第80話 さて、販売開始です。
ロルフ商会から先触れがあり、ロルフさんとカミラさんが屋敷に現れた。
ホットケーキとプリン、そしてクッキーの試作品の確認ということになってはいるが、カミラさんはタロス目当てなのだろう。
屋敷に入るや否や、タロスの下にカミラさんは行ってしまった。
ばつが悪そうなロルフさん。
試作品は俺とフィナの前に置かれ、ホットケーキは綺麗な白磁の皿、プリンも白磁のコップのような容器に入っていた。
クッキーは綺麗な柄が付いた袋に包まれている。
器が違うと高級そうに見えるな……。
俺とフィナはそれぞれ口をつける。
「美味しいですね」
「ああ、これなら大丈夫」
フィナと俺は合格点を出した。
「ロルフさん「ちなみにいくらで売るつもりですか?」
と聞くと、
「プリンが一つ銀貨五枚。
クッキーが一つ十枚入りで銀貨一枚。
ホットケーキが一つ二枚乗って銀貨五枚でしょうか?」
五万、一万、五万ですか……。
「結構なお値段ですね」
驚いて言うと、
「容器と皿が高いのです。
それぞれ銀貨二枚になります。
まあ『高い』『珍しい』というもの貴族のステータスの一つと聞いておりますので、高め設定にさせてもらいました」
ロルフさんはニヤリと笑うと、
「これにもなります」
と言って人差し指と親指で丸を作る。
確かに銭にはなる。
「基本は容器にワンポイントで店の紋章を入れてみては?」
「商人には紋章は有りません。
ですから、マットソン子爵家のガーゴイルの紋章を入れましょう。
鬼神であるクラウス様の人気は絶大です。
こぞって買うようになるかもしれませんね。
意外とガーゴイルってかっこいいですし」
「義父さんはそんなに人気が?」
「知りませんか?
剣術に強い方は人気があります。
ヘルゲ様、ミケル様、ラウラ様、御前試合で活躍した人は特に人気があるんです。
マサヨシ様は……別の意味で……」
はいはい……。
「ガーゴイルのワンポイントであれば普通の食器として使用ができるかと……。
それにさりげなく『私はプリンとホットケーキを買いました』とみせつけることもできます。
数を買い過ぎて使用人に配ることがあれば、貴族の裕福さを周囲にアピールすることもできるでしょう」
ロルフさんの頭の中で少しづつ形になっているのか、自身で頷きながら話を続ける。
「木製食器が多いので、陶器製に変われば衛生面でもよくなりますね。
まあ、これは全ての人にという訳ではありませんが……」
「数が出たほうが良いというのであれば、買って楽しむようににするといいかもしれませんね」
「買って楽しむ?」
「一個購入につき紙にハンコを押して、数に応じて何かが貰えるというのは?
先ほどの話からすると、義父さんやラウラは顔が売れており人気があると聞いています。
そのような人物の肖像画を皿に写し、飾ることができるようにする。
一定期間で貰える皿が変わるようにすれば、欲しいものが出れば購入欲が掻き立てられるでしょうし、全てを集めたいという人も要るでしょうから収集欲が掻き立てられる人も居るかと?
「しかし、その大前提として、このお菓子の知名度が……。
食べてもらえれば間違いなく売れる物だと思います」
売れるかどうか不安なところか……。
「確かに知名度ですよね……。
ちなみにロルフさんならばどうやって売りますか?」
「店頭に置いて、試食していただくという感じでしょうか?」
「有名な方、力のある方、たとえば異国の王族がそのお菓子を好むとすればどうなりますか?」
「それならば……売れると思います」
「でしたら、王城内のイングリッド殿下へお菓子を納めるようにしましょうか……。
私の名前を出せば受け取っていただけるようにしておきます。
イングリッド殿下は王立学校に通っていると聞いています。
学校内でのお茶の時に菓子を食べてもらえば、貴族のご子息の目に留まります。
そこで『イングリッド殿下が見たことが無い甘くておいしいものを召し上がっている』と噂になれば、買いにくるお客様も増えるかと……。
その上で殿下のほうから勧めてもらい、ご子息たちに菓子を食べてもらえれば、今までにない菓子の味に驚くのではないでしょうか?」
「おお、確かに」
ロルフさんは驚いていた。
「あと、材料入手の方法も難しい」
「現状ではロルフさんの店にマットソン子爵の屋敷から材料を納めるので、問題ありません。
どうせ、知名度が上がらない今、数を作っても無駄でしょう?
今は技術力を上げることを考えて丁寧に作ってください。
メルヌの街で足りなくなるようであればオウルで原料を確保できるようにします」
俺がそう言うと、
「どうやってですか?」
と、ロルフさんが聞いてきた。
「ちなみにオウル近郊でロルフさんの知っている村とかは有りませんか?」
ロルフさんは少し考えると思いいたったのか、
「有りますが、どうなさるのですか?」
と聞いてきた。
「そこをお菓子用の原料供給地にしましょう」
今までメルヌで飼った感じでは、乳を供給するフォレストカウは特に世話をする必要もなく放牧で十分だと思います。
必要となればフォレストカウはこちらで確保しましょう。
卵は……コカトリスは石化などで危険ですから、卵を産む地上で生きる魔物を探してもいいですね。
小さくても、数を産むものが良いと思います。
確保しますので知っていれば教えてください。
もしかしたらコカトリスと別の魔物の卵では味の差が出て商品が増えるかもしれませんね。
蜂蜜も養蜂つまりハニービーの巣を確保して共生すれば定期的に手に入りますよ。
ハニービーの巣を探すのも私がします」
「魔物を飼うという事は村人が魔物に襲われる可能性があるのでは?」
ロルフさんは心配そうに言った。
「魔物たちのリーダーは隷属化してあります。
特定の人の言うことを聞くようにしておきますので、村人のほうから攻撃しない限り襲われるようなこともありませんよ。
ほら、我が屋敷もハニービーが飛んでいますが、誰も刺されていない」
屋敷の庭に居るハニービーは庭に人が居ても無視して巣に戻る。
「外部から来た人でも、攻撃しない限りハニービーは襲いもしません。
ちなみに私は魔法書士です。
ですから、自前で隷属化します」
俺は先日手に入れた免許をロルフさんに見せた。
「なんですと!
魔法書士なのですか?
免許証を見せていただいても?」」
「いいですよ、どうぞ」
そう言って、免許証をロルフさんに渡した。
そして何かに気付くと、
「おお、一発試験で合格なのですね!」
と、驚いて言った。
「なぜわかったのですか?」
「知っている人は少ないですが、講習を受けずに魔法書士を受かった者の免許証には、印がつきます。
ほら、マサヨシ様の名前の前に黒い点が一つ。
これは、一発試験で合格した証になります。
つまり、この免許を持っている人に契約書を作ってもらえば、破棄されることはまず無いということです。
商人ならば常識です」
「ほう」
「つきましては、我がロルフ商会の契約書作成時にも……」
ロルフさんの揉み手が早くなる。
「それは構わないけども、ダンジョン攻略もあります。
今日居たのはたまたまなのです。
身を入れてお手伝いできるのはダンジョン攻略終了後になる。
攻略が終わるまでいつまでかかるかわかりませんがいいのですか?」
「それで構いません。
商人にとって契約書こそが正義。
そして、契約書を破棄できない魔法書士を確保するのがステータスになりますから……。
そんな魔法書士が確保できるのなら、私は待ちます。
それでは村の件は私が話を通し、村に魔物を入れることが可能になれば、こちらから連絡をします」
「わかりました。
ダンジョンの攻略時期と重なりますが、休みを取ることもありますので何とかしましょう。
私のほうもイングリッド殿下に話を通しておきます」
「よろしくお願いします」
こうして話は終わった。
そして時間が経ち夕食が終わったころ。
俺はイングリッドの部屋行きのドアをノックした。
「はい」
と言う声が聞こえて扉が開く。
部屋着のイングリッドが現れる。
白い緩めの服の上下である。
お付きがその前に居るのは護衛としてなのだろう。
「マサヨシ様、どうかしましたか?
とはいえ、ここでは何ですからこちらへ……」
とお土産で渡したコタツのところへ向かい対面でコタツへ入った。
護衛のお付きはイングリッドの後ろで待機。
「それで何か?
夜這いであれば、お付きの女官は下げさせますが……」
「夜這いにはちと早いかな。
それに、人に聞かれながらするのもなぁ……」
「えっ、女官たちが居なければ?」
期待で目を見開くイングリッド。
勘違いも甚だしい。
イングリッドが女官たちに
「少し部屋を出ているように」
と言い出したので、
「いかんいかん、勘違いしない!」
「違うのですか?」
「全っ全違う。
ココに来たのは、この前言っていたお菓子の件なんだ」
強引に話を修正。
「ああ、ロルフ商会から売り出す予定の物ですね」
イングリッドは思い出してくれたようだ。
「それそれ。
それをイングリッド宛に納めるから、みんなで食べてもらえないかなと……」
「それは、お付きの女官たちや学校の友達に食べさせても良いということですか?」
「ご名答だ。
イングリッドの周りに居る者と言えば貴族の娘や息子だろ?
できれば友達とかに食べさせてもらいたい」
俺がそう言うとお付きの顔があからさまに嬉しそうになる。
あれ以来屋敷に来ていなかったから、少し飢えていたのかね。
まあ、その方が菓子の話が広がりやすそうだが。
「そうすれば『こんなお菓子を食べた』って話になるだろ?
そんな感じで話を広げてロルフ商会の知名度を上げたいんでね」
すると、確認するように、
「私も食べていいんですよね」
イングリッドは俺に聞く。
「ああ、食べてもいいよ」
と言うと、再び確認するように、
「それでマサヨシ様のお役にたつんですよね」
イングリッドは俺に聞く。
「ああ、助かる」
と再び言うと、
「マサヨシ様の役に立つのだったら引き受けます」
と、嬉しそうにイングリッドが言うのだった。
これで菓子の知名度が上がって数が出るようになるといいんだけどねぇ……。
とりあえず様子見かな……。
「あっ、お菓子は食べ過ぎると太るから要注意な」
俺が言うと、お付きたちが「えっ」という顔をするのだった。
読んでいただきありがとうございます。




