入っていった――。


      ◇      ◇      ◇


「もう食べられないよー、ゲプ」

「幸せだなぁ……」


 部屋に戻った私たちは、お布団の上でポッコリ膨らんだお腹をさすりながら、朝食の余韻に浸っていた。

 旅館の朝食は、我が斎藤家のいつもの晩ごはんよりも豪華だった。朝食だとは思えないくらい品数が多く、料理もお米もすごくおいしくて、真綾ちゃんなんか嬉しそうにごはんを何杯もおかわりしていたよ。

 それにしても……。食事中にお父さんたちが一度も私と目を合わせようとしなかったのは、いったいどうしたことだろう? ……きっと、美しく羽化した蝶のような私のことを直視できなかったんだね……。わかるよ。


「美しさは罪…………。ちょっと歯磨きしてくるよ~」

「行ってらっしゃい」


 朝からゴキゲンな私は、スキップしながら部屋の洗面所へと向かった。


 洗面所の中に入った私が、鼻歌を歌いながら洗面台の上にある大きな鏡を覗くと、そこに映っていたのは、左右のほっぺたに赤い渦巻きマークをクッキリと描き、つながった眉毛の下に満面の笑みをたたえた……ちっさい誰か…………。


「キィエェェェェェェェ!」


 そのあとしばらく、私たちの部屋では、血の涙を流しながら真綾ちゃんに襲いかかる私と、それをヒラリヒラリと躱し続ける真綾ちゃんの、見るに堪えぬ醜い死闘が繰り広げられたのであった…………。


      ◇      ◇      ◇


 旅館をチェックアウトした私たちは、厳島神社を挟んで旅館とは反対側にある水族館に来ていた。

 この水族館には宮島ならではというか、牡蠣の養殖イカダを再現した水槽があったんだけど…………。


「生牡蠣、焼き牡蠣、牡蠣フライ……」


 水槽の中で大量にぶら下がっている牡蠣を目にしたとたん、真綾ちゃんがブツブツと呪文のように何かをつぶやき出した。牡蠣を見つめる目の色もなんかヤバい。

 はっ!? これってまさか、〈(カシリ)〉とやらの影響じゃ――。


「『昨夜の睡眠学習の影響でしょう』だって、なんのこと?」

「さ、さあ? なんだろね……」


 真綾ちゃんを通して熊野さんが教えてくれたよ。……恐るべし、睡眠学習!

 睡眠学習の思わぬ効果に戦慄しながらも、真綾ちゃんの質問にしらばっくれた私は、朝一で顔に落書きされたことはもう水に流してあげようと、ひとり心に誓うのだった。


 館内をひと通り見て回り、スナメリ、コツメカワウソ、ペンギン、といった水族館のアイドルたちに癒やされた私たちは、仲良くお金を出し合い、売店でサブちゃんへのお土産を買うことにした。

 何しろこの楽しい旅はサブちゃんからのプレゼントみたいなもんだ、せめてお土産だけでもサブちゃんに喜んでもらいたいよ。


「サブちゃん、ジンベイザメのぬいぐるみがお気に入りだから、これもきっと喜んでくれるよね」

「うん、スナメリ可愛い」


 いろいろ悩んだ末、サブちゃんへのお土産は、ここのアイドルであるスナメリの大きなぬいぐるみに決まった。サブちゃん、喜んでくれるといいな。

 可愛いもの好きな私たちふたりも、ついでにスナメリの小さいぬいぐるみを自分用に買って、ホクホク顔で水族館をあとにした。

 この時、おじいちゃんとお父さんが、それぞれコツメカワウソのぬいぐるみを私たちにプレゼントしてくれたのは、嬉しい誤算だった。

 私たちが最後までスナメリかコツメカワウソかで迷っていたのを、ふたりはちゃんと見ていたんだね、ありがとう、大事にするよ。


      ◇      ◇      ◇


 水族館から移動して厳島神社周辺をぶらぶら観光したあと、食堂でおいしい穴子めしの昼食を終えた私たちは、食堂前の静かな通りに出ていた。

 風情ある町家の軒が連なるその向こうに、五重塔が覗いている。なんかここ、修学旅行で行った京都を思い出すな~。


「じゃあ、四時にターミナルね」

「花ぁ、ホントにお父さんが一緒にい――」

「じゃ、また!」


 お父さんの寂しそうな声を遮ってシュタッと手を上げた私は、真綾ちゃんとふたりで町家通りをあとにした。これから四時の集合時間まで、大人チームと私たちは別行動を取るのだ。

 許せ父よ、これはあなた達のためでもあるのだ。なぜなら、これから我らふたりが歩むは冥府魔道……。


 ほどなくして、私たちは表参道商店街の入り口に到着した。

 ガランとしていた昨夜とは打って変わり、絶賛営業中の表参道商店街には、もみじまんじゅう、穴子めし、焼き牡蠣、といった定番から、近年登場したニューフェイスまで、実に様々な飲食物のノボリや看板が並んでいる。

 世の食いしん坊にとって、さながらここは食べ物パラダイスだろう。


「ジャジャ~ン! どうよ真綾ちゃん、この光景! さすがの真綾ちゃんでも驚いたんじゃな――ヒッ!」


 短い両手をババンと開き、目の前に広がる食べ物パラダイスをアピールした私は、真綾ちゃんのビックリしている顔を確かめてやろうと見上げ、悲鳴を上げた。


「生牡蠣、焼き牡蠣、牡蠣フライ、穴子めし、焼きたてのもみじまんじゅう……」


 真綾ちゃんは、ただでさえ大きな目をクワッと見開いて、宮島名物の名を呪文のようにブツブツとつぶやいていた。全身にオーラ的なナニカを漂わせながら。

 恐るべし、睡眠学習……。でも、そろそろ正気に戻さないとね。


「はい、真綾ちゃん、ドウドウ、落ち着いて~、ドウドウ」

「……はっ!」


 ブツブツ言っている真綾ちゃんの口に、昨日サービスエリアで買っておいた酢こんぶを放り込んで、背中のあたりをドウドウすると、彼女はようやく正気に戻ったのか目をパチクリさせた。……ふぅ、よかったよ。


「さて、真綾ちゃん、今日は私に構わず、好きなだけ食べていいよ」

「え? でも……」


 モグモグしていた酢こんぶをゴクンと飲み込んだ真綾ちゃんは、私の言葉にちょっと戸惑ったみたいだ。


 ――この前、大きな町でスイーツ店のハシゴをした時に私は気づいた、どうやら真綾ちゃんは私のことを気遣って、お店一軒ごとの自分の注文数を増やすことで、ハシゴする店舗数を減らそうとするんだよね。しかも私が思うに、あれでも一軒当たりに食べる量を我慢してくれている……。

 昨日の呉だって、あのままカレー地獄に突入していたとしても、きっと五軒くらいハシゴしたら真綾ちゃんは許してくれたと思う。……それでもキツいけど。

 だからこの子はきっと、今日もそうするつもりだろう。でもね――。


「こちとら江戸っ子でぃ! 私はそのつもりで来たんだから、真綾ちゃんが満足してくれないと私の女が廃るってもんよ!」

「花ちゃん…………。ありがとう」


 きっぷよく啖呵を切った私の目を少しだけ潤んだ目で見つめてから、真綾ちゃんはニコリと微笑んだ。そのウルトラレアな笑顔の美しさときたら、天上の女神様にだって負けていないだろう。


「よ~し、サーチ・アンド・デストロイ! 今日は食い倒れだ!」

「おー」


      ◇      ◇      ◇


 私は、一〇〇メートルと進まぬうちに食い倒れた……。

 焼き牡蠣だけでも、ガーリックバターやグラタン風など何種類もの味があるうえに、もみじまんじゅうに至っては中身の種類がとても多く、さらに店ごとで味や食感が違うのだ! そんな食べ物を扱っているお店が、三〇〇メートル以上はあろう表参道にひしめいているのだ!


「表参道商店街、パネェ……」


 数種類のもみじまんじゅうと焼き牡蠣その他が、胃の中で絶妙にブレンドされて込み上げてきそうになる気配と、私は必死に戦いながらも、目の前で繰り広げられているもうひとつの戦いを眺めていた。


 ついさっき女神の笑顔を浮かべていた真綾ちゃんは、今や、五関を突破した関羽のごとく、テイクアウトできる食べ物を扱っているお店を商店街の端から一軒ずつ、サーチ・アンド・デストロイしていた……。休憩がてらイートインも挟みながら。

 彼女が言うには、行きに表参道の片側を制覇して、帰りにもう片側を制覇する作戦なんだって。うん、合理的だね……。

 もっと胃が大きかったら私も参戦できるんだけどね、古代ローマの貴族みたいに、食べるために吐くってわけにもいかないし……。


「そりゃあ、焼き牡蠣も生牡蠣もプリプリでジューシーでおいしかったよ、焼きたてのもみじまんじゅうもアンコがトロッとしてておいしかったよ! くそぅ、くそぅ、このチンケな胃袋が恨めしいよぅ」


 そんなことを言いながらも真綾ちゃんと並んで歩いていた私は、いつの間にか彼女の首に、唐草文様の大きなガマ口がぶら下がっていたことに気づいた。


「あれ? そのガマ口、どうしたの?」

「お金は【船内空間】に入れてあるから」

「あ、なるほど……。たしかに、何も無いところからお金が出現したら、お店の人が驚くからね」


 真綾ちゃんはあのガマ口の中に手を突っ込んだときに、キャッシュディスペンサーと化した【船内空間】からお金を取り出してるのか。彼女は彼女なりに考えてるんだね。


「ところで、持ってきたのはおいくら万円……」

「貯めてたお年玉全部」

「あ、そう……」


 姫様のくせに倹約家な真綾ちゃんは、普段あまり無駄遣いというものをしないから、おそらく、親戚から貰ったお年玉にもほとんど手をつけていないだろう。

 羅城門一族から彼女が今までに貰ったお年玉の総額を想像しようとした私は、頭の中に仁志おじさんの豪快な笑顔が浮かんだ瞬間、考えるのをやめた。

 まあ、この旅行に懸けている彼女の意気込みだけはわかったよ。


「花ちゃん、あれ」

「ん? ――あっ!」


 片手に持ったソフトクリームを幸せそうにモグモグしていた真綾ちゃんが、表参道商店街の半ばを少し過ぎたあたりで突然立ち止まり、何やら私に声をかけてきたから、彼女が右手で指差している先を見た私は、その奇っ怪な光景に思わず声を上げてしまった。


 だってね、私たちの少し先にある一軒のお店の中を、物欲しそうに覗き込んでいたんだよね、鹿に乗った可愛い女の子が、三人…………。




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