第169話 さあ、ヒヨーナへ
朝、薄明るくなった時、ガサリと森の中から音がした。
「ん?お前らか」
スンスンと俺の匂いを嗅ぐわんこ部隊。
「エサは足りてるか?」
ケルからの魔力供給で食べる必要はないとは聞いていたが、俺の周りで光っているのを見ると、魔力を補給しているようだ。
集まったわんこ部隊たちの頭を撫でていると、少女が目を覚ました。
「キャッ」
その声に騎士たちも目を覚ます。
あと、ずっと寝ていた執事風の男も。
「何事!」
隊長が俺に言った。
「ああ、昨夜も言いましたが、私の護衛です。
周囲に魔物が居ないことを確認してこちらに来たようですね。
丁度良かった。
皆が起きたのなら、馬車を何とかしましょうか」
俺はひっくり返った馬車に近づくと、軽く持ち上げてみる。
「ギシリ」と音がするが、馬車自体は何とかなるようだ。
俺は、勢いをつけて馬車を起こした。
「「バケモノだ……」」
と言う騎士たち。
「失礼なことを言ってはいけません!
あの方は私たちのために馬車を起こしてくれたのです。
いくらバケモノじみた力を持っていると言っても、それを口に出してはいけません!」
気を使ってくれているのか?
なんか、バケモノを肯定されているような気もするが……。
「馬は俺の物を使います。
力は普通の馬の比じゃないので問題は有りません。
馬具も何とかなるでしょう。
その代わり、俺が御者をしますけどね」
「畏まりました」
少女が言った。
「護衛には私の魔物の部隊も付けます。
悪いんですが隊長さんたちは歩きですね」
すると、オルトロスが胸を張って俺の前に出てきた。
「運べるって?」
コクリとオルトロスが頷く。
「こいつらは騎士を背に乗せてもいいと言っていますが?」
騎士たちは微妙な顔をして苦笑いをしていた。
騎士が魔物に乗っていたなどと言う風聞が出てもいけないか……。
朝食をとると、俺が御者になり馬車をゆっくり出発させる。
その周囲を歩く騎士が五人。
その周りをわんこ部隊が護衛する。
昼になる前にはヒヨーナの中に入ることができた。
わんこ部隊も中に入れる。
一応二部隊分、二十二枚の従魔証を追加で作ってある。
冒険者ギルドの職員には顏と名前など一致しない。
だから、オルトロス一頭、フォレストウルフ十頭分の従魔証を二セット作ってあるのだ。
「さて、お嬢さん。
エレーナ様でしたっけ?
どちらに向かえばよろしいですか?」
「領主の館にお願いします」
フラグは立っていたか……。
あとは、回避できるかどうかだねぇ。
俺は領主の館に向かう。
指示通りに進むと、大きな建物が見えてきた。
森があり魔物が多いせいか、周囲を囲む壁も高い。
騎士たちが門番に話し、そのまま中に入ると、既に先触れがされていたのか、エルフの男性が立っていた。
イケメンだよなぁ。
純日本風の俺の顔とは違う。
馬車からエレーナ嬢が降りてくると、
「エレーナ!
よく無事で帰ってきた!
昨日中には帰るはずだったのに、帰ってこない。
心配したのだぞ!」
と、イケメンは抱き付いた。
俺も娘にはあんな風になるのかね?
などと思っていると、
「お父様、あそこにいらっしゃるのはオースプリング王国のマットソン伯爵です。
お忍びでの旅の途中、私たちを助けてくれたのです。
騎士たちや私の治療もしていただきました」
エレーナ嬢は俺を見て言った。
「これはこれは、マットソン殿」
「私はダニエル・アスペル子爵。
この地を治めている。
この度は我が娘の危機を助けていただきありがとうございます」
「御者の真似事をしていたため、高い位置から申し訳ありません。
忍びでの旅の途中です。
そんなに堅苦しくしなくても結構ですよ。
私の仕事はこれで終わりましたから、失礼したいかと……」
まあ、そうは言ったものの、ダニエル子爵も娘を助けた伯爵を何のもてなしもせず返すという訳にはいかないだろうな。
「そういう訳にはいきません。
この屋敷に一泊なりともお泊り頂けないでしょうか?」
「わかりました。
一日ゆっくりさせていただきます」
こうして俺は客人になる。
とはいえ居づらい。
芝生に寝ころび、わんこ部隊の真ん中でオルトロスの腹をモフりながら横になっていた。
触られたオルトロスの顔がトロンとしている。
魔力のせいか何かわからないが、わんこ部隊は俺がお腹を撫でるとリラックスするのだ。
ついでに日向ぼっこする。
そんな時汚れた服を着替えたエレーナ嬢が俺の前に現れた。
「あのー」
「ん?
なにか?」
俺は寝ころんだままエレーナ嬢を見る。
「わっ、私が触っても?」
期待に満ちた目でエレーナ嬢は俺を見た。
ああ、モフりたいのか。
「いいですよ」
エレーナ嬢は大きなオルトロスの腹に抱き付くと、頬を摺り寄せた。
エレーナ嬢の三倍はあるオルトロス。
爪などは五センチほどの長さがある。
この魔物に抱き付くとはね。
困ったような顔をするオルトロス。
俺は少し手に魔力を纏わせてオルトロスの首元を撫でてやった。
ちょっと我慢しような。
と言う感じ。
仕方ないと思ったのか、オルトロスは自分の足の上に頭を置くと目を瞑った。
見ている間にエレーナ嬢は眠り始める。
エレーナ嬢の頭を撫でようかと思ったが、ふと視線を感じた。
草陰から覗くダニエル子爵。
「ダニエル子爵、何をやってるのですか?」
「えっ、ああ。
マットソン卿に婚約者は?」
その話が来るかぁ……。
「知らない間ですが結構な数が居ます。
八人ですね。
養子に入って成り上がった私ですが、皆が助けてくれています」
「増やすことは?
エレーナが初めて男性に興味を持ちました。
そして、あなたと一緒に居たいと言いました。
私はあなたの事を知っている。
剣と魔法を操りドラゴンを従えて国を守るドラゴンライダー。
伯爵とはいえ、侯爵並みの領土を持ち、多角的な開発を続ける。
あなたの国だけではなく、私の国でも縁を持ちたい」
ダニエル子爵は一つため息をつくと、
「あなたに興味を持ったと娘から聞いたとき、私は嬉しく思った。
娘が魔物に襲われ、あなたとの縁を作って帰ってきたと聞いたとき、喜んでしまった。
可愛い娘ががあなたの傍に行くのを止められなかった。
情けない親です」
家を守るって大変だろうなぁ。
俺もあまり気にしていなかったが……。
「それが貴族なのでしょう?
家を守り、家を大きくすることを考える。
私の義理の父は親戚の子供に手紙を書き、養子にしてでも家を残そうとしていました。
だから、あなたの考えは当主としては正しいんじゃないでしょうか?」
「人としては?」
「さあ?
でも家を守るのも人がすることでは?
生まれる家を選べません。
生まれた家のしきたりに沿って伴侶を選ぶ。
自由を持つ者同士は自由に。
力を持つ者同士はその力を大きくするために。
人って言っても人の立場はそれぞれですから」
「では、あなたはエレーナを貰ってくれると?」
期待の目でダニエル子爵は俺を見た。
「何でその話になるのかはわかりません」
ヤレヤレと俺は手を広げた。
「娘があなたを好いている。
オースプリング王国への影響力を得る。。
一石二鳥です」
それはそっちの都合。
「私の利点は?」
俺は聞いてみた。
「エルフ側への影響力でしょうか?」
爆発的な影響力を持っていそうな王女らしくない王女が居るんだがなぁ。
「その程度ならば、私も家を守るために断ります」
「仮にもこの街を預かる子爵です。
影響力はあるかと?」
「クリスティーナ・オーベリソンと言う女性を知っていますか?」
「当然です。
我が国の王女ではありませんか!
行方不明と聞いています」
おっと、知らないのか……。
国ではかん口令が敷かれているのかね。
知っているのは一部……。
「私はその女性の婚約者であり、既に子供も居ます。
まあ、王には認められてはいませんが……。
これ以上の影響力をお持ちでしたら、あなたの娘を婚約者として迎え入れましょう」
顔をしかめるダニエル子爵
結構な爆弾発言だと思う。
まあ、そのうちバレるのだから……。
「今はこう言っても、私はオースプリング王国の貴族です。
王命であれば、あなたの娘を婚約者とすることは厭いません」
じっと何かを考えていたダニエル子爵。
「でしたら、そのご子息に我が娘を」
転んでもただで起きないな。
夜になり、ベッドで横になると、ネグリジェ姿のエレーナ嬢が現れる。
ベッドで添い寝して欲しいという申し出。
仕方ないのでベッドに寝かせ、俺はベッドの縁に座って、トントンと肩を叩いていると寝始めた。
既成事実は嫌なので、収納カバンの中から毛布を出すと、俺はソファーで眠った。
「もうやめましょう」
扉の向こう側に居るダニエル子爵に声をかける。
「もし、私があなたの娘を妻に貰うとしても、今のあなたのような親を相手にするのは嫌です。
そして、いくら私をこの子が好いていると言ってもまだ子供。
別に良い男性が出てくる可能性もあります。
縁があるのなら、また出会うこともあるでしょう。
これ以上の話はその時と言うことで」
俺は荷物をまとめると、庭に出る。
扉を出し、オルトロスたちをリエクサに戻し、そのあと俺とアインは扉でオウルに帰った。
何かあの子を出しにされるのもな。
気になっているのだろうが、気にしない。
何かフラグを立てた気もする。
回収されるかされないか。
どうなるのやら。
アインを馬小屋に入れると、俺は屋敷の自分の部屋で眠るのだった。
読んでいただきありがとうございます。