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二日目と冬の花


 自分の気持ちに気付きさえすればシュテファンの取るべき行動は一つしかなかった。

 ティナという人物を知ること。ただティナは自分の顔を見られたくないと思っているのは明らかなので無理に顔を見たいようなリアクションはしないようにする。それを目的にシュテファンは行動しようと考えた。


「そちらの領地での特産はあるのか?」


 次の日の昼に食事に誘われたシュテファンはティナに尋ねた。ティナは一瞬手を止めた。


「そう、ですわね……。ここ数年はハーブでしょうか」

「そうか。この魚もハーブが効いていてとても美味く感じる」

「お気に召したようで何よりですわ」


 澄んだ声に弾みが加わっていることから喜んでいるのだろう。シュテファンは胸を撫で下ろすと蒸し魚を一口分口に運んだ。ブラックペッパーとタイムの香りが程よく白身魚の良さを引き立てている。


「プフレングレ領では海の魚が獲れるので羨ましい限りですわ。シェルツェル領は海に面していませんのでなかなか魚は流通しにくいですの。この魚も川の上流で獲れる川魚ですし」

「ではこの領にも海魚が流通するように手配しよう」

「え?」


 突然のシュテファンの提案にティナは固まる。予想もしていない言葉だったのだろう。


「我が領は最北端なこともあり、氷を使って魚を運ぶことができる。ここまでそんなに離れていないからいけるだろう」

「ですが……」

「ただしこの領の特産のハーブをこちらに回してほしい。それなら良いだろう?」


 遠慮するティナに対して交換条件を持ちかけた。これなら負い目もないだろう。


「それなら……。そんな、よろしいのですか?」


 予想通りの答えにシュテファンはほくそ笑む。そして問題ないという意味で頷いておく。ティナは嬉しそうに声を弾ませて「ありがとう存じます」と言った。美しく澄んだ声に聞き慣れていたが、少女らしく感情豊かなティナの声も聞くことができてシュテファンの胸は高鳴った。


 午前の間に最低限のやるべき仕事は終えていた。本来はまだやるべき領地の仕事があったのだが、先に三日間滞在することになるということを側近たちに早馬で知らせると、「こちらのことはできる限りやっておきますので、ティナ嬢との親交をゆっくりと深めてくださいませ」と返事があった。そこまで自分の婚姻が大事なのかとつい笑ってしまったが、お言葉に甘えることにし、午後はフリータイムとした。しかし、急に休みにしてもすることがなく手持ち無沙汰にしているとティナから庭園の散策に誘われた。シュテファンは誘いに乗ることにし、早速庭園に向かうことにした。


「急にお誘いして申し訳ありません」


 ティナは黒いテント状の布で全身を覆った格好で淑女の礼をした。目元は視覚を確保するために黒の網状となっているが、全身真っ黒なので遠くから見た時は驚いてしまった。

 しかしエメラルドグリーンの瞳だけ薄らだが見えているので心許してもらえたのかとシュテファンは心躍った。


「お待たせしてすまない。案内を頼めるか?」


 普通ならば一つの肌さえ見せない格好を見て男性ならば相手にされていないと感じてしまうところだが、シュテファンは女性との交流を最低限しかしていなかったので駆け引きをよく理解していないと、惹かれている女性が日の元に出て来てくれたということで浮かれてしまっていた。


「ではこちらに。楽しめたら良いのですが……」


 翠色の瞳を細めてティナはゆっくりと歩き出した。


 庭園はとても美しかった。

 庭師の技量がかなり高いのか、栽培が難しいとされる花も咲いている。色とりどりの花々にシュテファンは圧倒された。


「こんな美しい庭を見たのは生まれて初めてだ」

「ありがとう存じます」

「プフレングレは寒い気候のせいで花が育つには向かない土地なんだ」

「そうなのですか?」


 目をぱちくりと見開いてティナは驚いていた。

 プフレングレ領の冬は厳しい。そのため花よりも強い木々の方がたくさん植えられているのでシュテファンにとってこの光景は珍しいものだった。


「どちらかと言うと森林が多い。この庭が美しいならば、我が領の森林は壮大だ。ぜひ、ティナ嬢に見てほしい」

「まあ、それは見てみたいですわ」

「近いうちに用意ができるなら見に来てほしい」


 シュテファンはティナの目を見つめていった。ティナは恥ずかしいのかシュテファンから目を逸らした。


「……あ、あと、侯爵様にお見せしたい設備があるのです。少し歩きますがよろしいですか?」


 甘い空気を断ち切るようにティナが提案する。シュテファンは一つ息を吐くと、同意して二人はゆっくりと歩き出した。


 そこは石の家だった。平民が暮らすような家が一軒、ぽつんとシェルツェルの家から離れたところに建っていた。

 ティナは躊躇いもなく扉を開けると中に入るように促した。シュテファンは戸惑いながらも中へ入った。

 中は暖かかった。正面には暖炉があり、火が灯っている。近くには火の番らしき男性がいる。そしてたくさんの野菜やハーブが規則正しく並んでいた。


「これは……」

「ここは温室にして我が領の特産となるものを栽培しているところです」


 そう言われてもう一度育てられている野菜たちを見る。よく見ると南国でしか育たないような野菜がある。近くによってよく観察してみると、栄養状態も良くもうすぐ食べ頃といった感じだった。シュテファンは素直に驚いてしまった。


「まだ温室でしか育たない野菜なのでこの土地での実用化は難しいですが、品種改良を重ねて実用化を目指したいのです」

「なるほど……」

「さ、次はこちらに」


 ティナは奥の方へ進むと、扉をゆっくりと開けた。少し廊下が続いた先に石の扉が見えた。ティナはどんどん先に進んでいく。


「あそこは?」

「寒室のようなものを作りました。これも今後の役に立てられたらと」


 そう言ってティナは重そうな石の扉を開け、中に入るように促した。中に入ると壁は石壁になっていて、ひんやりと涼しい。


「これは……」


 部屋に入ってすぐにプフレングレ特産の野菜が目に入った。寒い土地で育つ野菜のためなかなかこの辺りでは栽培は難しいはずだ。近くによって確認すると状態も良く、しっかり葉も付いている。


「プフレングレでよく作られている野菜を試しに育てています。まだ温度管理が難しく難航していますが、これも品種改良できれはシェルツェル領でも育てられるかと思いまして」

「すごい……。シェルツェル領はここまで進んでいたのか……!」

「まだまだ時間はかかりますが、領民が飢えずに過ごせるようにしていきたいと考えています」


 ティナの声は弾んでいる。今後のことをよく見通しているとシュテファンは思った。ここまで聡ければ、夫人として引く手数多のはずだ。愛がなくとも能力を買う男はいると思うのだが。


「貴女はここまで先のことを見通せるのになぜ……?」

「私がこのように顔も出したくないというのが一番の理由です。またここまでの設備を他領の方に見せたことはありませんわ」

「では、私が一番最初に?」

「そういうことになりますね」


 それを聞いて心の奥底から喜びが込み上げる。心を許してもらえたのかと、特別な扱いにシュテファンは年甲斐にもなく浮かれてしまう。鈴を転がすような声で発せられたティナの言葉を頭の中で何度も繰り返して酔いしれた。


「侯爵様」


 浮かれているシュテファンにティナは一つの植木鉢を持って目の前にきた。その植木鉢には白い小ぶりの花をつけた美しい植物。見たこともない花にまじまじと見つめてしまう。


「これは、スノーフラワーというシェルツェル領で改良した花の一つです。冬の終わりに花をつけます。寒くとも日の光を葉に溜め込んでゆっくりと成長する植物です」

「スノーフラワー……」

「もしよろしければこの花を贈らせてください。プフレングレ領でたくさん植えてもきっと育ち、美しい花を咲かせてくれると思います」


 ティナの声は上擦っていた。美しく澄んでいる声も好ましかったが、照れた声も可愛らしいと思った。鉢を持つティナの手に自分の手を重ねシュテファンはゆっくりを頷いた。


「ありがとう。大切にする」

「もったいないお言葉ですわ」


 受け取ってもらえたことに安堵したのか、ティナは翠色の瞳を細めた。彼女の手はとても温かかった。

 彼女の手の温もりを感じながらシュテファンは優しい顔で微笑んだ。


 こうしてシュテファンの二日目は終わっていった。



次、ラストになります。よろしくお願いします。

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