22 りゅーすけとリーナ(後編)
りゅーすけはリーナを肩に座らせると、オレンジジュースをぐいっと飲む。
山道を登ってからというもの、一度も水分補給をしていなかった。本来ならばミネラルウォーターや麦茶が一番なのだが、贅沢は言ってられない。
リーナは涙が収まったのか、もう瞳をハンカチで拭くことはしていない。
リーナは鼻水をずずっと吸って、顔を下へ向けている。
りゅーすけはオレンジジュースの入ったペットボトルを地面へ置くと、リーナへ話しかけた。
「ここまで来させたのはリーナの仕業だろ?」
「うぐっ……」
図星だったのか、リーナはビクッと肩を震わせた。
「当たりだっかぁ……」
「で、でも、あの風はリーナがやったわけじゃないからね!」
リーナは誤魔化すようにそう言った。
りゅーすけは疑わしげに、リーナをまじまじと見る。
「じーっ」
「本当! 本当だって〜!」
リーナは両手をぶんぶんと振って、必死に伝えようとする。
りゅーすけはなんだかそれがおもしろくてクスッと笑ってしまった。
「あの強風のせいで、リーナと麦わら帽子は確かに飛んでいったけど、途中からはリーナ自身が飛んでたんだよね?」
りゅーすけはリーナの翅に軽く触れる。
リーナは「う、うん……」と力なく言った。
強風は文字通り確かに強かったが、ほんの一瞬。一定の高さを保って飛び続ける麦わら帽子を見て、りゅーすけはリーナなのではと予想した。
最初はカラスだと思ったが、麦わら帽子を咥えていなければ、足で掴んでいたわけでもない。そもそも、カラスらしき黒い影はりゅーすけの目には映っていなかった。リーナしかいないのである。
「こんな人気がないところに、どうして僕を連れてきたの?」
「えっと、それは……」
リーナは体育座りをして、膝に頬を置いた。
「……なんか、寂しくなっちゃって」
「寂しい……?」
「楽しみにしていた夏祭りをして、りゅーくんと楽しんで……でも、あと少しで故郷に帰るんだって思うと、悲しくなっちゃって……」
「…………」
リーナは月を見上げて、はぁ……と吐息をつく。
「りゅーくんとこうやっておしゃべりしたり、遊んだり、お菓子を食べたりするのも、あとちょっとなんだね……」
元々、リーナはりゅーすけの夏休み期間中のみ、この世界に滞在することになっていた。
しかし、気がつけば、夏休みが終わるまであと二日。りゅーすけとの日常は、あと少しで終わってしまうのだ。
りゅーすけもそれは分かっていた。カレンダーの日にちにバツ印をつける度に、終わりに近づいていることを理解していた。
リーナはぐすんと鼻水を吸う。
「りゅーくんは、リーナといて楽しかった?」
「それは最終日に言うセリフだけど……」
「今、聞きたいの」
詰め寄るリーナに、りゅーすけは思わず苦笑した。
「そりゃあとっても楽しかった。今までの夏休みの中で一番ね」
りゅーすけにとって、夏休みというものは、部屋でゴロゴロできる素晴らしいものだった。
けれど、リーナが来てからは、ゴロゴロなんてできず、とにかくリーナとしゃべって、どこかへ出掛けて、時には対戦して……。やることが沢山の充実した夏休みだった。
りゅーすけはぶっちゃけ、誰かと遊んだり楽しんだりすることがあまり好きではない。友だちは数人いるが、基本的に遊びは断るし、一人の方が気が楽で寂しいとも感じなかった。
けれど、リーナといると、そんな考えが吹っ飛ぶほど楽しかった。
どこにでも生えていそうな花も新鮮に感じ、一人で遊ぶゲームよりも不思議と二人で遊んだ方が楽しかった。イタズラもしょっちゅうで、けれどそれが苦痛だとは感じなかった。
「リーナと会えて良かったって思ってるよ」
「そっか……」
リーナは翅を広げて、りゅーすけの目の前へ浮かんだ。
月をバックに笑顔を向けるリーナは儚げで翅が星のように輝いて見える。
「ねぇ、りゅーくん。リーナね、またこっちの世界に行きたい。ジャンケンで負けて、毎年毎年、りゅーくんのところへ行きたい」
「でも、ランダムなんじゃないの?」
りゅーすけがそう言うと、リーナはぷくーと頬をふくらませる。
「りゅーくんは夢がない! でも、りゅーくんの言う通り。行き先は、全部偉い人が決めるもん」
「そこは始めて知ったんだけど……」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「初耳だよ!」
りゅーすけがそう突っ込めば、リーナは思わず噴き出してしまう。
そんなリーナを見て、りゅーすけも釣られて笑った。
ひとしきり笑ったあと、りゅーすけはリーナへ手を差し伸べる。
「リーナ、まだまだ夏祭りは始まったばかりだよ? 一緒に楽しもう?」
「……うん!」
リーナはりゅーすけの手を繋ぎ、ゆっくりと山道を下っていく、と……。
ヒュー……バン!!
大きな音が聞こえ、りゅーすけとリーナは夜空を見上げる。
「綺麗……りゅーくん、あれってもしかして……」
「花火、だね……」
汚れた衣服に、所々にあるすり傷。祭りにはやけに似合わない姿……。
けれど、二人にとって、この日は深い深い思い出の一ページへ刻まれていくのだった。
次回で最終話になります。
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