第62話 書類の提出は早いほうがいい。
実際には十日もしないうちに馬具が出来上がる。
馬具を仕上げ持ってきたマイノスさんの目の下にはクマができていた。
俺や義父さんのために急いでくれたようだ。
黒々と輝く馬具を付けた神馬たちは誇らしげに立つ。
長年使っていなかったはずの馬車もサイノスさんが磨いたのかピカピカになっていた。
整然と並ぶ馬と馬車を見ながら
「長かったかな?」
義父さんが俺の隣に立ち聞いてきた。
「どうでしょう。
それなりに忙しかったですからね
あっという間の気がします」
義父さんとセバスさんは馬車に乗り、それを御者であるサイノスさんが馬を走らせる。
前に俺とクリス、その後ろにリードラとアイナが馬で続いた。
アイナが馬に乗る時、ドライが足を延ばし坂のようにして上りやすくしているのには驚いた。
頭がいいらしい。
「カポカポ」と蹄の音をさせながら走る俺たち。
通りを歩く人々は、最近見なかったマットソン子爵の馬車が走るだけでなく、その馬車をひく馬とその周りを固める馬の大きさに驚く。
サイノスさんはその様子を見て誇らしげだった。
しばらく走ると小さな山のような王城が近づく。
その城壁は真っ白なタイルで覆われていた。
既に話は通してあるようで馬車に付いているマットソン家のワイバーンの紋章を確認すると、「ギーーー」と大きな門が開いた。
門を入るとそこにはちょっとしたショッピングモールの駐車場ほどもありそうな庭。
その庭も白い石で敷き詰められており、庭師によって手入れされているのか、綺麗に剪定された木々に花が咲いていた。
無意識のうちに俺たちは落ち着きなくきょろきょろと周りを見回す。
「落ち着け」
窓を開け義父さんは言った。
「はい」
その余裕を持った義父さんの姿を見て俺は落ち着くのだった。
停車場に馬車と馬を停めると、俺と義父さんは中に入る。
長い廊下、場所を知っている義父さんに付いて後ろを歩いた。
そして、義父さんが足を止める。
貴族の戸籍を預かる部署らしい。
その部屋の中に杖の支えもなくスッと立って入ってくる義父さんに職員は驚いていた。
「あれってマットソン子爵じゃないか?」
「病気で臥せってるって聞いたんだが……」
そんな声が聞こえた。
その騒ぎに気付いたのか、奥から一人の男が現れる。
「お久しぶりです、マットソン子爵。
お体のほうは?」
義父さんの知り合いらしい。
「おお、ロッシュ男爵か……久しいな。
ああ、この男のお陰でな、この通り健康に戻った」
シャドーボクシングのようなキビキビとした動きを見せる義父さん。
ちょっとやり過ぎじゃね?
「今日はどのような用件で?」
「儂も老い先短いと思うてな、子爵の家を潰すのも忍びない。
そこで、養子を貰おうと思ったのだ。
これはマサヨシという冒険者だ」
無駄な筋肉が付いていない義父さんと無駄な贅肉がたっぷり付いている俺を比較してロッシュ男爵は不思議な顔をしていた。
「マットソン子爵、この方は例の剣を?」
「ああ、片手で振りまわすぞ?」
ニヤリと笑う義父さん。
「あれを、片手で……」
家宝の剣の重量を知っているのか、ロッシュ男爵は俺を見て引いていた。
「と言う訳で、養子縁組の書類を作りたい。
書式ができていて、サインをすればいいだけの物があると聞いたが?」
「畏まりました、しばらくお待ちください」
と言ってロッシュ男爵は奥に下がった。
「お前の事を見せると、大体がお前は無能と思ってしまうようだ。
それを否定するのが楽しくてな。
まあ、実際お前の力は体では表されない。
損をする部分も有るが得をする部分もあるかもしれんな」
ロッシュ男爵が居なくなると俺に義父さんが言った。
「得をする部分?」
俺が聞くと、
「警戒されないということ。
能力が低いと思う者を人は見下す傾向にある。
全てではないがね。
逆にお前のほうがはるかに上に居るということに気付かずにな」
「それは損なのでは?」
「警戒されないほうが本音を言ってもらえるだろう?」
「はあ、そんなもんですかね」
「そんなもんだ」
そう言って義父さんは笑っていた。
話が終わるころにロッシュ男爵が書類を持ってきた。
脇に一人の男を従えている。
「この方は?」
と俺が聞くと、
「魔法書士になります。
この度の養子縁組の際の書類を作成するために連れて来ました」
皮羊紙を俺と義父さんの前に差し出すロッシュ男爵。
サラサラと「クラウス・マットソン」と義父さんは自分の名を羽ペンで書いた。
俺も「マサヨシ」と羽ペンで書く。
その書類を魔法書士が持つと契約として成立させる。
「これでマサヨシ様はマットソン子爵の養子となりました」
とロッシュ男爵が言うと、
「そうか、手続きご苦労
それでは帰るかな」
「ありがとうございました」
義父さんと俺はその場所を離れた。
帰りの廊下で、
「これだけですか?」
と口に出る俺。
「ああ、これだけだ」
苦笑いの義父さん。
「ただな、これだけでも馬や馬車に護衛、服、貴族の見栄えが必要な物がたっぷりだ。
そしてそれが貴族のプライド。
生きるために不必要な物も多い。
でも、そのために民から金を分けてもらう。
当然、為政に使う金もあるがな」
「面倒ですね」
「ああ、面倒だ。
たった二つのサインを皮羊紙に書くために、いくら使ったのやら」
俺をチラリと見る義父さん。
「お前が主になった時には兵役の義務が発生するだろう。
もしかしたら、儂が元気になったことで、兵役の義務が出るかもな。
今後は兵を率いる者が要る。
兵士も要る。
兵士の武具も要る。
食料も必要になる。
全てを賄わねばならん。
儂が生きている間に何とかできればいいと思ってはおるが、難しいかもしれんの」
「まあ、その時はいろいろ考えますよ」
「ああ、頼んだぞ」
二人で長い廊下を歩くのだった。
廊下を歩いてしばらくした時、
「マサヨシ様、お久しぶりです」
と魔族の女性が現れた。
後にお付きらしき女性を連れている。
女性の柔らかな線を出したドレスを着た美人。
「誰だ?」
義父さんが俺に聞く。
「んー魔族の知り合いは要るのは要るのですが……もうちょっと、こう小っちゃかったような……」
俺はアイナほどだと手の位置で義父さんに教えた。
ん……。
「幼体から成体になる」ってクリスが言ってたな。
ほう、こんなに変わるのか……。
美人になりやがって。
「お久しぶりでございます。
魔族王女、イングリッド殿下」
俺が丁寧に頭を下げると、気付かないと思っていたのか残念な顔をする。
更には、慇懃な物腰で話したのもお気に召さなかったようだ。
さて、戻さないとさらに機嫌が悪くなりそうだ。
「義父さん、この方がイングリッド殿下。
ペンネスの街でお助けした方です」
「イングリッド殿下、お初にお目にかかります。
私はこいつの義理の父親である、クラウス・マットソン子爵と申します。
よろしくお願いします」
軽く義父さんが頭を下げる。
続いて、
「美人になったな、イングリッド」
と俺が言うと、イングリッドはパッと明るい顔になったあと、
「わざとですね!」
と拗ねた。
「ああ、わざとだ。
クリスから魔族は数日で幼体から成体になると聞いていたが、本当に変わるものなんだな」
「クリス?
どなたですそれは?」
「クリスティーナ・オーベリソンって知らないか?
エルフの王女らしいんだが」
俺がその名を出すと、すぐにひらめいたように
「ああ、じゃじゃ馬クリスティーナ様ですね」
と声をあげた。
「あいつ、じゃじゃ馬って言われていたんだな」
「はい、王宮でイタズラばかりして、困らせていましたよ。
メイナード王とも結構喧嘩していたと思います」
「それにしても、クリスティーナ様となぜお知り合いに」
「いろいろあってね……」
「いろいろが知りたいですね」
イングリッドがニコリと笑った。
「マサヨシ様、お屋敷に伺ってもよろしいでしょうか?」
「そりゃまあ、俺んちに来るのは問題ないですよね」
俺は義父さんに聞くと、
「儂は問題ないが……。
イングリッド殿下の立場としてはどうかな?」
と、義父さんはイングリッドに聞き返した。
「私は問題ありません。
この城は確かに美しいのですが、知り合いがお付きの者ぐらいしかおらず退屈しておりました」
「まあ、息抜きならばよいのではないかな?」
義父さんはそう言った。
「義父さんの許可が出たから問題ない。
ただし、来る前には先触れを頼むよ、美味しいものを準備しないとね」
「はい、期日が決まれば連絡させていただきます。
楽しみにしてますね」
こうして、イングリッドの訪問が決まった。
イングリッドと離れ馬車に戻ると、
「終わったぞ」
とセバスさんに義父さんが言った。
「これで、晴れて跡継ぎができましたね」
「ああ、孫みたいな者も居るんだ、できれば本物の孫も見たいのう」
チラリと俺を見る義父さん。
「はあ……義父さんその流れがわからない」
俺はあきれながら言った。
「んー残念だ。
しばらくは、エリスとアイナとフィナで我慢するか……。
しかし、やはり小さな赤子を抱いてみたいと思うのも仕方ないだろう?
お前の周りには適齢の者も多いからなあ。」
その言葉に女性陣が色めき立つ。
アイナ、そんなに俺を見ないように。
俺は絶対に手を出さないぞ。
俺の倫理観が壊れる。
クリスもリードラもじっと俺を見ないように。
このままではヤバい、流れを切らねば……。
「はいはい。
そう言えばクリス、お前『じゃじゃ馬クリスティーナ』って言われていたんだって?」
「なぜそれを!」
クリスが驚いて聞いてきた。
「ああ、イングリッドから聞いた。
向こうもお前のこと知ってたぞ」
「そりゃそうでしょうね、私が遊んであげたんだから」
知られたくない事を知られたからかクリスの機嫌が悪くなる。
しかし、見計らったようないいタイミングで、
「さ、皆で帰るか」
と義父さんの声がかかった。
「そうですね帰りましょう」
朝の編成で俺たちは馬に乗る。
そして王城を出るのだった。
誤字脱字の指摘、大変助かっております。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




