幕間 我が娘、リーナよ
『我が娘、リーナよ。元気にしているか? パパはとっても寂しいぞ! なぜなら、リーナ! 我が愛しの娘、リーナよ! お前の手を握ってやることができていないではないか! きっとリーナも寂しいだろう。しかし、例え寂しくとも、夏休みが終わるまでは帰ってはならんぞ。怨むのなら……ジャンケンで負けたリーナを怨むのだ! ほっほっほ! あぁ、会いた……』
「おい、いい加減書くのを辞めないかルチル。今は会議中なのだぞ?」
そう言って、ルチルの手紙をさっと奪い取ると、老人はまじまじと読んだ。
「……ルチル、お前重症だな」
「なに!? 我は病に倒れたのか!」
「違うわアホ! お前の娘に対する愛が狂いすぎていておかしいってことだ!」
「愛は大事だぞ?」
「ああ、もうこのバカ親父は……」
老人は髪を思いっきりぐしゃぐしゃにして、ぼりぼりと頭をかいた。
その様子を見て、ルチルは不思議そうに首を傾げるのみだった。
議長はうおっほんとわざとらしく咳払いをすると、無精髭を撫でつける。
「ルチル、カラミスの言った通り、今は会議中だ。今日は議長がいないため、代理人として私が変わりにやっているだけまだマシと思え。もしもこの場に議長がおれば、貴様の刎を貪るだろう」
「……失礼しました、議長代理人」
「代理人はいらん。今は議長と呼べ」
「はっ」
議長の厳しい叱責に、ルチルは深く頭を下げて謝罪。
議長はやれやれとため息を吐くと、青晶と呼ばれる青く輝く鉱石をポケットから取り出した。
その青い光は、直線に進んでいき、蕾の花が描かれた壁画に当たる。
すると、蕾の花は、ゆっくりと開いていき、美しい満開の白い花と化した。
ーーいつ見ても凝った演出だな。これを娘にも見せてやりたい……。
「改めて……これより、妖精会議を始める!」
議長の声とともに、妖精会議は幕を開けた。
妖精会議といっても、参加できるのは全ての妖精ということではない。
妖精の中でも特に時を生きる老人や、はたまた危機的な村を己の知識で解決した若者など、なにか功を成した者が参加することを許可されている。
しかし、ルチルはというと、ぶっちゃけなにかを成し遂げたわけでも、特別長生きしたわけでもない。せいぜい愛しい妻と結婚し、可愛らしい娘を育てた普通の父親に過ぎない。
だというのに、ルチルが参加した(というかさせられた)のは、ちょっとした理由があるからだ。すなわち……。
「このままでは、リーナの父であるルリルが、リーナに会いたすぎて暴走する可能性がある。そこで提案なのだが……」
そう言って、議長は似合わないメガネを正した。
「ルチルをリーナのいる世界に行かせるのはどうだろう?」
「……は?」
議長の提案に、ルチルはもちろんのこと、他の議員らも目を見張った。
どうせリーナ関係のこととは思っていたが、まさかこんなことになろうとは……とでも言いたげな表情が議長に向けられた。
一方ルチルはというと……。
ーーなに!? 我は……我は、愛しの娘と! リーナと会うことが出来るのか!?
当の本人はなんとも嬉しそうである!
ルリルが鼻水を垂らしてうるうると瞳をうるわせているのを見て、カラミスはうわぁ……と若干引いていた。
「少しいいかのう」
「良いだろう。王女の右腕とまで呼ばれたファクよ」
「その二つ名は死語じゃよ、議長殿」
ファクと呼ばれる老婆が手を挙げ、議長は努めて冷静な口調で言った。
「こやつをあちらの世界へ行くこと。それは正直構わない」
「な、なにを言っているんですかファクさん! それでは……」
「まあまあ。人の話は最後まで聞きなされ」
「し、失礼しました」
一人の議員をさらっとなだめて、ファクは言葉を続けた。
「わしの知識が正しければ、毎年、あちらの世界へ行って良いのは一人のみ。それ以上行った場合は、二度とこちらの世界に戻ってはならないという記述がある。……それを、お主は破るというのか? 伝統あるひとつの『約束』を、お主は破ってもよいと?」
ファクの問いかけに、議員の大半が大きく頷く。
議長の言っていることは、言わば妖精の大昔から続いてきた『当たり前』を壊すということ。それに賛同するものは、せいぜい娘が愛しくてたまらないルリルだけだろう。
しかし、議長はゆっくり首を振った。
「無論、その『約束』を破る行為は、私とてしたくありません。……しかし、これ以上は無理なのです」
「議長、無理とは一体?」
議長は拳をぎゅっと握りしめて、机にドン! と叩いた。
「だってあいつ、もうここにいないもん」
「は?」
議員は一斉に、ルチルが立っていた位置を見る。なるほど、そこには確かにルリルがいなかった。……ルリルがいなかった!
「あんのバカ親父ー!!」
そんな叫びはもちろんルリルには聞こえていないだろう。
隣にいたカラミスは額に手を当てて、冷や汗をかいた。
「ぎ、議長! こ、これはもしかしたらルリルのじっ、実験かもしれませんよ!」
「実験……?」
「は、はひっ! きっとルリルは、二人で危険がなく帰ってこれるかどうか検証してるんですよ!」
ーーうわあ……ワシ何言ってんだろ。
何故あんなバカ親を擁護しているのかはカラミスとて知らない。知らないが、した方がいいと思ったのだ。
「だから、あいつの帰りを待ってましょうぜ!」
ーーって、言ったって逆効果だよな……。
カラミスとて、この発言が返って火に油を注いでいることくらい知っている。……本当になぜ言ったのだろうか。しかし……。
「なるほど、さすがはルチルだな」
「は?」
「うんうん、それに、あいつだって娘に会いたいだろうしね。いいんじゃないかい?」
「そうだな」
ーーあれ? なんかみんなおかしくないか? ……つーかこの会議やる意味あったのか? ……これでいいのか?
そんなカラミスの疑問などいざ知らず、かくして妖精会議は幕を閉じたのだった。
次回からはいよいよ後半です!活動報告更新しましたのでそちらもよろしくお願いします。
また、よければブックマーク・感想などよろしくお願いします!
感想はちょっと……という方は、下の星が5つある所から選択していただけると嬉しいです!