He left his home.
親愛なる「きみ」へ
本日は雲が少なく、窓から月を眺めることができます。緩やかな線を描く弦は、こちらを笑っているように見えます。
せわしなかった日々をようやくいつもの静けさを取り戻しました。
さて。落ち着いたところで、「きみ」も気になっているであろう今回のお客様について語りましょう。
この度ホームにやってきた「彼」は、噛む男でした。なにかに追い立てられるように噛み続け、最後には自分も噛んでしまうような人間でした。
「きみ」がやっていたように話を聞いてみましたけれど、なかなかうまくはいきませんでした。
けれど後日、ポストカードが届きました。「彼」からのものです。そこには、わたしが言っていたように母親に手紙を書いてみたと記されていました。しかし返事を来るのか来ないのか考えながら待つのも落ち着かないとのことでいまは旅に出ているとのことです。ポストカードにあった美しい風景は、旅先のものでした。
少しだけでも「彼」にとって良い日々を提供できたのならばいいのです。そうであれば――「きみ」も喜んでくれるでしょう。
「彼」が帰ったのちはいつもの日々です。「きみ」が残したホームを整えて物思いにふけります。
「きみ」はどうやって死んだのだろうと。
いつか答え合わせが出来れば幸いです。
またお手紙を差し上げます。
そのときまで、さようなら。
* * * * *
万年筆を置いて文面をじっくりと読み直した。伝えたい言葉は逃げていないようだ。インクが渇いたのを確認して、手紙を二つ折りにする。
机の引き出しを開けて、マッチを取り出した。近所の老女から買った奇妙な絵が描かれているものだ。
ぽうっと火をともして書いたばかりの手紙に近づける。
ちりちりと端から焦げていく。燃えた言葉が煙となって、空へと伸びていった。