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第三一話 宮島パラダイス 一 福引きをしよう


 熊野さんは船である。

 けれども、その心は昭和初期の乙女だ。

 そんな彼女が、現代のファッションやスイーツに並々ならぬ興味を示したのは、至極当然のことだろう。


 しかし残念ながら、私たちが住むちっちゃい田舎町でファッションとスイーツのお店といえば、お店が数軒肩寄せ合っているだけの奥ゆかしい商店街の中に存在する、アヴァンギャルドな品揃えの高齢者向け洋服屋が一軒と、いつも三種類くらいしか商品を置いていないボ、……侘び寂びを感じさせる和菓子屋が一軒、あとは、常に口をモゴモゴさせているおばあちゃんが店番の昭和レトロな駄菓子屋が一軒のみ。

 あ、たしか、防波堤前の釣具屋さんにアイス置いてたっけ?

 ならばせめてネットで見ようと思っても、機械オンチの真綾ちゃんは、パソコンはもちろんスマホすら持っていないので、私たちはしかたなく、私が持っているスマホのちっちゃい画面に顔を寄せ合って、細々と情報収集をしていた――。


 そんなある日、秋の風に木々がサラサラと音を奏でるなか、いつものように私たちが、いつもの神社でサブチャニウムを補給していると、大二郎に乗ったサブちゃんが、天使のような笑顔で二枚の紙切れを差し出してきた。


「これ、あげる」

「ありがとう」

「サブちゃん、ありがとね。……何かな?」


 サブちゃんのちっちゃな手から受け取った紙切れを、どれどれと私たちが覗き込むと、それは大きな町にある商店街の福引き券だった。


「あー、あそこならオシャレなお店がたくさんあるね。――こうなったら福引きをしにあそこまで行って、ついでに実物の服を見ながらスイーツのお店でもハシゴしない? なんちゃ――」

「行く」


 適当に投げたルアーみたいな私の提案に、お腹をすかせたブラックバスのごとく、真綾ちゃんがバクッと食いついてきた。

 こうして急きょ私たちは、この週末にふたりでバスに乗り、大きな町まで遠征することになったんだよ――。


      ◇      ◇      ◇


 九月も終わりに近づいた土曜日の昼下がり、大きな町に新しくできたばかりのオシャレなカフェは、流行と甘いものに敏感な女子たちでにぎわっていた。


 真綾ちゃんの後ろのテーブルでは、土曜日だというのに制服姿の女子高生たちが、思い思いのスイーツを突っつきながら、人気男性アイドルグループの誰がいいとか、こんなところがタマランとか言い合って、かしましく盛り上がっている。


 フルーツたっぷりのパフェと抹茶スフレをペロリとたいらげたあと、しばらく女子高生たちの会話に聞き耳を立てていた真綾ちゃんは、やがて真剣な表情で私の顔を見ると、おもむろに口を開いた。


「眠井狂二郎役は、マサカズもいいけど、私はやっぱりライゾウだと思う」

「…………」

「人を斬るときの、あの表情がたまらない」

「…………」

「殺陣もたまらない」

「…………」


 うん、真綾ちゃん、何を言っているのか私には微塵も理解できないけれど、自分も若い女子の仲間入りしたいっていう、その熱意だけは伝わったよ……。


 真綾ちゃんと一緒に大きな町で遊べると決まり、すっかり舞い上がっていた私は、スイーツがおいしいと評判のお店を数日前からネットで調べ上げていた。

 そして今日、私たちはこっちに着くと早々に、ピックアップしていたスイーツのお店をハシゴし始めたんだけど、このお店でもう五軒目なんだよね……。

 さすがに私のお腹はもうパンパンで、押したら口から何かが出てきそうなんだけど、真綾ちゃんは相変わらず涼しい顔をしている。

 彼女と味覚を共有している熊野さんは、満足してくれただろうか――。


 気になった私は、きれいな所作でグラスの水を飲んでいる真綾ちゃんに、熊野さんの様子を聞いてみることにした。


「ところで、熊野さんはどんな感じ?」

「すごく喜んでる」

「そっか、よかった」


 コトリとグラスをテーブルに置き、いつもよりやわらかな表情で答える真綾ちゃんを見て、私は嬉しくなった。

 今は熊野さんの船内にいるわけじゃないから、私には熊野さんの声が聞こえないけど、楽しそうにはしゃいでいる彼女の澄んだ声が容易に想像できるよ。

 今日の軍資金調達のために、戦時国債ならぬ肩叩き券を大量発行してきた甲斐があったってもんだね。お父さんありがとう、償還不能の国債だけど……。


「花ちゃん、おいしいお店教えてくれてありがとう」

「え~、いや~それほどで――」

「すみません、追加お願いします」

「…………」


 真綾ちゃんにペコリと頭を下げられた私が照れ始めると同時に、シュバッと頭を上げた彼女は、近くを通りかかった店員さんを呼び止めて追加注文を始めた。ああそう、まだ食べるんだね……。


      ◇      ◇      ◇


 ――追加注文したぶんも完全にたいらげ、食欲をようやく満たしたらしい真綾ちゃんと、とっくに満たしていた私は、カフェを出てぶらぶらと町を歩いていた。

 歩いていたんだけど――。


「そうかー、そうだよねー」

「?」


 ポッコリ膨らんだお腹をさすりながら歩いていた私は、周囲の様子に思わず声を漏らしてしまった。それを聞いた真綾ちゃんは小首をかしげているけど、この子に自覚ってもんは無いのかな?


 真綾ちゃんの外見に慣れている人たちのなかで暮らしていたから、私も忘れかけていたけど、あの町の外に出たらこうなるのは当たり前だったんだよね……。


 真綾ちゃんを見た人たちが、もれなく、目を大きく見開いて立ち止まったあと、魅入られたように彼女の姿を視線で追うのだ。……ポカンと口を開けて。

 神社の通し矢に参加している彼女を初めて見た時、私もよく似た反応だったのを思い出すよ。懐かしいな~。

 私が知る限り、真綾ちゃんほどのパーフェクトビューティは芸能界にも存在しないからね、しがない地方都市の平凡な日常に、突然、異次元の存在が姿を現したようなもんだ。


「いや~、いきなり町のど真ん中に大怪獣が現れたら、こんな感じなのかなって」

「…………」


 あ、イジケた……。私としたことが言葉のチョイスを間違えちゃったよ、言葉って難しいよね。


「違う違う、もちろんいい意味で、いい意味で、だよ」

「…………」


 いけね、さらにイジケた。


「た、助けてクマえも~ん」


 困った私が情けない声でヘルプを頼んだら、脳内会話で熊野さんが上手いこと言ってくれたのか、イジケ気味だった真綾ちゃんはちょっとだけ赤くなると、何を思ったのか突然後ろから私の両脇に手を入れ――。


「はい」

「ぎゃー!」


 ――グイッと持ち上げて肩車した! 

 私の視界が一気に高くなる。怖い怖い、お父さんの肩車より高くて怖いよ!

 すると、今まで真綾ちゃんを見ていた人たちの視線が、私の顔に集中する……。


「ぎゃー!」


 さらし者になった恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらも、私は真綾ちゃんの左右のほっぺを指でつまんだ! こうなったら――。


「死なば諸共、だっ!」


 私が真綾ちゃんのスベスベほっぺをムニ~と左右に引っ張って変な顔にしてやると、私に集中していた周囲の視線が彼女の顔に戻った。許せ、友よ――。


「…………ヨイヒョ」


 あれ? 真綾ちゃんが軽くしゃがんだのかな? ほんのちょっとだけ視界が低くなった気が――。


「トウ」

「ぎゃー!」


 そんなこと思ってたら、いきなり真綾ちゃんが垂直跳びを始めた! 急激に私の視界が縦に流れる。高い怖い、高くて怖いよ真綾ちゃん!

 真綾ちゃんが軽く【強化】を使っているのか、私の目線は四メートルを超えてそうな高さにまで達すると、今度は急降下し、そしてまた急上昇する。

 繰り返される上昇感と下降感、私の胃袋も上がる、下がる……。あ、真綾ちゃん、これ以上やったら、私、もう…………。


「おえぇぇぇぇ」

「!」


 こうして、我慢の限界点を超えてしまった私の口から真綾ちゃんの頭まで、甘ずっぱい香りのする虹の橋が架かったのだった……。


      ◇      ◇      ◇


「争いなんて、不毛なだけだね……」

「海より深く反省」


 逃げるようにあの場を離れた私たちは、現在、街角のベンチに座り、自分たちの醜い争いを反省しているところだ

 ちなみに、私から真綾ちゃんに架かったあの虹の橋は、すべて真綾ちゃんが【船内空間】に収納してくれたおかげで、なんとかふたりとも被害をまぬがれた。簡単なように聞こえるけど、これは応用技を組み合わせてやっとできる高等技なんだよね――。


 本来、真綾ちゃんが直接触れたものだけしか【船内空間】に収納できないはずなんだけど、【強化】の結界を少し広げて、その表面に【船内空間】へのパスを作ることで、真綾ちゃんは着衣を汚すことなく私の虹を収納した。さらに、私の口から出ている虹をまとめてひとつの物体と認識することで、私の服に付着するはずだったぶんまでも収納しているんだよ、しかもあの一瞬で。

 ここまで能力を使いこなせるようになったのは、真綾ちゃんの異常な反射神経と熊野さんの超優秀なサポート、それと厳しい訓練の成果だね。


「花ちゃん、気分はどう?」

「うん、もう大丈夫だよ」


 心配して顔を覗き込む真綾ちゃんに笑顔で答え、私はよっこらしょと立ち上がった。よし、オールグリーン、バッチコイだ!

 再起動した私たちは、服やら雑貨やらを見て回りながら、アーケード商店街の福引き所へ向かった――。


      ◇      ◇      ◇


「ここだね」

「うん」


 私たちは今、定番の紅白幕で飾られた福引き所の前で仲良く並び、バーンと腕を組んで仁王立ちしているところだ。

 かなり大きい商店街だけあって、景品も結構豪華だね。――ふむ、特等はペアで沖縄旅行が一組か、このご時世にあえて商品券じゃないあたり、かえって新鮮だね。一等は旅館宿泊券が二組と……。どれどれ、二等以下は――なるほど、景品法の枠内でよく揃えたもんだよ……。


 私が鷹の目になって景品の品定めをしていると、景品所のおじさんが仁王立ちしている私たちに気づいたみたい。

 商店街名入りのハッピを着たおじさんは真綾ちゃんを見て一瞬目を丸くしたあと、すぐに声をかけてきた。プロだね。


「お嬢ちゃんいいね~、きれいなママで」

「…………」

「…………」


「ヒッ!」


 私と真綾ちゃんからほとばしる殺気に当てられ、おじさんが小さく悲鳴を上げた。

 すると、そのとなりにいたハッピ姿のオバちゃんが、慌てておじさんのフォローに入ってきた。ちなみにオバちゃんの頭は、奈良の大仏さんみたいなヘアスタイルだ。


「失礼だよハマデンさん! こんな肌ツヤのいい子が子持ちなわけないじゃないの、ホントにこれだからオッサンは。――ごめんなさいね、この人も悪気はないのよ」


 オバちゃんはおじさんをキッと睨みつけて叱ったあと、細~く描いた眉毛を思いっきりハの字にして、申しわけなさそうに私たちに謝った。よく見たら眉間には大きなホクロまである、大仏ヘアと相まって、なかなかこれはキツイ……。

 込み上げてくる笑いを私が必死に我慢していると、大仏オバちゃんがニコニコしながら話しかけてきた。


「お嬢ちゃん、オバちゃんが当ててあげようか? こう見えてアタシ、お釈迦様みたいで怖いってよく言われるのよ~、きっとなんでもお見通しって意味よね。――どれどれ、確実にあなたは小学生として、この美人さんは、う~ん、まだハタチくらいであまり顔が似てないから、やっぱり親子じゃないわよね…………あ、わかっちゃった、ピキーンときたわアタシ。――ズバリ! このお姉さんは、お嬢ちゃんのパパかママの妹さんでしょう? お嬢ちゃんよかったわねぇ、こんなに美人の叔母さんとお出かけでき――」

「…………」

「…………」

「ヒッ!」


 ドラムマガジン装着の短機関銃みたいに、途切れることなく自らの迷推理を披露していた大仏オバチャンは、私と真綾ちゃんからほとばしる殺気に気づくと、小さく悲鳴を上げて跳び上がった……。


「……私、中学生だよ」

「同級生」


 私たちが自分を指差しながらそう説明すると、大仏オバちゃんは私たちを三回見比べて首をかしげたあと、何ごともなかったように笑顔になった。プロだね。


「やあね~、もちろんわかってたわよ、冗談よ、冗談。――ほらほら、福引きしに来たんでしょ、どうぞ」


 なんか釈然としないけど、大仏オバちゃんに誘われるまま、まず私が、サブちゃんから貰った福引き券を渡してガラポンを回す。

 一瞬、サブちゃんの天使みたいな笑顔が頭に浮かんだ私が、ガラポンを回していた手を止めると、その中から銀色に輝く玉がコロコロと転げ落ちてきた――。


「――おお! おめでとうございます、一等、安芸の宮島ペア宿泊券で~す!」


 銀色の玉を見たおじさんが、カランカランとハンドベルを鳴らしながらテンション高く声を上げた。そのとなりでは大仏オバちゃんも手を叩いて喜んでくれている。


「やった! 私、福引きで一等当たったのなんて初めてだよ~」

「花ちゃんおめでとう」


 私は嬉しさのあまり、ピョンピョン跳ねながら真綾ちゃんとハイタッチを繰り返した。これもサブちゃんのおかげだよ~。


「頑張れ真綾ちゃん!」

「やったるで」


 私の感動が落ち着いたあと、真綾ちゃんがフンスと鼻息も荒く私に続く。

 大仏オバちゃんに福引き券を渡した彼女は、その白い手でガラポンを回し始めた。

 福引きのガラポンを回しているだけなのに、その姿からは高貴なオーラが溢れ出ている。さすがは姫様だね。

 やがて真綾ちゃんの手が止まると、ゴクリとつばを飲み込んで見守る私の目の前に、ガラポンの中からコロコロと転げ落ちてきたのは、……銀色に輝く玉だった。



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