05 黄色いお花
「ねぇ、りゅーすけ、あなた今暇でしょ?」
「んーまぁそうだけど……」
りゅーすけはお母さんに呼ばれて、リビングへと来ていた。
りゅーすけ家のリビングは、キッチンがあったりこたつがあったり、すぐ隣にお風呂場があったりと色々とごちゃまぜな部屋である。
とはいえ、絶賛夏休み中のりゅーすけが掃除をしているため、ぐしゃぐしゃの新聞紙やら埃の塊なんかがあるわけでもない。少々狭いものの、綺麗な部屋なのである。
りゅーすけの言葉に、お母さんは何やらニヤリと口元をあげた。
「なら、この回覧板を秋下さん家に置いてきてくれない?」
「秋下さん……あぁ、隣の家の」
お母さんはこたつの中に置いていた回覧板を、りゅーすけにどーぞと差し出した。
ーーなんでこたつの中なのかは……突っ込まないでおこう。
りゅーすけは吐息をつくと、回覧板を胸に抱いた。
「近いけれど、事故に気をつけてね」
「御意!」
りゅーすけは兵隊の如く、左手をビシッと頭に置いてから、早歩きでリビングから出ていく。
「御意……あの子、あんな言葉使うかしら?」
なぁんて聞こえた気がするが、りゅーすけは「キコエナーイ」と耳を手で覆った。
りゅーすけは自室に行くと、梅風味のせんべいを頬張り、モグモグモグモグ……。
「りゅーくん、どこか行くの?」
リーナはせんべいを一口食べて、八の字に宙を舞った。
「これから近所の人に大事な物を渡しに行くんだよ。……これなんだけど」
りゅーすけは、リーナに回覧板を渡した。
リーナはせんべいをまた一口食べて、回覧板の感触を確かめた。
「なんか、絵本みたいに固いね。中には沢山紙があるけど……」
「丈夫に出来てるからね。……じゃあ、僕は行くけど」
りゅーすけはそう言いかけて……チラッとリーナを見た。
リーナはじーっとりゅーすけを見ており、足をじたばたとさせていた。口元にはせんべいの食べかすがあるが、まぁそれはどうでもいいだろう。
「……一緒に行く?」
「行くーー!」
リーナは顔をぱあっと明るくさせて、嬉しそうに宙を舞う。
それから、残り少ないせんべいを口に入れてモグモグモグモグ……。
そして、りゅーすけの肩に乗った。
「見つかるなよ?」
「御意!」
こうして、りゅーすけとリーナの小さなお出かけが始まった。
りゅーすけは眩しい太陽に目を細めて、お父さんからもらった麦わら帽子を被る。
ーー僕には似合わないと思うけどなぁ……。
りゅーすけはお父さんを恨みつつ、いつもよりゆっくり歩いた。
ーー真夏日にこうやって誰かと歩くのも久しぶりだなぁ。………妖精さんだけど。
中学時代は、よく友だちと一緒に登下校をしたものだ。
それも友だちとの会話に夢中になっていて、暑さなんて全く感じなかった(そのせいで、水分補給をろくにせず、熱中症になった)。
今ではみんな違う道に進んでいて。ある友だちはこの辺では偏差値が高い難関校に。ある友だちは家族の為にとすでに就職をしていたり……。
今、りゅーすけの隣には一緒に登下校する友達がいない。正直あまり寂しいとは思わないが、時間って進んでいくんだなあ……となんだかおじいちゃんのようなことを考えてしまう。
「りゅーくんどうしたの? 頭痛い?」
「大丈夫だよ。ちょっとした考え事をしてたんだ」
「考え事? どんなどんな?」
詰め寄るリーナに苦笑して、りゅーすけはひとつ指を立てた。
「隣に一緒にいる人が妖精さんで不思議だなーって」
「リーナもそれ分かる! リーナも一度も人間さんの隣で歩くことなかったもん」
「リーナ歩いてるじゃん……」
リーナはりゅーすけの肩にずっと座っている。飛ぶとバレてしまうと思ったのか、それとも気に入っているだけなのか。……おそらく後者だろうな、とりゅーすけは思う。
「えへへ……。あ、お花が咲いてる!
リーナは話を逸らして、道端に咲くお花を見た。
てっきり嘘ではと思ったが、りゅーすけも習って見てみれば、なるほど、たしかに一輪の花が咲いていた。
「このお花なんて言うの?」
「うーん、僕は花に詳しくないからなあ」
一時期花を愛でていたこともあったが、今は育てることはしていない。……好きなのは否定しないが。
小さい頃は写真ばかり撮っていたな……と懐かしむりゅーすけである。
「わー! 黄色いお花だ! エレキ花かな? ……ううん、そんなのこっちの世界にはないか。むむっ、君は一体どんな名前なの?」
なんて、楽しそうにお花に話しかけるリーナを見ると、なんだかちょっぴり興味が湧いてしまった。
思わず歩み寄ろうとしたが、りゅーすけはぶるぶるも首を振った。
「リーナ、お花もいいけど、今はやることがあるんだ。だから、また今度にしよう?」
「そっかー。りゅーくん、近所の人に渡さないと行けないもんね。えーっと、かいらんし?」
「回覧板だよ」
「そうだった! メモメモ……」
リーナはどこからがメモ用紙を取り出して大きな字で書いた。きっと『かいらんし違う! かいらんばん!』とか書いているのだろう。
ーー花の前で書いてるから、観察日記でも付けてるように見える……。
なんて微笑ましく見ていると、リーナがふわふわと飛んで、肩にちょこんと座った。
「遅くなってごめん。それじゃ、レッツゴー!」
「お、おー!」
リーナのテンションに振り回されながらも、無事に近所の人に回覧板を渡し、りゅーすけとリーナの小さなお出かけは幕を閉じた。
「……お花、か」
よければブックマーク・感想などよろしくお願いします。
感想はちょっと……という方は、下の星が5つある所から選択していただけると嬉しいです!