第172話 ママさん(ばあば)襲来。
「お母様!」
「ごめんねぇ、アレックスちゃん。
せっかく顔を見せに来たのに、おじいちゃんが変な話をするから……。
あーん、可愛い!」
一直線にアレックスに近づくと抱き上げる女性。
びっくりするのかと思えば、
「だー、あー、うー」
と笑いながら女性の頬を触る。
「私がわかるのかしら?
よく笑う」
あいつ、女性ばっかりに笑うんだよなぁ……。
「黒髪なのね。
ハーフエルフとはいえ黒髪は珍しい。
物語に出てきそう。
この国の創始者は黒髪のハーフエルフだったのよ。
表立っては言えないけどね」
「えっ」
クリスが驚いていた。
「知らないのも無理ないわね。
記録されているのは王族しか入れない書庫。
勉強嫌いのあなたが一番嫌いな部屋だったし」
「そっそんなことないわよ」
クリスが否定するが、その通りなのだろうな。
「私もクリスティーナ以来四十数年ぶりに赤子を抱いたわ。
赤子独特のいい匂い。
あなた、そんなしかめっ面してないで、アレックスを抱けば?
テロフの手紙でクリスティーナが生まれた子を連れて帰ることを知って、いろいろ買って準備してたくせに」
言われると困ることだったのか「ゴホン」と咳払いをするメイナード王。
「ヒルデガルド、まずは抱かせてくれんか?」
「仕方ないわね、少しだけよ」
クリスの母親……ヒルデガルド様はアレックスを抱きメイナード王の下へ連れて行く。
そして、メイナード王はアレックスを受け取り、抱き上げた。
「よう来たのう。
儂がお前の祖父のメイナード・オーベリソンだ。
一応、王をやっておる……」
反応の薄いアレックスに話しかけるメイナード王。
しばらくすると、キョトンとした顔をしていたアレックスがいきむ顔になる。
あっ、やばい。
俺は魔法を使った。
布オムツから下流に水分が行かないようにする。
ついでに臭いもシャットアウトした。
「王よ、アレックスのオムツに異変が起こっております。
交換させていただけないでしょうか?」
「おうおう、それは一大事だ」
王は自ら立ち上がり、アレックスを連れてきた。
「しかし、当主自らオムツを替えるのか?」
「そうですね。
私は元々冒険者ですから、何でもします。
まあ、貴族らしい貴族ではないでしょうね」
俺はそう言いながら布のオムツをさっさと変え、俺のところに来たヒルデガルド様に渡した。
「王は何もしませんでしたね」
ヒルデガルド様がメイナード王に言う。
「仕方あるまい?
王には王の仕事がある。
お前だって、コニーの母親に頼りきりだったではないか?」
メイナード王は言い返す。
「コニーの母親って?」
「私の乳母。
だから、私はコニーを知ってるの。
コニーの乳離れする時に乳母になってもらったんだから」
そういうことね。
少々の言い争いで話しが終わり、アレックスのために準備されていた部屋へ行く。
そこにはベビーベッドがあり、読み聞かせ用の絵本、そしておもちゃが置いてあった。
「まだ早いわよ!」
クリスが言うが、悪い気はしていないようだ。
王とヒルデガルド様、クリスは二十年ぶりにワイワイと話をしていた。
三人の様子を見ていると、メイナード王が俺に近寄り、
「私でさえ子を成すのに四十年かかった。
何かコツはあるのか?」
と聞いてくる。
見た目とは裏腹にいい年齢らしい。
「クリスティーナの弟か妹を作る訳ですか?」
「違う、後継ぎであるエドガー夫婦に子ができないのだ。
結婚してから既に七十年は経っているというのに」
「そうですねコツというものかどうかはわかりませんが、私の場合はクリスティーナの月経の周期を確認し、その真ん中あたりを狙いました」
まあクリスの場合、見ていればわかる。
人の三倍ぐらいだろうか……。
種族ごとの周期があり、長寿種ほど周期が長い傾向があった。
「その辺は、我々のほうからエドガー夫妻にそれとなく伝えたほうがいいでしょうね」
「頼む」
後継ぎと言うのはやはり重要らしい。
「しかし、城の者が騒いでいたが、マサヨシ殿の仕業か?」
メイナード王は俺をマサヨシ殿と言うようになっていた。
「ええ、貴族は見栄え重視と聞いていましたから、従魔を連れてまいりました。
ケルベロスを筆頭とした部隊と神龍です」
「それらが暴れれば、我が王宮など吹き飛ぶな。
ということは、マサヨシ殿にそれを超える力があると言う事。
儂は争いたくはないな」
「それは私だってそうです。
義理の父親と争う気などありません。
仲良くしていただけると嬉しいですね」
「うむ。
こちらこそよろしく頼む」
「それと、クリスティーナの廃嫡をお願いします」
「ああ、それは考えている。
マサヨシ殿と子を設けた時点で無理だろう。
その辺は、後に周りへ通達しておこう」
これでほぼ目的達成?
普通の「じいじ」と「ばあば」で良かったです。
こうして、俺とアレックスの顔見せは終わった……はずだった。
しかしものすごい勢いでヒルデガルド様が近寄ってくる。
その勢いに俺が引いていると、
「マサヨシさん、あなた転移の扉を作ることができるんですって?
それがあると、アレックスに会えると聞いたわ」
と言ってきた。
クリスがヒルデガルド様にポロリと漏らしてしまったらしい。
【ごめん】というクリスの念話が入ってくる。
「まあ、作ることはできますね」
「だったら、今作りなさい!」
孫に会いたい一心ってやつかね。
「はあ、わかりました。
ただし、諜報、戦争などに使わないでくださいね」
「そんなものに使うはずがないじゃない。
私はアレックスちゃんに会いたいの」
ならいいか……。
俺は適当な扉を出して、アレックス用の部屋とオウルの玄関を繋いだ。
そして、ヒルデガルド様だけに使用者登録をする。
「これで、使えます」
「わかったわ。
明日にでも行くから」
【クリス、お前ヒルデガルド様担当な】
【えっ】
嫌な顔をするクリスだった。
クリスと俺がアレックスの顔見世でエドガー夫妻の部屋に行ったとき、夫婦の会話に持ち込み、エドガー夫妻にコツを漏らした。
まあ、上手くいくとは限らないがね……。
しかし、このあと二年ほどで、エドガー夫妻に後継ぎ娘が生まれる。
王家の秘術とするそうな……。
ヒルデガルド様は毎日のようにオウルの屋敷へ来るようになった。
「ここに来たらアレックスも居る。
美味しい食事も食べられる。
さらには甘いデザートまで。
ストルマンに帰りたくなくなってしまうわ」
とのこと。
理由はアレックスに会いに来るため……だけでなく食事とデザートにもあるらしい。
「毎日毎日アレックスに会いに来て、食事して帰って、王妃としての公務は?」
「代わりにエドガーがするから大丈夫」
押し付けられるエドガーさん。
「何が大丈夫なのよ!
お母さまが来たら、この家の皆の気が引けるでしょ?」
「そうそんなこと言ったって、マリエッタも来てるじゃない。
アレックスちゃんも私に会いたいわよねー!」
アレックスは空気を読んだのか、
「だうー」
と言って笑った。
ヒルデガルド様とマリエッタ様は年齢も近く公務で会うことも多かったらしく、仲も良く名前で呼ぶ関係らしい。
「そりゃマリエッタ様も来てるけど……」
ヒルデガルド様の勢いに押されるクリス。
「この屋敷にはクリスティーナだけでなく、マサヨシさんの精霊が五体。
ハニービーとシルクワームでしたっけ?
これだけの戦力が居る屋敷が襲われるとは思いません。
あなたにアイナちゃん、メイドのマールさんもダンジョンを攻略するほどの手練れ。
リードラ様でしたっけ?
あの神龍も人化して居るのです。
安心して、この屋敷に居られます。
王城よりも警戒は厳重なのではない?」
「そうかもしれないけど、こう毎日じゃね……」
愚痴を言うクリスではあるが、追及回避しようとしたのか、
「そう言えば、マリエッタと話をしたんだけど、孤児院の教師を探しているんでしょ?
私にもやらせてもらえないかしら。
私は一般教養もできるし、裁縫もできるわよ?
後々アレックスちゃんも入学するなら一緒に居られるし……どう?」
「どうと言われても……」
俺を見るクリス。
【あなた、断ってよ】
【無理だろう】
仕方ないので、
「わかりました、今のところ義母さんが手配した教師で足りておりますので、孤児院の生徒が増えて教師が足りなくなったらお願いします」
そう言って時間を稼ぐのだった。
読んでいただきありがとうございます。