03 真夜中の妖精さん
りゅーすけはリーナの世界のことについて、それはそれは沢山のことを教えてもらった。
例えば、リーナの世界では魔法によって文化が発達していったことや、国同士の争いがあまりないということなどなど……。
そんな話を夢中で聞き……気がつけば夜になっていた。
りゅーすけは廊下の窓を閉めて、自室のカーテンをゆっくり閉める。一気に閉めようとしたら破れそうで怖いのだ。
まぁ、別にカーテンがボロボロなわけではないのだが……。
「りゅーすけー! ご飯よー! 早く来なさーい!」
「はーい」
一階からお母さんの声が聞こえてきて、りゅーすけは大きな声で返事をした。
「へー、りゅーくんってママがいるんだね」
「そりゃあね。リーナはいないの?」
「いないっていうより、たまにしか帰ってこないんだよ。ママ、エルフ族の住む町でお仕事してるから」
リーナはどこか寂しそうにそう呟いた。
ーーママがいない、か……。
あくまでりゅーすけの予想だが、発言といい容姿といい、まだ幼いような気がする。
それでいてりゅーすけより勇気はあるし、何事にも興味を持つ妖精の女の子だが……。
ーー寂しくないわけないよね。
ママとはあまり触れ合うことが出来ず、なおかつこの世界に知っている人は誰もいない。こっちに来たかったなんて言っていたが、かといって家族がいなくて寂しかったり、故郷にしばらく帰れなくて恋しくなったりすることがあるだろう。
りゅーすけは、リーナの頭を人差し指で優しく撫でた。
「あんまり良いこと言えないけど……。寂しくなったり怖くなったりしたらいつでも泣いていいよ」
「でも、それって迷惑じゃない?同居させてもらうのに……」
りゅーすけはゆっくり首を振った。
「一緒に住むんだから、例え相手のことを考えていても迷惑なことはお互いにしちゃうと思うよ」
「でも……」
「それに、誰にだって泣きたい時はある。子どもだろうと大人だろうと、他の生き物だろうとね」
言いながら、りゅーすけはリーナに微笑みかけた。
苦しい時や悲しい時に涙を流す。それは恥ずかしいことではないとりゅーすけは思う。
人間だろうとなんだろうと、誰にだって泣きたい夜はあるはずで……。我慢をしていたらそれこそもっと苦しくなるし悲しくなるだろう。
「りゅーすけ! なにやってるの! 早く来なさーい!」
「ごめんお母さん! すぐ行くよ!」
さっきに比べて大きな声で言うお母さんに、りゅーすけはそれよりも大きな声で返した。
りゅーすけは床から立つと、グイッと伸びをした。
「それじゃあ、僕はご飯を食べに行かなきゃだから。……リーナはどうするの?」
「えっと……ご飯、ならあっちの世界で沢山食べてきたから、今はいいかな」
「わかった。何かあれば、家族にバレないように……は無理か」
りゅーすけはぽりぽりと頭をかいた。
「魔法か何かで対応……」
「そんなに心配しなくていいよー。私は問題児じゃないからね! ふふん!」
「そこ、ドヤ顔するところじゃないと思うんだけど……」
一体誰に習ったのだろうか。あとで聞かなければならない。
「それじゃあ、ご飯食べ終わったらすぐに来るから。それまで待ってて」
「御意!」
「…………」
最後の言葉で、なぜだかすっごく不安になるりゅーすけなのであった。
りゅーすけはささっと夕ご飯をすませ(ちゃんと三十回噛んだ)、再び自室へと戻っていく。
そこでは、本を読んで何やら首を傾げているリーナの姿があった。
「どうしたのリーナ? やっぱり紙の質が悪い……」
「いやー、文字がこれっぽっちも分からなくて……」
リーナはうがー!と叫びながら頭をガシガシとかいた。
りゅーすけはボサボサになったリーナの髪を整えてから、よっこらせと椅子に座る。
「ひょっとして文字が読めないの? 言葉は理解出来てるけれど……」
「お父さんから『言葉話せるんです粉』っていう変なものかけられてるからね」
ーーお父さんのネーミングセンス……。というか異世界の粉や薬ってこっちの世界より万能なんじゃ……。
色々とツッコミたいところだが、幼いリーナに聞いてもよく分からないだろう。
りゅーすけは胡座をかいて本の表紙を見た。
「これは『エリエストロ物語』って書いてあるんだよ」
「むむむ……どこをどう見たらエレクリクリもがりりになるの?」
「エレクリクリもがりりじゃなくて『エリエストロ物語』。うーん、そう言われると難しいなあ……」
たしかに小学校の頃から文字の読み方については習っているが、それをなぜそう読むのか……なんて考えたことすらなかった。
……というかそれはりゅーすけが聞きたい。
「と、とにかく、リーナは文字を覚えたいの?」
「うーん……今はいいかな。夜遅いし」
リーナはふわふわと飛んでカーテンをチラッと開ける。
リーナの視線の先には、辺り一面が暗闇に覆われていた。
りゅーすけは空を見たが、残念ながら月は雲に隠れていてよく見えなかった。
「この景色は、こっちの世界とあんまり変わらないなおぁ……。夜ってやっぱりどの世界も真っ暗なのかな」
りゅーすけとは反対に、リーナの瞳はまるで月のようにきらきらと輝いていた。
それを見て、りゅーすけはあははっと軽く笑う。
「ん? なにか面白いことでもあったの?」
「いや、リーナが楽しそうだなって……」
と、りゅーすけが言っていると、リーナはなにかに気がついたのか、まん丸の瞳をさらに丸くさせた。
「りゅーくん、リーナのことさんづけにしてないね」
「あ……」
言われてりゅーすけもはっと気がつく。
ーーいつから呼び捨てに……。出会ったばかりなんだから呼び捨ては失礼だ!
「ご、ごめん。……怒ってる?」
りゅーすけの問いに、リーナはぶるんぶるん首を振った。
「とーっても嬉しい! これからもリーナのことはリーナって呼んで!」
「あ、うん……。 リーナ喜んでるならそうするよ」
「やったー!」
リーナはカーテンを自分の身体にぐるぐると巻きながら、嬉しそうにそう言った。
ーー身体をぐるぐる……。あ、これも聞いておかないと!
りゅーすけは本を本棚に置いてから言った。
「ねぇ、リーナ。リーナってその……」
「ん?」
リーナはきょとんと首を傾げた。
「リーナはその…………」
「ん?」
「ええっとですね……」
ーーあれ?これって言ったら怒られるやつなのでは……?
りゅーすけが言いたいことはずばりこうである。
「リーナの世界だと身体を洗ったりとかするの?」
ーー言えるか!!
もしもリーナが女の子ではなく男の子だったら、この話題も気軽にできるだろう。
……しかし、相手は女の子。そんなことを言ってしまえば、きっと……というか、絶対に失望されるだろう。
ーー言わない方が安全……だけど、これから生活する上では知っておいた方がいいんだけど……。
仮にリーナの世界では、そもそも洗う習慣がないのなら、まぁ別に構わない。
しかし、もしも洗うとなったら、一体どの場所で洗えば良いのだろうか?
お風呂場はおそらく速攻でバレるため無理である。
じゃあ自室ならばどうだろうか。洗っている間は、りゅーすけが部屋から出ればいい話だが……。
ーーそれだと僕の部屋が濡れるし……。
なぁんてぶつぶつ考えていると、リーナはビシッと手を挙げた。
「りゅーくんさん、もしかしてリーナが身体を洗うかどうかについて考えてる?」
「おっしゃる通りでございます」
思わず敬語になるりゅーすけはともかく、リーナはふっふっふっと笑いながら、どこからか小さなリュックサックを持ってきた。
そして、そのリュックサックの中から何やら二つの形が歪な物を両手に持った。
「こちらは髪を洗う用の『ネニシャー』」
「ねにしゃー……」
リーナは左手に持っているネニシャーを机に置いた。
「そしてこちらは身体を洗う用の『ワリシャー』」
「わりしゃー……」
リーナは右手に持っているワリシャーをなぜか寝かせて置いた。
「そして肝心のお水は魔法で作れます!」
「ほーん……、へ? 魔法?」
りゅーすけはガタッと椅子から立つ。
「魔法ってあの、手から出しておりゃー! ってするあの魔法?」
「その魔法だよ〜」
リーナは宙を舞って、りゅーすけの肩に座った。
「あ、見せたいけどそれは明日ね。楽しみはとっておくべきだってパパが言ってたし」
「そ、そっか。じゃあ仕方ないね」
正直人生初めての魔法が今からでも見られるとわくわくしていたため、りゅーすけはちょっぴり残念に思った。
りゅーすけはリーナを見て、深く深く頭を下げる。
「それでは、明日からよろしくお願いします」
リーナはりゅーすけのあまりの丁寧ぶりにクスッと笑ったあと、
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
りゅーすけに習って深く深く頭を下げるのだった。
明日はちょっとした番外回です。明後日からまた本編に戻ります。
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