第89話 勘違いの代償
アイナとマールの魔力酔いも終わり、体調も戻ったので、再びダンジョンへ潜ることにした。
転移の魔法陣から二十一階層への階段を降りると、これまでの場所に比べ薄暗くなり、周囲の様子も確認し辛くなっていた。
「暗いわね」
少し不安そうなクリス。
「そうだのう。
まあ、我は夜目も効く。
前衛を替わろうか」
エルフは夜目が効かないらしい。
「マサヨシはどうなの?」
「んー、今は見えないが」
ノクトビジョンをイメージして目に魔力を纏わすと……ん、見えた。
奥まではっきり。
ただ、明るさの変動に付いてこれるかが気になるところ……。
フラッシュバンを食らって目が眩むって言うのならしんどいかな?
まあ、その時はその時ってことで……。
「うし、見えるようになった」
「相変わらずデタラメね」
クリスの呆れ顔が見えた。
「まあ、マサヨシだから」
「そうですね、旦那様ですから」
アイナとマールが納得する
俺の名前で納得するのもどうかとは思うが……。
ただ、バケモノ化は進行中。
結局、俺が前にリードラが後ろになり俺たちは進んだ。
アイナが聖騎士の剣の先にライトの魔法を使い、松明のようにしている。
俺はいつも通りレーダーで確認しながら、魔物を捜し戦い始めた。
敵は素早い……サルか。
壁や天井まで使ってくる。
トリッキーな動きだ。
アイナとマールの体のキレが良くなっている。
二人がサルの動きに追いつき斬り倒した。
「二人とも強くなったのう」
リードラが笑った。
「私もうかうかしてられないわね」
クリスが笑うと戦闘に参加を始める。
「俺がライトを使うよ。
アイナは、戦闘に集中」
アイナがライト付きの聖騎士の剣を振り回すたびに光が揺れて見づらかったため、戦いに参加していない俺が光を持つことにしたのだ。
光源が安定したことで安定した視界が確保される。
これで戦いやすくなるだろう。
三人で戦い始めたため魔物の殲滅速度が上がる。
そして確実に敵を倒し階層内の魔物を減らしていった。
残りの魔物のを探すためにレーダーを見ていると、レーダーに残る魔物の動きがおかしい。
「どうしたのですか?」
マールが首を傾げる俺を見て言った。
「いやな、魔物が何かを追いかけている?」
レーダーは二十階への階段へ向かう十体ほどの魔物を捉えていた。
魔物の先に別の光。
これは……魔物じゃないな。
そして急に一つの光が止まり、それを放置するようにもう一つの光は階段を目指す。
それを追う魔物の光点が数個。
ん?
やられたか?
しかしその光を魔物を表す光点が囲んだあと、と魔物を表す光点が一つ消えた。
戦っている?
生きている?
「誰かが襲われているようだ。
助けに行くぞ」
俺たちは魔物たちに向かって走った。
AGIの恩恵か、リードラ、クリス、アイナ、マールを引き離す。
サルが見えた!
俺は躊躇せず家宝の剣を抜き、今にも女へ襲い掛かろうとしているサルを切りつけた。
不意の攻撃に慌てる猿たち。
そこには魔物へ機械的にファイアーボールのような魔法を右手で撃ちつづける女がいた。
ローブは千切れ、血を流す左腕からは骨が見えている。
腕のケガのせいでまともに動けなくなっているのか座り込んでいた。
遅れて来たクリスが炎の魔法を使い、零れたサルをアイナとマールが倒す。
リードラは両手に剣を持ち女の前で仁王立ち。
まあ、あの壁が抜かれることは無いか……。
俺到着後、数秒のうちに周辺の魔物が消えた。
「あっ、あっ……」
涙を流す女。
恐怖のせいか女は焦点は有っておらず、まともに話ができる状況ではないようだ。
アイナが素早く女の傍に行き魔力を込めて何かを呟くと、アイナの聖女補正か女の顔が安らいだ顔になった。
そして、左腕に手を当て魔法を唱えると欠損した左腕が生えてくる。
「大丈夫か?」
俺が聞くと、
「ん、大丈夫。
ビックリしてたから落ち着かせた」
アイナが言った。
すると、
「フラン様が……」
と言う女。
「フランって、フリーデン侯爵の?」
フランという言葉に反応して聞いてしまう俺。
「ええ。
転移の魔法陣まで逃げる時間を稼げと言われて……。
でも、何匹か魔物がすり抜けてフラン様を追いかけていきました」
「君は?」
ん?
どこかで見たことがあるな。
ああ……あのときの。
「私はここから動けません。
これを見てわかるように、私は奴隷」
鎖骨の辺りには見覚えのある隷属の紋章があった。
「私の主人はフラン様。
フラン様の命で、フラン様が逃げ切るまでの捨て駒になれと言われております」
「フラン・フリーデンが死んでいるなら良し。生きていると面倒だな。
確認に行くために、強制的に主人を変えると揉めそうだ。
リードラ、ここでしばらくみんなでこの人を守っていてもらえないか?
俺は転移の魔法陣へ向かう」
「任せるのだ」
とリードラは言って、了解の印として剣を持ち上げた。
俺は二十階への階段へ走る。
しかし、何であんな弱い奴等がこんな所へ来ることができた?
ボスを倒さなければ来ることができない場所へなぜ?
そんな事を考えていると、数匹のサルが群がり何かをおもちゃにしているのを見える。
かろうじて人のかたちをしていた。
まあ、フラン・フリーデンなんだろうが……。
俺は全速で近寄り、サルたちを叩き切った。
サルが居なくなると、そこにはフランだったモノが居る。
鎧は剥ぎ取られ、目は潰れ、唇は噛み千切られ、手や足が折れてまともな方向を向いていない。
ただ死んではいないだけ。
ボロボロの体で
「おでってづよいんだながっだのだ?
ごんなあずだ《こんなはずじゃ》……」
と言っていた。
「あんた大丈夫か?」
俺は声をかけると、、
「だずけでぐれ!
おでをフディーデンごうじゃぐのところへつでていっでぐで
でいはづる」
と体をゆすり、声を上げ懇願した。
「女がボロボロで生きていたがどうするつもりだ?」
と俺が聞くと、
「あのおんだはおでのどでい。
おでのものだ。
ぢのうがいぎようががんげいだい」
と言った。
物扱いか……。
「じゃあ、あの子は俺が貰っていいな」
「ずぎにじろ
ぼうげんじゃがきどぐのおんだをだくごともあづまい。
だずげてもだっだだじんだ」
「わかった。助けてやろう」
フラン・フリーデンが所有を放棄するのがわかれば問題ない。
俺はフラン・フリーデンに治癒魔法を使う。
しかし、傷を治すだけ。
治療を終えると、フランフリーデンを抱え上げて女のところへ戻った。
「ただいま」
俺はリードラ達の下に戻る。
「それは何だ?」
リードラは俺が抱えている物を興味深そうに見ていた。
俺は一応ゆっくり下ろす。
「フラン・フリーデン様だ。
一応生きていたよ」
血まみれの鎧下だけでボロボロのフラン・フリーデンを見て、
「置物のようだな」
とリードラが呟く。
「ぶざげづな!」
と言うが皆が無視をした。
「フラン様に聞いた。
君の事は好きにしていいらしいので、所有者変更させてもらう。
名前は?」
「クロエ・ポルテ」
「じゃあ、変更するぞ」
契約台を出し所有者を俺に変更した。
魔法使い系の奴隷って初めてだよな……。
まあいっか……。
「さて、一応これで俺の所有にはなったが、特に制限するつもりはない。
家に戻るなら戻ってもいいしな。
まあ、とりあえずこのオブジェをフリーデン侯爵の屋敷に持っていくから、それまでの間で考えればいいよ」
「あいつ、私たちがマットソン子爵の関係者だって知ってるの?」
アイナが俺に小声で聞いた。
「目は潰れているし、俺の名を呼んでいないだろ?
だから、気付いていないと思う。
ただ助けて欲しいと言っていただけだからな」
「わざと治さなかったんでしょ?」
クリスが苦笑いだ。
「命は助けた。
それ以上をする必要はないだろ?
あとはフリーデン侯爵がどうにかすればいい事」
「そうだね。
おじいちゃんに呪いをかけた貴族。
自分で何とかさせればいいか……」
アイナも頷いた。
「しかし、扉では移動できないな。
時間をかけてオウルまで帰るか。
でも、我儘なこいつの相手も面倒だ……。
クリス、ゼファードからオウルまで何日?」
「そうね、馬車を急いで使って六日ぐらいかしら」
「六日間寝かせてしまうか……。
それでオウルに到着したことにして、誤魔化すか?」
「それいいわね」
クリスが頷く。
今、フラン・フリーデンの知覚は耳と鼻ぐらい。
オウルまでの間寝てもらうといえば、納得するかね?
「おい、お前、オウルまで寝てもらうがいいか?
下手に起きて暴れられるのも困るのでな」
と俺が言うと、
「おではぢぢうでのどこどへもどででばいぢ。
づぎにぢど」
と、言った。
俺は魔力を多めにスリープクラウドをかけ、フラン・フリーデンを寝かせる。
その分長く眠るはずだ。
起こすときは魔法で起こせばいい。
力が抜けたフランフリーデンとクロエ・ポルテを連れ、俺たちは屋敷に帰るのだった。
クロエ・ポルテが俺の扉を見て驚いたのは言うまでもない。
読んでいただきありがとうございます。




