第35話 あると思ったものが無いと焦ります。
翼端より雲を引き、リードラが高速で飛ぶ。
「主よ、山が見えてきたのじゃ。
我が巣にもうすぐ着くぞ!」
目の前に槍のように尖った山が幾重にも並んでいた。
リードラは急上昇すると、その中の一番高い山に向かう。
正面に洞窟の入口?
ああ、あれがリードラの家の入口か……。
入口の前だけ広い踊り場のような場所があり、リードラはそこに滑るように降り立った。
そのままリードラが伏せの体勢になると、俺達は背を降りる。
「ここがリードラの家?」
俺は大きな入り口を見上げた。
リードラなど簡単に飲み込みそうな洞窟の入口。
「ああ、我の家じゃ。
そして母様の墓地」
リードラは中に入ろうとして立ち止まった。
しかし、怪訝そうな顔をして入口の壁を見るリードラ。
「なぜじゃ?
結界が破れておる」
「結界?」
「さすがに我がおらぬ間、誰かに入られては困るからの。
魔物や人が入れぬように結界で入口を塞いでおったのだ」
「お前がここを出てからどのぐらいになるんだ?」
と聞くと、
「百年近くになるはず。
しかし、その程度の期間で結界が破れることは無い。
何らかの別の力で破られたとしか思えん」
と、リードラは言った。
「気配が変わって山にリードラが居ないって気付かれたのかもしれないな」
俺の言葉に、リードラは何かに気付いたのか目を見開く。
そして、
「母様の魔力が感じられん」
と言うと、ドラゴンのまま体を引きずりながら急いで中に入った。
俺もそれに続く。
リードラが壁をさわると、照明で明るくなった。
直径百メートルは有ろうかというドームが現れたが、そこはがらんとしたただの空間だった。
聞いていた嫁さんの遺体など無い。
「遺体は?」
俺はリードラに聞く。
リードラは何もない空間を見て、唖然としていた。
そして、
「母様の遺体が無い。
無いのだーーーー!」
と、リードラが叫び、暴れだす。。
三十メートルは有ろうかと言うドラゴンが立ち上がり、大きな口を開けて叫ぶ様はちょっとした怪獣映画だ。
声が反響する。
「百年も経てば、ドラゴンとはいえ朽ちてなくなるんじゃないのか?」
俺が大声で問うと、
「そんなはずはない!
ドラゴンは元々魔力が高い生物。
魔力に守られ、死んでもなかなか朽ちないのだ。
何で!
どうしてこんなことになっている!」
地団駄を踏んで、リードラは悔しさを表に出した。
「リードラ落ち着け!」
俺が声をかけると、リードラがふーっと息を吐く。
「主よすまぬ。
取り乱した」
「有るはずのものが無くて焦る気持ちもわかる。
とりあえず巣を荒らされたってことでいいんだな?」
「そうだ。
しかし、あの大きな母様をどうやってここから持ち出したのか……」
解せないのか首をひねる。
ふと足下を見ると地面に何か書いてることに気づいた。
この文字みたいなのは何だ?
クリスやリードラ、アイナの隷属の紋章に書いてあった文字に似ているが……。
俺は、
「リードラ、これは?」
と、指差して聞いた。
「魔法陣……。
まさか、転移?」
「転移魔法が使える奴が居るのか?」
「主も使えるのだ、居てもおかしくないとは思う。
しかし本来、転移魔法は膨大な魔力を使う魔法。
主が使えるのは、その膨大な魔力のお陰と考える。
並みの魔法使いでは無理だ。
もし、人が転移魔法を使うというのなら、膨大な魔力を賄うために、何十人もの魔法使いが同時に魔力を使い、魔法陣を起動して使う魔法だ。
母様の大きな体を転移させようとしたら百人単位ではないだろうか?
しかし人はここまで来れまい。
では何者?」
「ちなみにあいつはどのくらいの大きさ?」
「我の倍ぐらいじゃったかな……」
おっと、六十メートルってすごいな。
「転移先の特定はできるのか?」
「この魔法陣を読めればわかるはずだが、我には読めない」
俺も魔法陣自体は読めなかったが、俺はレーダーで「嫁さん」を表示させると、レーダーの端に光点が浮かぶ。
「リードラ、見つかったぞ」
「えっ?」
驚いて俺を見るリードラ。
「今のところ方向だけだがな。
お前が居ればすぐに行けるだろ」
俺はリードラを見上げていった。
「ああ、そうだ、我と主がおればなんとかなる」
気が落ち着いたのか口角を上げるリードラ。
「さあ連れて行ってもらおうか、『嫁さん』が居る場所へ」
俺はリードラの背に乗り、嫁さんを目指して空へに飛び出すのだった。
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