後日談2 初詣で
管澤捻さまから、海里の晴れ着姿のイラストをいただいたので、記念SSです。
時期的には、大学1年の正月になります。
イラストには香月よう子さまのキャラである神崎純も描かれているので、出演願いました。香月さまの了解は得ています。ただし二次創作ではなく、名前と年齢以外は、作中の設定は全く反映していません。
新年を迎えるに当たり、久しぶりに保と一緒に帰省したところ、晴れ着が用意されていた。
「あんた、振り袖なんかすぐ着られなくなるんだから、今のうちよ」
とは母の弁だ。
たしかに既婚者は振り袖は着ないものだろうが、そもそも私が結婚するまでまだ3年はあるはずなのだが。
「ほら、保くんに可愛いところ見せてきなさい」
と、放り出されるように廊下に出されると、どういうわけか保が玄関に立っていた。
ちょっと待て。約束の時間まで、あと20分はあったはずだ。
「あけましておめでとう、みぃ。今年も仲良くやろうな」
「あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
それにしても、保、来るのが少し早すぎないか。私はまだ出掛ける準備が終わっていない。待たせるのは少々心苦しいのだが」
親しき仲にも礼儀ありだ。私は、ようやく着付けが終わったところで、出られるまでにはあと10分は掛かる。保が勝手に早く来たとはいえ、待たせるのは好ましくない。
「いい、いい。ここで待ってるから。可愛く着飾ったみぃを少しでも早く見たいと思ったら、気が急いちゃってさ」
また、この男は、私の実家の玄関先で、なんということを言ってくれるのだ。
「た、保! こんなところで、何をそのような歯の浮く台詞を…」
「あら、保くん、あけましておめでとう。
どう? 自信作よ」
「あけましておめでとうございます。
ええ、本当によく似合ってます。
みぃには毎日、目の保養をさせてもらってますよ」
「ほんとにこの子ったら危なっかしくて、保くんが一緒にいてくれてよかったわ。
上がって待たない?」
「いえ、上がるとみぃが慌てますから。どうせすぐに出ることになりますし、ここで」
見透かされたような物言いに少々腹が立つが、さすがに長い付き合いだけあって読みが的確だ。
二人の会話に口を挟む暇もないほど急いで準備をしているが、これで保が上がって待つようなことにでもなろうものなら、申し訳なさから焦ることになる。本当は、保が勝手に早く来すぎただけだというのに。私は、人を待たせるのは苦手なのだ。
「待たせたな、保。さあ、行こうか」
「全然待ってないから、心配いらないよ。
さ、行こう」
だから、その左手はなんだ。まさか、玄関を出る前から、親の目の前で手を繋ごうというのか。
「保…」
言外に嫌だという念を籠めて見つめてやったが、どこ吹く風で流される。9か月一緒に暮らして、こういった対応にも慣れてきたところではあるが、母親の前で恋人繋ぎするというのは心理的負担があまりにも大きい。
保は、二人で出掛ける時には必ず恋人繋ぎを要求してくる。
いちいち反対するのも躊躇するのも保を喜ばせるだけだと学んだので、唯々諾々と従ってはいるが、まさか実家でまで要求してくるとは。
「ほら、みぃ。ありのままの二人を見せようって言ったろ?」
この策士め!
たしかに戻る前にそんなことを言っていたが、このための布石だったのか!
てっきり、無事平穏に過ごしていることを報告するのだとばかり思っていたのに。
「こういうやり方は感心しないぞ」
こうなると、保は梃子でも動かないから、私が折れるしかない。
仕方なく、本当に仕方なく、保と恋人繋ぎをする。
とてもではないが、母の方を見ることはできない。何を言われるかわかったものではない。
「あらあ、さすが保くん、ちゃんと海里をリードしてくれてるのね」
「それはもちろん」
「これからもよろしくね」
「ええ、任せてください。では、行ってきます」
行ってきますは私の台詞だろう。
地元とはいえ、初詣での人の波に紛れてしまえば、誰かに見られる心配もない。些か不本意ながら、こうして手を繋いで歩くことにも抵抗感が薄れてきている。慣れとは恐ろしい。
お参りをして、おみくじを引いていると、「先輩」と声を掛けられた。
振り向くと、晴れ着に身を包んだ少女がいた。
「やあ。あけましておめでとう。神崎さん、だったかな」
「あけましておめでとうございます。はい、神崎です」
先輩とは呼ばれたが、彼女はよその高校の子だ。周絡みで何度か会ったことのある子だ。
「そちらが噂の恋人さんですか?」
「どんな噂か知らないが、婚約者の保だ」
「婚約者さんなんですか!?」
「ああ。大学を出たら籍を入れることになっている」
「素敵!」
「そうか?」
「そうですよ! 幼なじみで高校時代からお付き合いされていて、そのままゴールインだなんて、ロマンチックじゃないですか」
神崎は、やたら嬉しそうに私の両手を握る。今にも踊り出しそうな勢いだ。
「保、そういうものなのか?」
保に意見を求めると、
「あなたの幼なじみはろくでなしですねって言われるのと、素敵な婚約者ですねと言われるのと、どっちがいい? って話だろ」
ああ、なるほど。
「たしかに、保となら一生穏やかにいられそうだな」
「先輩、素敵です」
神崎は、それこそ踊り出した。
たしかに、保を褒められるのは悪くない気分だ。
「みぃ」
呼ばれて保の方を見ると、保がスマートフォンを構えていた。
「写真を撮ったのか!?」
「今、いい顔してたからな。待ち受けにしよう」
「保、それは肖像権の侵害と言ってだな…」
色々言い募ったのだが、のらりくらりと逃げられて、結局その写真は1年間保のスマートフォンの待ち受け画面になっていた。
お堅いなりに、海里も保との距離が縮んできています。
きっと、なんだかんだ言い合いながら、幸せになることでしょう。




