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前編

「ねぇ瞭く~ん。あれやってよぉ。豚のモ▪ノ▪マ▪ネ♡」


 同級生で幼馴染みの篠塚花がそういった。

 彼女はクラスのリア充グループともよく会話しているスクールカーストの高いお方だ。

 対して僕、田中瞭はスクールカースト底辺である。


 彼女とは小学生の頃はずっと一緒にいた。

 中学になるとお互いを避け始め、最後の頃は話もしていなかった。

 そして、高校に入ったらどういう訳なのかしつこく絡んでくるようになった。


 たぶん過去の鬱憤を晴らすことが目的だろう。


 ここは高校一年の教室。

 時間は昼休み。


「ぇ、急にどうして...」


 学食や購買なんかのないこの高校では、弁当を持ってくる人が多く、昼休みでもクラスの過半数が教室にいる。


 僕がそんな中でモノマネなんてやったら、クラスの談笑がたちまち途絶え、目も当てられないほど白けるだろう。


 しかし、


「...ん? なに~? やってくれないのぉ、瞭く~ん?」


 そう寂しそうな声で花がいう。すると、彼女の高校で出来た友達の女子達も同調した。


「え、えーと、暇潰しにもつかえないのねぇーぇ、コイツ」

「つまんねー口答えせずさっさとやりぇ~! ぁ、噛んだ...」


 寂しそうな演技をする花と、その取り巻き達は無理やりにでもやらせたいようだ。


 口答えでもしようものならこのクラスに居られなくしてやる。言外にそう主張しているのだ。


 ちくしょう...! ふざけやがって...!

 冷笑される未来がわかっていてやる訳がないだろ!


 ...高校に入ってからまだ二週間目、変に目立つのは避けたい。

 友達もまだ出来てないのに、こんな弄られ方をされたら更に出来にくくなるだろう。

 ボッチだとかいじれるネタを増やしてしまうことにもなる。


 しかし、僕が黙っているとさっきまでの寂しそうな様子はどこへやら、花はにんまり笑いながら近付いてきて、耳打ちしてきた。


「...私に逆らうつもりならぁ、明日にでも瞭くんの部屋の本棚にあるポエムノート持ってきて、教室の中心で音読しちゃおうかなぁ~? もちろん大声で♡」


 へー。そう。ポエムノートね--。


 ...てっ! 待てっ!? なぜその存在を知っているっ!?


 あれは本棚の奥に隠してるエロ本の更に奥に隠していたはずっ! なぜばれたっ!


 僕は動揺でがたがた震えた。それはもうバイブレーションが搭載されたように。


 眦が裂けるほど目を見開き、未だに至近距離の花を見つめる。


「どーして知ってるのか不思議におもったのかなぁ?

 瞭くんのことはぜ~んぶ知ってるよぉ? ダメダメなところも、悪いところも、弱みもぜ~んぶ♪ ...だからぁ、私に逆らっちゃ駄目だよぉ♡」


 チャームポイントの八重歯を見せながら目を細めた彼女。

 僕にはその八重歯が鋭い牙に思えた。

 悪魔のような笑みだ。


 ...というかダメダメだとか、悪いところだとか、マイナス要素のとこばっかりしかいわれてないな。

 僕にいいところはないのか。...ないんだろうなあ。


 ...花が僕を好いていないことは分かっている。


 だが、昔はもっと大人しくて優しい子だったのに、と思わずにはいられなかった。


■■■

「あの、ぇと...。篠塚花っていいます...。な、仲良くしてくださぃ...」


 小学三年生のとき、隣に花の家族が越してきて引っ越しの挨拶をしてきた。

 花はとても内気な子で、今の言葉も親の陰に隠れながら下を向いているくらいだ。


 僕はそんな内気な少女に、一目惚れしていた。

 ショートで切り揃えられたふわふわで茶色の髪、整った目鼻立ち。天使のような出で立ちだった。


 しかし、瞳は不安からか半分閉じられていて、それがなんとなく嫌だった。


「一緒に遊ぼう!」と僕が言ったからか、花の両親は近所の挨拶回りは夫婦二人で行くことにして、僕に花を預けてくれた。

 花はあたふたしつつも、嫌がってるのはなんとなく伝わった。


「オセロやろうか? トランプだと二人で出来るのあるけどもうちょい人数欲しい気がするし。それとも外で遊ぶ?」


「...何でもいいですよ」


 初めてあった男子と一緒に遊ぶのは心細いのだろう。

 地面に何か落ちているわけでもないのに、花は下を向いてた。


 ...なんだろう、こうしていると何が何でも僕のことを見て貰いたくなる。


 あまり取り柄というものがない僕だけれど、一つだけ他の人に負けない特技があった。


 動物のモノマネだ。


 僕が犬の鳴き声をすればどこかから遠吠えが聞こえ、猫の鳴き声をすれば辺りの野良猫が集まってくる。

 声帯が柔らかいのか、いろいろな動物のマネが出来た。


「...よし。それじゃ今から動物のモノマネやりまーす! まずは酸欠になっている豚の泣き真似から」


 ぶほーっ、ぶほっッッ、ブヒィィィ! ...ぶほぅ!


「次はカラスが仲間を呼ぶときの声マネ」


 カァー! ァァッ クァァァッッ! カァーーーー!


「次は牛がご飯を食べたあとのゲップのまね! --次は学校の飼育小屋から脱走してる鶏のモノマネ! --次は...」


「...ふふ」


 そんなことをずっとやっていたら、花はこっちを向いてくれてついには笑ってくれた。

 とても小さくだったが、笑ってくれた。


 嬉しくて舞い上がった僕は、今思い出しても恥ずかしい台詞を吐いた。


「笑っている君は、どんな花よりかわいいく咲くね」


 はい、イミフだー。

 それは、僕の恋愛ポエムの原点でもあり、その夜初めて作ったポエムの始まり言葉でもあった。


 花は僕のそんな恥ずかしい台詞を間近で聞いて、顔を赤くした。

 それにより、さらに気分をよくした僕は花の頬に手を当て、追い討ちをかけるが如く口を開いた...。


「あ、君の頬が赤いチューリップみたいになった」


 う、う、う、うわぁあああああああっっ!!!!!


 やめろっ! 過去の僕! そんな恥ずかしい台詞を言うな!

 しかし、これは回想なのである。過去の出来事は変えられないのである。


 花はキザな台詞をいう僕を、真っ赤な顔でちょっと睨んだ。


「そうやって、からかわれるのいや」


 プイっと顔を反らし頬を膨らませる花。

 普通なら嫌われた! とがっくりするところだろうが、僕はあることに気付きうれしくなった。


「あ、敬語じゃなくなった!」


 超ポジティブである。


 僕だったらこんな初対面で意味不明なことを言う奴とは、これから関わりを持ちたくないが、そのあと意外にも花と打ち解けられた。


 人付き合いとは、よく分からないものである。




 篠塚家が引っ越してきてしばらくたったあるとき、顔を暗くした花を見かけた。

 残念ながら花は違うクラスになったので、なぜ顔を暗くしているのか検討もつかない。


 なので、理由を聞いてみたら少し唸った後に教えてくれた。


「私、前の学校で男の子によく悪口言われたり、イタズラされたりしたの...。それで男の子が苦手になっちゃったんだ」

「...そうなんだ」


 最初にあったときの花の態度に納得がいった。


「うん。それでね、今の学校ではそういうことされないと思ったのに、最近ブスとかいわれたり、消ゴムとか鉛筆とられたりするの...。私って嫌われてるのかな...?」


 それは違う。


「いや、嫌われてないし、花はかわいいよ! 僕が保証する! 他の男子がイタズラするのは花にちょっかい出して、関心をもって貰いたいからじゃないかな?」


「そう、なのかな...?」まだ半信半疑の疑いよりで不安がっている花に、恥ずかしいポエムをさらりというやつだった過去の僕が口を開く。



「たとえ、花が世界中のみんなに嫌われても、避けられても、この僕だけは君を好きで居続けるよ。ずっと隣に居続けるよ。

だって僕にとって花は世界一優しくてかわいい女の子だからね」



 ぐあっー! はずい! はずいぞ僕! 殴りたいこのキザ野郎!


 しかし、いっていることは間違いではない。

 花はクラス合同の体育で体調の悪い子をいち早く見つけ、保健室に連れていったり、困っている人を見かけたら口下手気味にもかかわらず話しかけに行ったり、とにかく優しい女の子だ。


 顔を赤くして「ありがと...」と小さな声で呟いた花は、「でも世界中の人に嫌われるのは嫌だな...」と苦笑い気味に言った。


 だけど、そこには先程までの暗い様子はなくなっていて、僕は無性に嬉しかった。


「僕は花の笑顔好きだ。花にはずっと笑ってて欲しい! もし今度イタズラされたら、僕が絶対力になるよ。

 悩みを打ち明けてくれてありがとう。花」

「...うん!」


 花は八重歯をちらりと除かせ、ふわっと顔を綻ばせた。




 花のイタズラされる問題に具体的に何をしたかというと、休み時間の度に欠かすことなく花のクラスにいった。


 そして花が筆記用具をとられないように見張ったり、悪口を言われるのをみたらその男子をマークして花が視界に入らないように僕の体で花を隠した。


 当然しつこいやつもいたので、そういうやつは弱味を握って口を封じた。

 弱味といってもそいつは母親に『ちゃん』付けで呼ばれてて、学校では母親のことを「母ちゃん」っていっているけど、家では『ママ』って呼んでるんだぜ! って程度のしょうもないものだったが。


 当然僕が花を好きだという噂が出た。

 花もその事でからかわれるようになっていたのだが、何を思ったのか当時の僕は花のクラスの中心で宣言してやった。




「そうだよ。僕は花が好きだ。話すだけで顔が熱くなって、隣にいるだけで幸せになる。だから、僕の好きな人にちょっかいをかけるな!」




 いや、うん。過去の僕痛い。

 でもものすごい行動力! 素敵........なわけあるかっ!

 なぜ恥ずかしげもなく、そんな台詞を吐けるんだ! 羞恥心ってものがないんじゃないか!


 花も注目されたからか、頭から煙がでそうなくらい顔が赤い。

 そりゃそうだ。なぜならこの台詞花を抱き寄せながら言っていたりする。


 思えばこのときは、変な宣言をした僕への憤りで顔が真っ赤だったのかもしれない。


 教室の同級生の女子達は「きゃー」とかいったりして、男子はヒューヒュー口笛を鳴らす。


 いや、さらにからかわれる理由を増やしてどうする...!

 ...バカだろ、僕。




 あれやそれやを経て、僕達は付き合ってはいないけど校内一有名なカップルとなった。

 いや、ほんと付き合ってはないんだけど。


 僕が花に正式に告白したのは、小学校の卒業式の後だ。

 体育館裏に呼び出して花が来るのを待っていた。

 告白の台詞をあれじゃない、これじゃない、と考え、息をすることにも違和感を覚えていた。


 小6になった辺りから少しずつ花に避けられるようになったけど、なんだかんだ花に告白すれば付き合えると思っていた。


 --このときまでは。


「花、好きだ。付き合って欲しい」


 花が来てくれて、早速想いを口にした。

 告白の台詞は簡素なものだった。


 いつもキザったらしい台詞を恥ずかしげもなく言うわりに、先程まで考えていた言葉は何一ついえなかった。


 僕は唸る胸に手を添えず、花へと手を差し出した。


 手を握られると信じて--。



「--ご、ごめんなさい...!」



 ......だが、その手が取られることはなかった。


 花は僕の手には目もくれず、たちまち背を向け走り出す。

 僕の目が彼女を捉えられなくなるのに、十秒もかからなかった。


「...え」


 僕はポツンと片手を前にした滑稽な姿で、体育館裏に一人立ち尽くした。


 ......冷たい風が頬を撫でる。


 その日は、3月だというのに暖かさの欠片も感じられない日だった。




 告白から一月も経たないうちに、地獄の中学時代が始まる。


 告白を誰かが見ていたらしく、フラれたポエマーの噂は中学で広がっていった。


 たくさんからかわれた。それ以上に後ろ指も指されただろう。

 廊下ですれ違う度にクスクス笑われた。


 中学一年のとき花とは違うクラスになった。それでも廊下であったり、帰り道であったりはした。

 しかし、話しかけようとすると花は顔を背けたり、早足で逃げたりした。


 まるで自分が病原菌にでもなった気分だ。


 『会いたくない』その態度でわかる。

 もう僕のことなど見たくもないのだろう。


 同じ空気すら吸いたくないのだろう。


 律儀にも花に避けられる度に、心は痛んだ。




「花ちゃん、瞭の事が本当に好きね~」


 中学に入ってすぐの頃、母さんがそういった。

 僕は告白のことも知らない母さんに「どこが」と声を固くした。


「はいこれ、ラブレター。花ちゃんから」


 母さんが僕に可愛らしい封筒に入った手紙を渡してきた。


 僕は母さんの生暖かい視線を背に、一目散に自分の部屋に駆け足で向かい、手紙を広げた。



---瞭くんへ

 久しぶり瞭くん。卒業式のとき逃げてごめんなさい!

 まさか告白されるなんて思わなくて、逃げてしまいました。

 もちろん、告白が嫌だったわけじゃないよ!! 心の準備が出来てなくて、いきなりだったからびっくりしちゃったんだ。


 最近ね、瞭くんのことを思うと胸がムカムカして、顔が歪んじゃって、瞭くんに見られたくなくて避けちゃっていました。

 告白の返事ですが、この手紙を見て察しがついていると思いますが---



 そこまで読んで、僕は手紙をくしゃりと丸めた。


 『告白が嫌だったわけじゃないよ』なんていいながら、文面から僕の事を改めて振ろうとしていることがわかった。


 なぜ、こんな追い討ちをかける様なことをするのか。


 死体蹴りをするほど、僕の事が気にくわないのか。


 ......いや、花がそんなことするわけがない。


 優しい花のことだ。告白のとき逃げるように僕の前からいなくなったから、正式にフルための手紙を書いたのだろう。


 律儀だな花は。

 でも僕には、その先を読むことは出来なかった。


「...ちくしょう」


 現実を突きつけられる事が嫌で、何回も何回も手紙を破いて、小さくなったそれをゴミ箱に捨てた。


 手紙を破いたがフラれた事は変わらない。


 花に避けられている事実も変えようがない。


 これ以上、花に関わるともっと心が離れる気がした。


「花と関わるのはもうやめよう」


 自分に言い聞かせた。


 もうこれ以上初恋の人に嫌われることをいやだった。

 だから、涙を流しながらこれから花を避けることを決意した。




 それから花を見かけたら、気づかれる前に逃げ、気付かれても知らない人のふりをした。


 しかし、二年生になると花と同じクラスになった。


「りょ...瞭くん...。あの...」

「......なに? 篠塚さん」

「...! な、なんで、名字で呼ぶの...! 花っ...て、よ、呼んでよ...?」


 花は僕を恐れているのか、声が震えていた。

 それに僕が視線を向けると、顔を見られたくないかのように下を向く。


 まるで、苦手な男子を相手にしているような反応だ。


 優しい花のことだろう。この一年ですっかり暗くなり仲のいい友達もいない僕を憐れんで話しかけて来てくれたのだ。

 でも、

 

「無理して僕に話しかけなくていいよ」

「...ぇ」


 花は目を見開き、僕を見た。

 僕も花を見ていたから、視線が重なる。


 そして顔をすぐ反らされた。


「無理、なんかしてな...」


 --キーンコーンカーンコーン


 チャイムがなり話は有耶無耶に終わる。


 僕は授業以外の時間はトイレに入るなどして、花の視界に入らないように配慮することにした。




 中学二年から三年にかけて『僕が花をいじめている』という噂がたった。

 事実無根な噂だったが、それで僕は無視されたり、呼び出されて暴力を振るわれたりした。


 優しい花の事だから、僕が自分の関わった噂のせいでいじめられていると知ったら心配することだろう。


 ...目を合わせることも嫌な僕のことであっても。


 だから僕はよりいっそう、花を遠ざけ続けた。




 そして、高校は中学の同級生と被らないように、家から遠くの高校を選んだ。

 だからこそ、入学式で花を見たときは目を疑った。


 クラスも一緒で、花は僕を見かけるとニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべて話しかけてきた。


「話すのは久しぶりだねぇ、瞭く~ん。中学のときはどーして避けてたのぉ? 昔はずっと隣に居続けるよ~とかいってたのにぃ」


 一瞬、耳を疑った。

 声は花だ。

 だけど、その僕を嘲笑うかのような口調と見た目が、記憶の花と一致しなかった。


 花は中学の制服はスカートを膝下まで覆うものだったが、今の格好は膝上20センチ以上はありそうなスカートで、校則ギリギリの短さだろう。


 耳にはピアス。


 さらにシャツのボタンを四つほど外していて胸元を覗かせていた。


「って聞いてる~? 無視とかなくな~い?」


 クスクス、と笑いながら花は僕との距離を縮めた。


「瞭く~ん? 聞いてますかぁ?」

「は、はい」


 呆然と、返事をした。


 花はそんな僕を見て口元をピクリと動かしたあと、笑みを深めた。


「へぇ~、そういう態度とるんだぁ? 気にくわないなぁ?」


 僕のどこが気にくわないのか、気になって聞こうと思ったが、足早に僕から花が離れたので聞けなかった。


「ただいま...」


 入学式が終わり、家に帰ってきた。


 花が居たことで『これから彼女とどう接しようか』と考えながら歩いたからか、歩みは遅く乗る予定だった電車より一本遅い時間の電車になった。


 玄関を見ると綺麗に揃えられた見慣れない革靴があった。


 誰か来ているのだろうか。だが、それほど気にせず二階の自室に向かった。


 ドアノブをひねり開けるとそこには、


「お帰り、瞭く~ん♪」


 花がいた。


「は、な? なんでここに...」

「..........ぁっ...! な、なんでここにいるでしょうかぁ? 気になるぅ?」


 一瞬、花は昔ような柔らかい笑顔を浮かべたが、すぐに人を嘲る笑顔に変わった。


「こ、ここまでどうやって入ったんですか」

「...質問してるのは私なんですけどぉ~? 話を聞いてなかったんですかぁ? 瞭くんってそういうとこあるよねぇ。女の子にもてなさそ~」


 僕の告白を断った花にそう言われてカチンときた。

 でも図星だった。

 言い返す言葉も見つからなくて、僕はただ歯噛みした。


「.......あ~あ。瞭くん待ってたら喉渇いちゃったぁ。飲み物持ってきてよぉ...」

「...わかりました」


 僕の部屋で僕を顎で使う花に、逆らう気は起きなかった。


「...ぁ、あぁ、な~んだ飲み物もうあるじゃ~ん...♪」


 お茶を出すため部屋を出ようとしたところ、花がそう言って僕の持ってるペットボトルジュースをひったくった。帰りに喉が乾いて自販機で買った僕の飲みかけのものだ。


 花は戸惑いもなくそれを、


 コク、コク...


 --飲んだ。


 間接キスだ。

 僕は思わず花の飲む姿を食い入るように見つめてしまう。


「そ、それ僕の飲みかけ...」

「......ふふっ、瞭くんはぁ、こんなので意識しちゃうのぉ?」


「はい、ご馳走ぁ...♡ 後は返すよ」花は鼻唄混じりに僕にペットボトルを返し部屋を出る。


「それとぉ、なんで私がここにいた理由をちゃんと考えておいてよねぇ? バイバイ、瞭く~ん♡」


 ...花にとっては間接キスは小さな事なのだろうか。

 見ない間に急変した花は、中学のとき何かあったのだろうか。


 ...もしかして、彼氏が出来たとか。


 いろいろ考えても、彼女を避け続けていた僕には分からなかった。


 なんとなく、胸が苦しくなり、ペットボトルに入った飲みかけのジュースの残りを飲み干した。

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