01 扉を開ければ妖精さん
初めて小説を投稿します!よろしくお願いします!
ぴたーっと窓辺にくっついている。
一体何をしているのか。たんにそれはそれは美しい窓さんに恋をしたのか、それとも休憩しているのか。……答えはおそらく後者だろう。
高校二年の夏休み前日。天井にぐるりと回る扇風機の音と、先生の耳に響く声。そして、たまに聞こえてくる「どこ行こっか」という声を無視して、男……りゅーすけはじーっと窓辺の主である蝶々とにらめっこをしていた。
といっても、おそらく蝶々はこちらを見ていない。見ず知らずの男と笑いあうより、羽を休めることの方が遥かに大切である。
やがて痺れを切らしたのか、りゅーすけは蝶々から目線を離して、眼鏡をかけ直す先生を見た。
「はい静かに。明日から夏休みだからといって、はしゃぐのはほどほどにしろよー」
「はーい!」
「分かってるよせんせー!」
なんてクラスメートは元気よく言ったあと、すぐにはしゃぎだした。
まぁ、りゅーすけとてその気持ちが分からないというわけでもない。
何せ、夏休みである!長い長い休日が始まるのである!
自室にこもって思いっきり趣味を満喫することができるのだ!これほど嬉しいことはないだろう。
「りゅーすけ、夏休み楽しみだな!」
「そ、そうかなー?」
隣の席の友だちが、嬉しそうにりゅーすけの肩をべしべし叩く……が、りゅーすけは平然とした態度でさらっと受け流した。
……友だちの肩叩きが痛くて必死に堪えているわけではない。
「それと前に配られたとは思うが、課題を毎日きちんとやること。特に一学期に提出期限を守らなかった奴は気をつけろよー」
隣の席の友だちがビクッと身体を震わせた。
ーー提出物かぁ……。そういえばそんなのもあったっけ。
我が校は、夏休みといえど、多かれ少なかれ課題は出される。
そのほとんどが、大体三十ページほどのやけに薄い本。その中から、二学期最初のテストで出されるのだ。
そのためやらないor答え丸写しだと、後々面倒なことになる。
「数学は丸写ししたいなぁ……」
りゅーすけは数学が大嫌いである。それも数学なんぞやってないで、その時間を睡眠時間ににして欲しいと願うほどだ。
りゅーすけは、机に置いてある数学の教科書を見て、キッと睨みつけた。
「それでは、熱中症に気をつけて帰るように。……あ、二学期初日はテストだぞー」
そう最後に実に嫌なことを言いながら、先生は生徒より先に教室を出たのだった。
りゅーすけは学校から出ると、早歩きで駅に到着。
スマホをいじる友だちの隣に立つと、「眠い」と一言。友だちは「暑い」と呟いて、うちわを思いっきり振った。
この友だち……ゆうやは、りゅーすけと小学校の頃からの少々長い付き合いを持つ。
中学時代は同じ部活だったし、特に喧嘩をすることもなく、お互い友好な関係を築けている。
「りゅーすけ、電車っていつだっけ?」
「あと四十分くらい」
「マジかよ……」
「マジだよ……」
りゅーすけとゆうやは、眩しい青空を見上げて、はぁ……と長いため息を吐いた。
りゅーすけの住む黒煙町は、海も湖もない緑豊かな田舎町である。
そのため、電車は一時間に一本来るか来ないか。もしも遅れてしまえばまた一時間、セミの鳴き声を聞きながら待たなければならない。暑いとうるさいのオンパレードである。
りゅーすけはカバンから水筒を取り出すと、少しずつ麦茶を飲む。
ぐびぐびと飲んだら返って熱中症のリスクが高まる。毎年熱中症になるりゅーすけは、あれこれ対策をしているのだ。
しかし、ゆうやは水筒を取らず、変わりにイヤフォンを取り出して、スマホに優しく差し込む。どうやら、体内より耳の方が水分が不足しているようだ。
りゅーすけはもう一度麦茶を飲み、片足立ちにする。
「……早く家に帰りたいな」
電車を待って早四十分。時間通りに電車がやって来て、りゅーすけとゆうやはハイタッチした。
それから冷房が効く電車の中で仮眠を取り、目的の駅に到着。
ゆうやはもう少し先の駅のため、ここでお別れとなった。
りゅーすけは駅で待っていたお母さんの車に乗り、またもや仮眠。環境が快適なのだから仕方がない。
さて、目が覚めればいつの間にやら家についていた。
りゅーすけが住む家は割と広い。
田んぼもあれば畑もあるし、ドッチボールができるくらいの庭もある。……最近は外で遊ぶことすらしないが。
「先行って鍵開けて。お母さん、車入れるから」
「はーい」
お母さんの言葉に頷くと、りゅーすけはお母さんからもらった鍵を持って、軽い足取りで玄関へ向かう。
「ふんふふーん」
りゅーすけは思わず鼻歌を歌いながら、玄関のドアを開けようとする。……が、開かない。いくらやっても開かない。
「あ、そっか。鍵開けてないじゃん」
……一体なんのために鍵を渡されたのだろうか。
りゅーすけは鍵を差し込み、くるくると回す。
鍵をポケットにしまうと、玄関の扉をゆっくり開け……。
「ありゃ、まだ閉まってた」
言いながら、りゅーすけは鍵を再び差し込み、くるくるくるくると回す。
今度は鍵を持ったまま、玄関のドアを開け……開いた!
りゅーすけは靴のかかとを揃えて整えると、自室がある二階へと全速力で進む。
途中、階段を二段飛ばしで上っていたら、踏み外して転んだものの、無事に聖地へとたどり着くことが出来た!
りゅーすけは痣となった膝を撫でてから、カバンを床に置き、ベッドにダイブした。
ふっかふかの枕に顔を埋めて、足をジタバタジタバタ……。ついでに手もジタバタジタバタ……。
「……埃が飛ぶからやめよう」
りゅーすけはよっこらせとベッドの上で胡座をかくと、両手をじっと見つめる。
「……手洗いうがいしてないな」
りゅーすけはささっと一階に降りて、洗面所で手洗いうがいを丁寧にこなしてから、再び自室へ戻ってくる。
りゅーすけの自室は、ぶっちゃけそこまで汚くはない。
本はきちんと本棚に並べてあるし(割とギッチギチ)、プリントが床に放ったらかしにされているわけでもない(全部物置部屋にある)。
りゅーすけは手洗いうがいのついでに、冷蔵庫から持ってきた梅干しをぱくりと一口。
「あんまり酸っぱくない……」
友だちも家族も梅干しを食べれば必ず酸っぱいというが、りゅーすけは正直これっぽちも思ったことがない。さらにつけ出すならば、二度と食べたくない!などと思ったこともない。
小さい頃から、祖母が梅干しを作っておりよく食べていた。今はもう作らなくなったが、おそらくあの梅干しをよく食べていたからこんなにも梅干しが好きになったのだろう。
余談だが、高一の自己紹介の際、好物は梅干しだと言ったら「嘘だろ……」という反応をされた。りゅーすけにとってはそれがひどく衝撃的だったが……まぁそれはさておき。
「……種、どうしよう」
りゅーすけはチラッとゴミ箱を見たが、すぐに首を振った。
「また下りないとかあ……」
りゅーすけはぼりぼりと頭をかいて、自室から出ようとする。
「ねぇ、そこの人間さん、ちょっといい?」
誰かの知らぬ声が聞こえた気がして、りゅーすけはきょろきょろと自室を見渡した。
しかし、これといって人はいない。というか、そもそも自室に家族以外の誰かがいたらおかしい。
「種捨てたらさっさとおやすみタイムかな」
おそらく疲れている。そう考えたりゅーすけは、もう一度自室から出ようとし……。
「人間さんの肩だよ。そんなところにはいないー」
「うわっ!?」
耳元で言われて、りゅーすけは驚いて尻もちをついた。
知らぬ声の主は、えへへーと笑ったあと、りゅーすけの目の前にやって来る。
それを見たりゅーすけは、ぽっかーんと口を開けた。
「……へ?」
……そこには、背中に刎をつけた小さな女の子がいたのだ。
りゅーすけは頬を引っ張る。……結構痛い。夢でも幻でもない、ということなのだろうか。
りゅーすけの反応に知ってか知らずか、女の子はその場でくるりと回ったあとこう言った。
「私は違う世界からやってきた妖精、リーナ。今日から夏休みが終わるまで、一緒に過ごすことになったんだ」
「………………へ?」
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