02 異世界からの訪問者、リーナ
「……えーと、それで、君は本当に妖精さんなの?」
りゅーすけの緊張した声音に、妖精……リーナはこくこくと何度も頷く。
「さっきも言ったでしょ。まだ妖精だって認めないの?」
「…………」
ーー普通認めないんだけどなあ……。
何せ、知らぬ間にりゅーすけのプライベートゾーンに侵入して、「私は妖精だー!」なんて言われても信じられるわけがない。
信じるものは救われる……なんてよく聞くが、これを信じて本当に救われるのだろうか?
そもそも妖精というものは、人間が勝手に作り出した幻想である。ラノベやアニメでよく妖精が出てくることがあるが、それはあくまで創作物の一つに過ぎない。
……なんて考えてはいるものの、正直なところ、りゅーすけは若干信じてもいる。
実はりゅーすけは妖精が大好きである!
妖精が登場する作品はそこそこ読むし、妖精のキャラクターを見て「会いたいなあ……」と思うこともしばしば。
妖精信者とまではいかないものの、妖精が大好きでいつか会いたいと考えるのは変わりない。
そんな夢物語だと信じていた妖精が目の前に現れる。りゅーすけが半信半疑なのも仕方がないだろう。
ーーもしかして熱中症かな? それで頭が壊れてんのかな?
なあんて思うりゅーすけだが、残念ながら体調はすこぶる良好である。……残念ながら?
まぁそれはともかく、りゅーすけはぺしぺしと頬を叩いて、リーナをベッドに連れていく。
リーナは「失礼します!」と元気よく言うと、ベッドに腰をかけて足をブラブラ……と揺らした。
りゅーすけはベッドではなく床に座ると、梅干しの種を舌で舐めまわしながら、ジロジロとリーナを見つめる。
ーー翅は……確かにある。それにとっても小さい……。
リーナは非常に美しい緑髪であり、頭の上には花冠をつけている。くりくりとした赤い瞳は、情熱!というより、慈愛に満ちているような優しさがある。
一体どのような生地を使っているのかは分からないが、いかにも涼し気な白を基調とした衣服を身にまとっている。
そして、身体を支えるには十分すぎる絹のような白い刎がりゅーすけの目を焼きつけた。
「コスプレとかじゃないんだよね?」
「こすぷれ……はよくわかんないけど、絶対に違うよ。私は妖精さん!いい加減現実を見ることだね。ほっほっほー」
「誰のマネなんだ……」
りゅーすけは頭を拳でぽかすかと叩いてから、長い長いため息を吐いた。
「……わかったよ。君は妖精さんで、異世界から来たんだね?」
「やっと分かってくれて嬉しいよー!」
リーナは両手でピースをすると、ブラブラさせていた足をゆっくり止めた。
「それじゃあ、ちゃんと説明するね。一回しか言わないからね! 一回しか!」
「分かったから早く話してくれ……」
ーーなんだろう、リーナと付き合っているとどっと疲れが出るような気が……。
リーナは片目を閉じて説明を始めた。
「実は、リーナたち妖精さんは、一年に一度だけ他の世界に行って夏休みをすることが課題として出るんだ」
「課外学習……みたいな感じか」
まぁ、異世界に行くことを課外学習かと言われれば、それはそれでなんか違う気がするが……。
「って言っても妖精全員が行くってわけじゃないよ。ジャンケンで負けた妖精が行くことになってるの」
「つまり、リーナさんはジャンケンで負けて、仕方がなくこの世界に来たと」
そう考えると、リーナを少しだけ不憫に思う。
いくら毎年行くとはいえ、ジャンケンで決めてまで行かなければいけない。もしもりゅーすけがリーナと同じ世界にいて、同じ種族だったとしたら絶対にジャンケンなど参加しないだろう。
隣町や国内の観光ならまだしも、何も知らない異世界に行くほどの勇気は、りゅーすけには持ち合わせていない。
りゅーすけは複雑な気持ちでリーナを見た。
すると、リーナはそれに察したのか、何故か不満そうに息を吐いた。
「リーナは別に仕方がなく来たわけじゃないよ。というか、この世界に来たくて来たんだよ」
「……わざとジャンケンに負けたの?」
リーナは「正々堂々だよー」と首を振った。
「他の世界には一体どんな文化があるんだろう?どんなお花があるんだろう? ……リーナはたっくさん興味があるのです!」
「お花……?」
「妖精はお花が大好きなんだ! この花冠はおじいちゃんがお守りで作ってくれたの!」
リーナは頭上にある花冠を大事そうに持ち、どこか誇らしげな顔をしてりゅーすけに見せた。
……見せたが、りゅーすけは花冠を一度も作ったことがないため、せいぜい「すごい綺麗だね」くらいしか反応が出来なかった。
リーナはじとーっとりゅーすけを見つめる。
「お花に興味がない……? 人生の十割損してるよ?」
「せめて三割にしてよ! ……でも、その花冠が綺麗だなって、愛情がこもってるなって思うのは嘘じゃないよ」
「…………」
いくら花に興味がなくとも、りゅーすけは花冠に愛があるのはすぐに見抜いた。
素人目で見ても、雑な部分は一つも見当たらない。リーナのことを大切にしているのがよく伝わる。
「愛情……えへへ、愛情かぁ……」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。ちょっぴり嬉しかっただけ」
リーナはにやにやと微笑みながらりゅーすけの方へビシッと指を差す。
「すっかり忘れていたけど、人間さんの名前はなんて言うの?」
「あ、僕? 僕はりゅーすけだよ」
「じゃあすけすけって呼ぶね!」
「それは絶対にやめてほしい……」
ーーなんか僕が幽霊みたいで嫌だなぁ……。
リーナは頬に人差し指を置いてから、ぽん! と手を打った。
「じゃありゅーくん! りゅーくんならどう?」
「それなら良いよ。友だちからもよく呼ばれているし」
「やったー! ありがとうすけすけ!」
「りゅーくんだよ! 早速間違えているじゃないか!」
「あれー、そうだっけ?」
絶対わざとだろうなぁと思いつつ、りゅーすけはカバンからプリントを一枚取り出した。
「それって……紙?」
「あ、うん。そうだよ。そっちの世界にもあるんだね」
しかし、りゅーすけの言葉を無視して、リーナはまん丸の瞳をさらに丸くしてプリントを見つめていた。
りゅーすけはプリントをリーナの前へやる。
「……触ってみる?」
「もちろん!」
言うが早いか、リーナは紙をすぐに受け取り、楽しそうにプリントを撫でていた。
「うーん……リーナのいた世界より質感が悪い」
「あはは……こっちはまだまだ発展途上かな」
今の紙でも十分使いやすいと思うが……それ以上の質と聞くとちょっぴり気になる。
「ねぇリーナさん、さっき夏休みまでこっちにいるって言ってたけど、一体どこに住むの?」
いくら妖精といえど、急な環境変化に身体が追いつくはずがない。そのため、外にいることはあまり望ましくないだろう。
しかし、リーナは不思議そうにりゅーすけを見ると、空中をぐるりと回ってベッドを指差す。
「……えっともしかして」
「もしかしなくてもここ! 最初に言ったじゃん、一緒に住むって」
「……え?」
言われてみれば確かに、リーナは一緒に住むと初対面の時に言っていた。最初こそ意味がわからなかったが、どうやら初めからリーナはここに住もうとしていたらしい。
ということは、りゅーすけとリーナ……人間と妖精のいかにも奇妙な同居生活が始まるということである……が。
「いいよ、一緒に住んでも」
普通に乗る気まんまんである!
「え……本当にいいの?」
「うん。ここで見捨てたらきっと後悔するだろうし」
……決して妖精が好きだからとかそんな下心があるわけではない。
「他の人には見つかったらダメだよ? 危ないかも……」
「大丈夫だよ。それくらいの覚悟はとっくに出来てる」
りゅーすけは胸をドンと叩いてリーナに微笑みかけた。
リーナは手を差し出す。りゅーすけはその小さな手を優しく握り返す。
「これから夏休みまでよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします、リーナさん」
こうしてりゅーすけとリーナの夏休み限定の同居生活が始まるのだった。
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