第53話 甘い匂いに誘われてやってきました。
あれ?
ふと気配に気付くが、何も見えない。
霊かな?
嫁さんを見た時のように魔力を目に纏わせてみたが、それも違うようだ。
霊ではないらしい。
じゃあ何?
そんな事を考えていると、一つのプリンがガブガブと食べられて無くなってしまった。
気付いているのはマールだけのようだ。
そして気付いている俺を見てマールは驚いていた。
「マール、何か居るのか?」
「私も初めて見たのですが、姿からして高位の……それも最上位の精霊が来ています」
「精霊?
なら、霊の一種なのには変わり無いはず……。
でも、見えなかったんだよなぁ……」
「違います!
霊は人の魂を司るもの。
精霊は世界を司る者です」
エルフの系統であるダークエルフのマール。
俺の間違いを指摘してきた。
「私は契約している精霊は居ませんが、クリス様などは火の精霊と契約しています。
ですから、クリス様は多分火の魔法が得意だと思います。」
「ほう、精霊かぁ……」
「今そこに居る最高位の精霊は、四大元素のどれにも当てはまりません。
少し困惑しています」
今度は「精霊が見える」ように魔力を目に纏わせると、口元にカラメルソースをつけた半裸の女性が見えた。
「この、露出狂みたいな女性が精霊な訳だな?」
「えっ、見えるのですか?
精霊視というエルフ特有の目が無ければ見えないと言われているのに……」
驚くマール。
「わからんが見えた」
頭を掻くしかない俺。
まあ、魔力を使ったのは確かだが……。
「普通、精霊は、四大元素の色を持った小さな光の点として、魔力の強い者の周りに取り付き、魔力を吸います。
そうやって魔力を得て時を重ね、力を持った精霊は何かの動物や魔物、人などの形になるのです。
その形が人型に近いほど、力を持った精霊と言われています。
完全な人型の精霊など初めて見ました」
「そうなのよぉ。
私、力が強いの」
そう言って俺に近づいてくる精霊(露出狂)。
「よう、露出狂。
人の食い物食っておいて、何余裕を持っていやがる」
「露出狂じゃないわよ!
だってねぇ『この家に来たらおいしいものが食べられる』ってこの子たちが言うから」
魔力を目に通すことで得た疑似精霊視で俺の周りを見ると、四色の光がブンブンと飛び回っていた。
「あなたの魔力って美味しいの。
それがダダ漏れだから精霊が集まる。
見てわかる通り、凄い数でしょ?
わたしも魔力を吸ってみようかと思って来たんだけど……、このお菓子を見つけたら欲しくなって食べちゃった」
精霊(露出狂)はテヘペロを行う。
美しいとは思うのだが、別に周りに居る女性も美しいので気にはならない。
「タダ食い」
と俺が言うと、
「えっ?
この精霊王女と言われる私が食べてあげたのよ?
そこのダークエルフなんて私を見てひれ伏しているでしょ?」
と、上位の精霊であることを振りかざして言う。
「精霊王女だろうが何だろうが人の物を食べたのは良くないと思うぞ?
それに、フィナやマール、ベルタは労働の対価として、ご褒美でプリンを食べている。
その辺はお前も見ていただろう」
「おっ『お前』?
この時期精霊王になろうという私に対して『お前』」
「タダ食いした者に『お前』と言って何が悪い。
ダダ漏れの魔力は俺のせいではあるし、それを吸うのは問題ないと思う。
しかし、俺とフィナで作った物を理由もなく、対価もなく、許可も得ずに勝手に食べるのは、ただの無銭飲食でしかない。
だから『お前』と呼ぶ!」
ビッと精霊王女を指差した。
「ご主人様……」
オロオロとするマール。
フィナもベルタも何が起こっているのかわからず、成り行きをじっと見ている。
涙目になった精霊王女は
「どっどうすれば許してもらえるの?」
「無銭飲食をした場合、警備兵に突き出さない代わりに大体どういう結果が待っているか知っているか?」
「知らない」
「体で払ってもらおうか」
「この美しい体をお主の体で蹂躙するのか?」
こいつ、そういう知識だけは持っているんだな。
つか、精霊とできるのか?
「じゃあ、契約だな」
「ほう、この精霊王女たる我と契約すると……
その魔力がお主にあるかな?」
一気に優位性を主張する精霊王女。
相当な量の魔力を持っているらしい。
しかし、一通りの流れで契約してみると……
「ごめんなさい!
本当に契約できると思っていなっかったのよぉ。
あなたの魔力量をバカにしていた私が悪かったわ。
だから、許してぇ―!
契約解除してぇー!」
と泣き叫ぶ精霊王女が居た。
「奴隷契約じゃないだけマシだろ?」
「でも、言うことを聞かなければいけないのは変わらないでしょ?」
「まあ、そうしなければいけないならそうする」
精霊王女と契約してしまった俺を見て唖然とするマール。
「フィナ、ホットケーキを何枚か焼いてくれ」
と俺が言うと、
「畏まりました」
と言って、すぐに焼き始めた。
五分もすればいい匂いが漂うホットケーキが焼きあがり、生クリームを載せてフィナとマール、ベルタの前に置く。
そしてもうひと皿。
「食べていいぞ」
と、三人に言うと嬉しそうに食べ始めた。
「もう一皿あるんだけどなぁ。
契約が嫌だって言うから、俺が食べようかなぁ……」
と、精霊王女をチラ見しながら言った。
「ん、契約OK。
あなたの言うことを聞くわ」
そう言って即落ちする精霊王女だった。
チョロい。
ホットケーキを食べ終わると、
「契約してあげるけど……」
「もう契約終わってるけどな」
「それはいいから。
名前……付けてよ」
フンと鼻息荒く精霊王女は言った。
「名前かぁ……」
「マナってのはどうだ?」
「マナ?」
「何かの話で、万物の源みたいな感じで世界全体にある物だったような気がする。
精霊って世界全体に広がる物だろ?
だから、マナ」
「世界に広がる……いいねそれ。
マナで行こう!」
ノリが軽い気がするが……。
その言葉を発した後、マナに何か力が備わったような気がした。
そんな俺の様子に、
「あら、気付いた?
精霊の名は自分の性質を表す。
『万物の源』の『マナ』という名を付けてくれたおかげで、万物に介入する力を得たみたい」
とホットケーキを食べながらマナは言う。
「要は、バケモノになったわけだな」
「バケモノとは失礼な!」
マナは口からホットケーキの塊を飛ばしながら反論した。
「汚いだろ」
「私が居れば、何でもできるわよ?
あなたが言わないと無理だけど……」
「ああ、俺の言葉が発動のキーになるのか……。
勝手にいろいろできる訳じゃないのならいい。
『どうしても』って時だけでいいよ」
「欲が無いのねぇ。
普通は私級の精霊と契約ができたら、大喜びするもんなんだけど……」
そう言うと再びホットケーキを食べ始めた。
食べ終わった皿を見て、
「あと、もう一つ……。
おやつを貰えるようにしてくれると……」
モジモジしながらマナは言った。
その後、契約書に、マナへ一日一回のおやつが追加されることになる。
「お前、目に見えるようになれない?」
「できるわよ?」
パッと現れた、空中に浮かぶ半裸の女性を見て驚くフィナとベルタ。
確かに何もいないはずの場所のホットケーキが消えていくのをビクビクしていたな……。
「はい、この人が精霊王女らしいです。
俺と契約したので、この家で暮らします」
二人は驚きが収まると、
「ああ、マサヨシ様なら仕方ないですね」
「マサヨシ様だからなぁ……仕方ないか」
と、口々に言った。
俺の扱いって……。
マールはと言うと、マナを拝んでいた。
そして、マナの気配に気づいたクリスが調理場にやってくると、
「正座」
と言う。
その後に結構な間があり、
「何でこんな高位の精霊が居るの!」
とか、
「どうやって契約したの!」
とか、延々問い詰められた。
何故かスプーンを持ってプリンを食べながらだったのは気になったが、それは言ったら話が長引きそうだったので言わなかった。
「あなたでも怖い者は居るのね」
とマナが言う。
「女に弱ければこんなものだと思うよ」
「我が主ながら情けない……」
「いや、俺ってこんなもんだから……」
マナは説教を食らっている俺を見て呆れているようだった。
結局、マナは俺の体内に常駐するようになる。
理由は「魔力に満ちているから落ち着く」ということらしい。
こうして、俺の周りにバケモノがまた一人……。
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