第173話 別の両親へ。
ヒヨーナがマールの故郷であることは最近知った。
そして、俺はマールと二人で歩いていた。
マールは俺と腕を組み歩いていたが、少々不安らしく、
「マサヨシ様、本当に私の家に行くのですか?」
と聞いてくる。
「ああ、ご両親に挨拶ぐらいはしておかないとな」
マールはあまり自分の家には行きたくないようだ。
そう言えば
「私はメイドになりたくて両親の反対を振り切ってヒヨーナの街を出ましたから……」
と言っていたのを覚えている。
行きたくないというか帰り辛いんだろうな。
俺はマールについてマールの実家に向かう。
一応嫌がってはいたが、マールの実家には連れてきてくれたようだ。
マールの実家はレンガ造りのアパートの三階だった。
ノックをするマール。
「はーい。どなた?」
女性の声が聞こえると、マールによく似たダークエルフの女性が扉を開けて出てきた。親子というよりは姉妹に見える
クリスの両親でわかってはいたが、エルフって若く見えるんだなぁ。
何歳だ?
「ただいま、母さん」
「えっ、マールどうしたの? 何があった?」
連絡なしで急に戻ってきた娘を見て心配したのだろう。
「会って欲しい人が居て……」
マールの後ろに立つ俺を見るマールの母さん。
「この人は?」
「私の夫になる人」
その言葉を聞いて何のために来たのか理解したようだ。
「そう……とにかく中に入りなさい」
マールの母さんに導かれ俺とマールは家の中に入った。
「お父さん、マールが帰ってきましたよ」
奥の部屋に向かって声をかけた。
「なに? マールが?」
相当焦っているのか、椅子を勢いよく引く音と立ち上がる際にテーブルにでもぶつけたのかガタンという音がする。
「結婚の約束をしたという男性も連れてきましたよ」
「男だと!」
ドタドタと奥の部屋からマールの父親らしきダークエルフが現れる。
エルフってイケメンだねぇ……。
見た目はこっちの俺とそんなに年齢は変わらないような気もするが、結構歳は取ってるんだろうなぁ。
そしてマールの前に立った父親は、
「マール、なりたかったメイドはなれたのか?」
とぶっきらぼうにマールに聞いた。
「はい、このマサヨシ様のメイドをしています」
俺はマールの父親と目が合い、軽く会釈をする。
「あなたは?」
マールの父親は俺に聞いてきた。
「初めましてマサヨシ・マットソンと言います。
オースプリング王国で伯爵であり、現在マールの主人をさせてもらってます」
「伯爵様がわざわざ……。
私はマールの父親エドガーです。こっちが私の妻モーラ」
お互いに自己紹介をする。
その後、エドガーさんは何かに気付いたのか俺をじっとみると、
「なっ、その気配は精霊?
人が精霊を従えるとは……」
と驚いた声で言った。
「旦那様は人型の高位の精霊を従えています」
マールが俺の説明をする。
「そんな高位な精霊を従える大層な方がなぜマールと?
マールは大層な精霊など従えておりませんが?」
そういや精霊を従えるということはエルフにとって重要なことだと言っていたな。
「マールはメイドとしても優秀ですし頼りになります。
精霊有り無しじゃないんですよ。
暮らしているうちにマールと一緒になりたいと思ったわけです。
幸いにもマールも同じように思っていたようなので、婚約をし、ここに報告に来た次第です」
すると、エドガーさんは、
「そうですか……マールは私の言うことも聞かず『メイドになる!』と言って出ていった娘です。
既にこの家を勘当した身です。
婚約だろうが結婚だろうが好きにしていただいて結構です」
と語気強く吐き捨てるように言う。
マールも顔をしかめた。こうなると思っていたのかもしれない。
しかし一呼吸置くと一転して声色が優しいものに変わり、
「ただできるのならば幸せにしてやって欲しい!
勘当したとはいえ一人娘です。
私が百二十年生き、やっと二人に授かった娘です。
ですから……ですから……どうかよろしくお願いします」
涙を流しながら縋るように頭を下げるエドガーさん。
それを見て、マールも泣いていた。
「はい、マールを幸せにします」
俺も宣言するのだった。
長命種であるエルフは子供がなかなかできないと聞く。
だから子供ができた時はマールの父親がすごく喜んだと言うことだ。
それも一人娘……こんだけ可愛ければ仕方ないか。
結局マールを勘当した後も、エドガーさんはマールの事を気にしていたらしい。
クリスに聞いていた言葉で気になったことがある。
「エルフは純血を重んじると聞いたことがあります。
私とマールの子はハーフエルフになりますが問題は無いのですか?」
マールの母親に聞いてみた。
「純血? そんなことを言っているのは白エルフぐらいじゃないかしら」
あれ?
「白エルフ?」
俺はモーラさんに聞いてみた。
「白い肌のエルフね。人族達が普通にエルフと呼んでいる者たちのこと」
「ああ、そういう意味ですか」
「すでにこの街にも人族、魔族、獣人が入っています。
そしてエルフとの混血の子供も居るのですよ?
それを白い目で見るのはいつも白エルフ」
「お母さん。そんなことは今言わなくても……」
マールが続きを遮った。
「えっああ、ごめんなさい。
で、もうしたんでしょ? あなた達の子供はいつ頃?
楽しみね」
やばっ、そっちの話になるのね……。
「お母さん、もうやめて、恥ずかしいじゃない!」
「そうね、私たちも五十年かかったしね。
でもマサヨシさんは人族でしょ?
早くしないと種がなくなっちゃう」
「もう……」
恥ずかしくなったのか真っ赤になって俯くマール。
このグイグイ感は年齢を経た女性を感じさせる。俗に言う「おばちゃん」だね。
その後、暫く俺たちはマールの両親とマールの小さなころなどの話をした後、実家を後にした。
ヒヨーナの街をしばらく歩くと、
「マサヨシ様、ありがとうございました」
少し後ろからマールの声がした。
「ん?
何が?」
俺は歩きながら返事をする。
「強引にでも実家に向かわせてくれたことです」
「ああ、その事か。
気にしなくていいよ。
俺の自己満足で挨拶しておきたかっただけだ。
結果門前払いもあったかもしれない」
「でも、私が仲直りができたのはマサヨシ様のお陰です。
あなたに従う精霊の……」
「マール、それは違うよ?
君の両親が勘当したとはいえ君を心配していたからだ。
オヤジさんの涙を見ただろ?
俺と一緒に行かなくても仲直りはできたんじゃないかな?
俺はきっかけを作っただけ。だから『俺に言われてたまたま実家に行ったらうまくいった』で良いんじゃないのか?」
「『たまたま』ですか?」
「ああ、『たまたま』だ。だから気にするな」
「でも、私は感謝しますね。旦那様がきっかけを作ってくれたのですから」
「はいはい、勝手にしろ」
俺はそのまま歩き続ける。
「…………」
少し後ろを歩いていたマールが俺の右横に来て手を出そうとしたり引っ込めたりしていた……。
いいのかダメなのか迷っている様子だ。
「ほい」
俺は右腕を差し出す。
マールが俺の目を見て嬉しそうに腕に抱きつくと体を預けてきた。
当たりだったか……。
「時間は有る。どっか行くか?」
「いいのですか?」
「たまにはな。
二人っきりで動くのも滅多にないだろう?
ただ、ここら辺は知らないからマール任せだが」
「はい、お任せください」
この日、俺はマールに引っぱられていろいろ見て回った。