第146話 オルトロスの出産。
ケルの住処で過ごした次の日の夜。
ガサガサという音で目が覚める。
オルトロスは既に準備してある柔らかそうな草の上でグルグルとまわっていた。
ケルの妻であるオルトロスが産気づいたようだ。
結構な時間が経つのだがケルの妻であるオルトロスはなかなか子が出てこない。
時間が経つにつれ、オルトロスの息が荒くなっていく。
頭が出てきていない。
小さな足が見える。
逆子か?
「大丈夫でしょうか?」
心配そうなイングリッド。
「それはわからないな。
出産の際に死ぬときもあるからね」
体力的にしんどいかなぁ……。
このままではよろしくない。
んー、できるかどうかさえ分からんが……。
「ケル、手を出していいか?」
ケルに声をかけた。
【主にお任せします。
私にはどうもできません】
期待の目で俺を見るケル。
期待に答えられればいいが……。
俺は腕を産道に突っ込んだ。
これかな?
足が引っかかっているのがわかる。
そのせいで産道が出られなかったようだ。
引っかかる足の方向を揃え、産道にかからないようにして、オルトロスがいきむのに合わせ引き抜くと、だらりとオルトロスの子が出てきた。
しかし、力が無い。
泣かない。
動かない。
最初に泣くことで呼吸を始めるはず。
オルトロスの鼻に詰まった羊水を右、左と口で吸いだす。
そして軽く体を叩いてみると、
「ウニャー」
と泣き出した。
「ふう、何とかなったかな?」
ペロペロと母親がこの体を舐める。
ヨチヨチと母親の乳に吸い付いた。
とりあえず左側の頭で吸い付いている。
一頭目が抜けると、次々と出てくる。
全部で四頭居た。
右か左の頭で乳を吸っていた。
徐々に毛が乾きフワフワになる。
利き腕ならぬ利き頭?
何にしろ赤ちゃんは可愛い。
そんな事を考えていると、
「マサヨシ様、凄いです」
「ご主人様、さすがです」
イングリッドとマールが俺に抱き付いてきた。
「ダメだろう?
俺の体は羊水と血に塗れているんだからな」
本当に上半身はべとべとである。
イングリッドとマールの寝間着も汚れていた。
「それでもです」
「わたしもです」
それでも二人は離れない。
そんな俺たちをリードラは笑いながら見ていた。
こりゃ、風呂案件だな。
マナに浴槽を作ってもらわねば……。
「旦那様、それにしても、なぜ知っていたのですか?」
よくある生命の神秘的なテレビで牛の出産を見た時、たまたま逆子だった。
ただそれだけ。
実際はひやひやである。
「ん?
ああ、何となくな。
本来は頭から出てくるはずの子供の体が足から出たみたい。
それで引っかかったんだろう。
体の大きなオルトロスだったから産道に手を入れることは可能だったが、人間には使えない技だね」
下手に例の手術の事を言ったら変なフラグが立ちそうなのでやめた。
マナに風呂を作ってもらい、湯を張って風呂に入る。
誰かに覗かれる心配もないので壁はない。
再びの星見風呂。
汚れた体を洗うと湯船に入った。
面イチまで張った湯がザバーっとあふれる。
いつも通り湯船の縁に頭を置いて空を見上げた。
すると、目の前に巨大な三つの顔。
そして、
【主よありがとうございました】
とケルの声が聞こえる。
「ん?
良かったな。
みんな元気そうだ」
「ニイニイ」と母親に甘える声が聞こえる。
【主が居なければ助かりませんでした】
「知らなきゃ助けられなかった。
だから、たまたまだ。
それに、俺は素人だから、助けられるとは限らなかった。
だから、最初に生まれた子とお前の奥さんに生き運があったんだよ」
【それでもです。
ありがとうございました。
私はあなたに付いて行きます。
私たちの群れの中にもオルトロスが増え、周囲の魔物に負けることは無いでしょう】
「ケルが居なくなったら、その次に強い奴が群れを乗っ取ったりしないかね?」
【心配ありません。
この群れで私の次に強いのは、我が妻ですから】
ケルの口角が上がった。
どこの家も女性が強いようです。
こうしてケルはイングリッドの帰宅に付き合うことになる。
ケルが俺の傍で丸まっている。
俺は再び星を見る。
夏なら、白鳥座、鷲座、琴座だったっけ?
大三角形があるんだろうけど、まあ、そんなものは全然ないな。
今更だが、改めて異世界にいる事を感じる。
まあ、あいつらが居る時点で異世界なんだがね。
見ると、リードラ、マール、イングリッドが服を脱いで湯船に近づいてくるところだった。
読んでいただきありがとうございます。