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一日目と籠り姫

全部で三部作です。よろしくお願いします。


「声のみの面会だって?」


 シュテファン・プフレングレ侯爵が驚きの表情を浮かべた。彼はもう三十になろうとしている。そろそろ婚姻を考えなければならない歳なのだが、相手選びは難航している。その理由として彼が治める領地に問題があるからだ。プフレングレ領はディーバルト王国の最北端に位置する領地である。国境であるため戦争が起こりやすいかと思われるが、そうではない。隣国とは友好条約を結んでいるため特に問題はない。一番の障壁となっているのが、この地の気候である。元より寒地であるこの王国の最北端に位置するとなると、極寒である。夏場は涼しく良いのだが、問題は冬だ。雪に埋もれ活動もままならないのだ。そうなると侯爵夫人になれるとはいえ、田舎の極寒の地に進んで嫁ぐ者など現れないというわけだ。


 また、シュテファンが結婚に興味を示さないというのも厄介である。王都にいる令嬢を何人か紹介されているが、シュテファン自身が会ってからではあるが丁重に断っていることが多い。彼曰く、「王都の女性は優雅で美しいが、着飾ることしか考えていない」とのこと。確かにプフレングレ領で暮らすには多少の(たくま)しさは必要だと思うが、王都の令嬢にそれを求めるのは酷である。彼の側近たちがそう伝えるとシュテファンは肩をすくめて反省の意を示すがあれはその場(しの)ぎであることは明らかだった。


 さて、冒頭に戻るが、シュテファンの相手探しは周りの側近たちにとって重要なことである。後継の問題もあるし、家の切り盛りの問題もある。そのため早急に片付けたい事案の一つなので、側近たちは良さげな令嬢を見つけては手当たり次第にシュテファンに勧めていた。しかし、会いはするもののその後に繋がらない。そしてどんどん勧められる令嬢の数も減ってゆく。焦った側近たちは(わら)をも掴む勢いで勧めたのは、この国では有名な「籠り姫」だった。


「はい。ティナ・シェルツェル伯爵令嬢、歳は十八でございます」


 側近の一人ハインツが釣書(つりしょ)を見ながら説明する。シュテファンが手を伸ばしてきたので、ハインツは釣書そのままシュテファンに手渡した。シュテファンはしばらく釣書を眺めるとニッと笑った。


「声のみの面会か。面白い。私も令嬢のきつい香水を嗅ぐのを避けられるな」

「では、お会いになられるのですね?」

「ああ、手配を頼む」

「かしこまりました」


 興味を持ったことに驚きつつもハインツは釣書を受け取り退出する。


 ティナ・シェルツェル伯爵令嬢。シェルツェル伯爵の末娘で適齢期であるのにも関わらず未だに婚約者の一人も見つけられていない。その理由が、彼女の別名「籠り姫」にある。ティナは社交界デビューを果たした直後から自分の家に篭り、人と会わなくなったのだ。デビューした当時は美しく輝く銀髪に翠色(すいしょく)の瞳を輝かせた絶世の美少女と持て(はや)されたが、籠ってからは家族以外誰とも顔を合わせていないらしい。以前彼女の美しさを見た青年たちが「婚約者に」と家に押しかけたが、ティナは決して会うことはしなかった。しかし「声だけならば」という条件をつけて会おうとすることもあったが、失礼極まりない客人への態度だと憤慨(ふんがい)し縁談をまとめるまでには至らなかったのだ。

 頑なに顔を見せないその令嬢は、年月を重ねるとともに「大病を患ってしまった」「顔面を大怪我した」「実は死んでいるのでは?」などと噂されるようになる。ただ、シェルツェル伯爵はその噂を否定しているが、当の本人は全く表舞台に出てきていないので真偽は謎である。


 そんな伯爵令嬢が、「声のみ」という条件付きだがシュテファンに会うと決めたのは周りは驚いたに違いない。また、そんな噂を持つティナにシュテファンが会うと決めたのも周りの側近たちを驚かせただろう。

 そんなことはつゆ知らず、シュテファンは机の上に積まれた大量の書類を眺めながら肘をつき、楽しげに一つ笑った。


「『籠り姫』……。なぜ彼女は籠る必要があるのか……」


 そう呟き、執務に戻った。



 * * *



 「ようこそおいでくださいました。プフレングレ侯爵」


 此処は王都より北西に位置するシェルツェル領。本来なら王都で合うはずだったのだが、先方の配慮でシェルツェル領で初めての面会を執り行うこととなった。王都まで馬車で一週間ほどかかるはずだったが、おかげで三日程度で済んだ。

 シュテファンは一言挨拶を済ませると、シェルツェル家に上がった。家は古いようだがしっかりと清掃されており気になるところはない。また、王都の流行も取り入れつつ家伝統の家具も置かれていてぶつかり合わず調和しているのでこの家の主は相当センスがいいのだろう。シュテファンは感心しつつ、シェルツェル伯爵に連れられて客間へと向かった。


「遠いところ、わざわざお越しくださり、ありがとうございます。プフレングレ侯爵」


 客間の椅子に座るように促されながらシェルツェル伯爵は申し訳なさそうに言った。


「いや、私の方も冬に入るまでにと急を言った。だから気にしなくとも良い」

「ありがとうございます」


 冬に入ってしまうとプフレングレ領から出ることすら難しくなる。今は秋の半ば。なかなか厳しい日程だったのだが、考慮してもらえたのは有り難かった。シェルツェル伯爵はシュテファンの言葉を聞いて安堵したのか、そのまま椅子に腰掛けた。穏やかな男性だとシュテファンは思った。


「娘と会っていただけると伺いました。娘の噂などは聞いておられますか?」


 言いにくそうに話を切り出してきたシェルツェル伯爵をちらりと視線を送って、「ああ」と頷いた。シェルツェル伯爵はその返答にホッとした様子を見せた。


「娘がそのような状態になっていて親としてどう思われているのか」

「私からは何も申し上げることができません。ただ私は娘の幸せを願うだけです。ティナの本質を見てやってください」


 シェルツェル伯爵への嫌味と取れる言葉をかけるが、肝心のシェルツェル伯爵は本当に娘のことを思っているのか目を伏せて答えた。この状況をなんとかしたいと思っているが、がんじがらめの状態なのだろう。シュテファンはバツが悪いのを隠してシェルツェル伯爵から視線を逸らした。


「さて、娘のティナの部屋に案内します。そこでないと設備が整っておりませんので。申し訳ないのですが」

「あ、ああ」


 どんよりとした雰囲気を変えるようにシェルツェル伯爵はそう言って立ち上がった。シュテファンはその後に続く。

 部屋を出て、少し緊張した面持ちで歩く。年甲斐もなく緊張していることにシュテファンは驚きつつも、噂になってる「籠り姫」のことを考えていた。


「ここでございます」


 客間から離れていないところにティナの部屋はあった。シェルツェル伯爵はノックをし扉を開けると一歩後ろに下がった。シュテファンは恐る恐る部屋に入ると目の前には大きなカーテンがあった。そしてティータイム用の机と椅子が一つ。シュテファンは導かれるようにその椅子に腰掛けた。その後に侍女がお茶と菓子を持って机の上にて置いて後ろに下がった。シェルツェル伯爵も入ってこないので、「あとはお若い二人で」ということなのだろう。

 シュテファンはカーテンの方に目を向けると、(うっす)らと人影が見えることに気が付いた。シルエット的に女性のもの。シュテファンはこれがすぐに噂の「籠り姫」だということに気付いた。


「ようこそおいでくださいました、プフレングレ侯爵様」


 鈴を転がすような声がカーテンの向こう側から聞こえてきた。シュテファンは思わず息を呑んだ。


「このような無礼なお願いを聞いていただき誠にありがとうございます」


 そう言ってカーテン越しではあるが影の動きから淑女の礼をしたことがわかった。その所作はとても優雅で美しく王都でも見たことがないほどだった。


「プフレングレ侯爵様?」


 美しく澄んだ声にシュテファンは我に返った。声と影に目を奪われていたなんて言っても誰も信じてはくれないだろう。


「すまない。少しボーッとしてしまっていた」

「まあ。お疲れなのでしょう。そんなところお呼び立てしてしまい、申し訳ありません。もしよろしければそちらのお茶をお召し上がりください。疲れに効くそうなのです」


 心配する声を聞いてうまく誤魔化せたことにホッとすると、置かれたお茶を一口飲む。すっきりと爽やかな味わいで清々しい香りが鼻を抜けていった。温度もちょうど良い状態だったのでシュテファンはカップを思わず見つめてしまった。


「お口にあいましたでしょうか? この家の庭で取れたハーブで作ったお茶なのです。我が家の侍女たちはお茶を入れるのが上手なのですよ」


 くすくすと笑うティナの声を聞いて、シュテファンは自然と口元が緩んでいくことに気付いた。

 こんなことがあっただろうか、そう不思議な気持ちになってしまう。


「ああ、とてもうまい」

「ありがとう存じます」


 お礼を言われるのは慣れているはずなのに、彼女の声を聞いただけでなぜか胸の奥がうずうずとした。こんな感覚を味わったことがないシュテファンは途中退席したくなるが、とりあえず微笑んでおいた。


「プフレングレ領のお話、ぜひ聞きたいですわ」


 ティナは楽しそうな声をあげて話を振ってきた。何も言わない侯爵だと思われて気を遣われたのか。そう考えるとシュテファンは恥ずかしくなったが、振られた話に乗ることにした。


「そうですね。ご存知かも知れませんが、プフレングレ領は冬になると閉ざされた土地になります」


 シュテファンはプフレングレ領の特色や盛んな産業などを話し始めた。

 ティナは興味深く話を聞いて相槌を打ってくれた。今までの令嬢は自分をいかに美しく見せるかを大切にしているのか、シュテファンの話には見向きもしなかったが、ティナはそんな素振りは全く見せず、純粋にシュテファンの話を楽しんでいる様子だった。また、シュテファンが話しやすいように上手に話を誘導してくれる気配りが見られた。ティナは(さと)かった。しかも自身の土地でもできそうなことはないかと探っている様子も見られた。十八の令嬢とは思えず、シュテファンは所々で感心してしまった。

 気付けば時間はあっという間に過ぎ、日が傾いていた。もうこんな時間か、と感じるくらい楽しい時間であったことにシュテファンはいつもと違う感覚に驚いていた。

 話が落ち着いて、ティナは最後に爆弾を切り出してきた。


「プフレングレ侯爵様は、私との婚約を考えておいでなのですか?」

「!」


 核心をついてきた話を持ってこられたのでシュテファンは驚いてしまった。持っていたティーカップを落としそうになるほど狼狽(うろた)えたが、その表情を見せないようになんとか取り繕った。


「繋いでもらった縁だから一つの案として考えている」

「私は噂通り『籠り姫』で顔を見せることはありません。それでも、ですか?」

「それは……」


 いつものシュテファンならばこの時点で断りを入れてとっくにプフレングレ領に帰っているところだが、ここではなぜか口籠ってしまった。ティナはシュテファンの様子を見ているのか何も言わなかった。そして、やや時間が空いて、畳み掛けるように続けた。


「私が妻となってもできるのは家のことのみ。社交もままなりませんし、あまつさえ夫にも顔を見せることはないでしょう。それでも私を妻に、とお考えですか?」


 その話だけ捉えたらデメリットでしかない。いくら北の領地とはいえ、王都に出向くことも多い。その時は妻として情報を集めてもらうこともあるだろう。しかも暗に白い結婚を示唆している。そんな相手など本来妻としては不適格だ。

 しかしシュテファンはなぜか、ずっとこの縁談を断る気にはなれなかった。「籠り姫」に興味が湧いて会ったが、実際に声を聞くと今まで感じたことのない気持ちになった。

 畳み掛けても断ろうとしないシュテファンに根負けしたのか、ティナは一つ息をはいた。


「それではこの三日の間にお決めください。ゲストルームを用意します。私という人物を知り、それでもと望まれるなら私は喜んで貴方の妻になりましょう」


 「妻になる」という言葉を聞いて心ときめいたところでシュテファンは気付く。ティナという顔も見ていない少女に自分が惹かれていることに。

 上品で物静かだが、気配りができ優しい。ティナの良さはシュテファンの心に刺さったのだ。


「わかった。三日間で貴女のことを知ろうと思う」


 シュテファンはティナにそう返答して、自分の気持ちに正直になろうと誓った。


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