第57話 スーツが痛んできているので、新しい物を作りたい。
「ご主人様、こんな所にほつれが……」
マールが俺のスーツの痛みを見つけた。
「水洗い可能って言ってたけども、けっこう洗ってるからなぁ……。
それに戦闘にも着てるし……」
「その服がお気に入りなのですか?」
「ああ、コレって大事な人に買ってもらった物なんだ」
「それって、前の奥様ですか?」
「えっ、よく知ってるな、誰かから聞いたのか?」
思い浮かぶのは五人。
クリス、アイナ、フィナ、リードラ、そして義父さん。
「夕食が終わって仕事が終わったあと、クリス様やリードラ様と一緒にお酒をたしなむことがあるんです。
その時にクリス様から聞きました」
「クリスの奴口が軽いな。
別にいいんだが……まあ、そういうことなんだ。
どうしても、サイズ調整の魔法がかかったシャツとズボンか、この『スーツ』という服を着てしまう。
でも、あまりに痛むのならば、新しいのを作らないとなぁ……」
「でしたら、セバス様に聞いてみては?
クラウス様の服を仕立てるテイラーが居ると思います。
その人ならば、ご主人様の服を作ってくれるでしょう」
そうマールが言った。
早速セバスさんを見つけ、
「この服とデザインが同じものを作りたいのですが……」
セバスさんに聞いてみた。
「最近は行っておりませんが、クラウス様の仕立てを依頼していた店があります。
そこへ行ってみるといいでしょう。
ガントという職人の店です。
名前もそのまま『ガント衣料品店』と言います。
簡単な地図を書きますので行ってみてください。
私の紹介だと言えばわかるでしょう」
とセバスさんが教えてくれた。
メモを出し、サラサラと経路を書く。
「これでいけると思います」
セバスさんが言った。
既にマップに表示されているので屋敷を出ようとすると、マールが静々と俺の後ろをついてくる。
気になったので、
「えーっと、一人じゃダメ?」
と聞いてきた。
「ご主人様はテイラーのところで服を作られたことがあるのですか?」
「えーっと……無いな」
俺がスーツを買ったのは青や春の山であり、テイラーメイドの服などは聞いたことがあっても作ったことは無かった。
「でしたら、テイラーに服を依頼した事のある私が一緒に行ったほうがいいかと思います」
「はあ、だったら頼もうか」
と俺が言うと、
「はい!」
と、マールは嬉しそうに返事をして、一気に距離が近寄り、左腕にしがみ付いてきた。
「えーっと、なんで?」
「しがみ付きたかったからしがみ付いたのです」
ニッコリ笑ってマールが言った。
「竹立てかけたかったから竹立てかけたのです」的な言い回しだな。
まあ、喜んでいるならいいか……。
「嫌ですか?」
「マールがそれで良いならいいよ」
そう言うと、マールは更にギュッと腕にしがみ付くのだった。
マップを頼りにテイラーの場所に行くと、大通りを少し逸れたところに「ガント衣料品店」と書いた看板が出ていた。
「ココみたいだな」
「そうですね」
俺とマールは扉を開け店に入る。
無数の棚があり、そこには色とりどりの布が並ぶ。
マネキンのような木の型には、服がかけられてあった。
すると奥から、
「いらっしゃい、何の御用でしょうか?」
と髭モジャの背の低いガッチリした男が現れた。
「ご主人様、ドワーフです」
後からマールが呟く。
「私はクラウス・マットソン子爵家でお世話になっているマサヨシと申します。
セバスさんの紹介で来ました」
「セバスの旦那の紹介か。
俺はガントという。
で、何をすればいい。
まあ、服屋に来たんだ、服をどうにかするんだろうがな」
セバスさんの名を出すと、口調が変わった。
セバスさんとどういう関係?
そんなことを考えながら、
「今着ている服と同じ感じの服を作ってもらいたいんです」
と俺が言うと、
「上着を見せてくれないか?」
とガントさんが言った。
マールは俺の上着を取ると、ガントさんに渡す。
「これは見たことが無い布だな。
この布は取り扱っていない。
着ている服と同じ『感じ』ということは、全てが一緒でなくても良いということか?」
「ええ、布が手に入らないのならば別の似たような布に変えてもらって結構です。
いいものができるのであれば、白金貨一枚でも払いますし、替えが欲しいので、三着ほどあると助かります」
「ふむ……用途は?」
ジロリと俺を見てガントさんは言う。
「私は冒険者です。
ですから、冒険に耐えられるものを。
この服は痛みが出ているので、それを越える耐久性が欲しいですね」
「耐久性と着心地か……」
ガントさんは顎髭を弄りながら考えると、
「お前、冒険者と言ったな。
もしも俺が言う糸を取ってきたなら、その糸で布を作り、下手な鎧よりも強い耐久性と、どんな気候にも対応する着心地のある服を作ってやろう」
と言った。
「どんな糸ですか?」
「まあ、なかなか手に入らない。
シルクモスという芋虫のような魔物から手に入る糸だ。
この魔物は糸を吐いて繭を作りそこで蛹になって大きな蛾の魔物になる。
その繭を五個ほど得れば、糸を紡いで布を作り、染色までして俺がその服に似せた服を作ろう」
丁度、ダンジョンへの許可証ができるのを待っているタイミング。
だったら、繭を手に入れてもいいかな?
「ただし稀に幼虫のまま一生を過ごすものが居て、その魔物から糸を無限に得ることができるらしい。
そんな魔物が俺の家に居れば、大儲けなんだがな……」
ボソリとガントさんが言った。
ふむ……。
なら、幼虫?
「探してみますよ、その魔物」
「わかった。
では、シルクモスの服でいいな」
「ええ、よろしくお願いします」
こうして、シルクモスの繭を探すことになった。
「その前に、採寸をしないとな。
型紙ぐらいは作っておかないと」
仕事モードになったガントさん。
「ご主人様、こちらへ
わたしがガント様を手伝って採寸します」
マールが言う。
結局、あらゆる場所の採寸をされた。
採寸が終わると、
「繭を持ってくれば、すぐに作業が始まる。
糸を繰り、染色、織り、そして縫製。
服が出来上がるのに一カ月を見てもらうと助かる。
ただし、なかなかシルクモスの繭は見つからないから頑張るんだな」
そう言うガントさん。
「わかりました。
近日中に繭かシルクモスをお持ちします」
そう言って、ガント衣料品店を出るのだった。
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字の指摘、大変助かっております。




