第139話 イングリッドのイタズラ。
アインにクラーラを乗せ、ボルタオの冒険者ギルドに向かう。
アインを繋ぎ、冒険者ギルドの中に入った。
よそ者が来たという雰囲気。
連れている見た目が少女。
姉弟でも来たのかと言う感じだろうか。
俺は依頼の掲示板を確認する。
やっぱりあったね。
盗賊団の討伐。
俺は依頼証を引きちぎると、受付けを行った。
そして、宿屋の紹介を頼む。
宿などの裁量は俺に任されていた。
当然、街で最高級の宿屋である。
暁の光星亭という宿屋を紹介された。
まあ、最悪オウルの屋敷に戻るって手もあるしね。
宿の前に行くと、オウルの屋敷並みに大きい。
馬車を置く広い停車場があった。
暁の光星亭で人数分の予約を取ろうとすると、
「十二人用の大部屋が一つになりますがよろしいですか?
ワンフロアすべてを使う部屋になります。
メイドが控える五人部屋が一つに、王や貴族の当主用の大きめのベッドが一つ。
そして、個室が五つ……よろしいでしょうか?」
店主が言った。
「それでいいよ。
代金は?」
「一泊金貨五枚です」
まあ、こんなもんなのだろう。
俺は金貨を払う。
「すげえ……」
簡単に金貨を払う俺を見てクラーラが驚いていた。
再び馬上の人となったクラーラ。
「どうするんだ?」
「ん?盗賊を冒険者ギルドに引き渡す。
俺は冒険者だからね」
「あんた、もしかして貴族なのにお金が無いのかい?」
「無いことはない。
ただ、盗賊ってのは倒すと金になるからね。
あったほうがいいだろ?」
「それはそうだけど」
人影のない路地に着くと俺は扉を出してイングリッドの元へ戻る。
扉から出ると、アインの背にクラーラが居ることに違和感を持ったのか、
「ご主人様、クラーラ様はどうなさったのですか?
クラーラ様のお父様に会えなかったとか?」
とマールが聞いてくる。
「いいや、クラーラのオヤジさんには会ったよ。
そして、クラーラを押し付けられた
要は『婚約者にでも愛人にでもしろ』ってことらしい。」
「クラーラはどう思っているのだ?」
今度はリードラが聞いて来た。
「顔を赤くはしていたな。
『惚れた』とか言っていた」
「バカ、言うな!」
恥ずかしいのかクラーラは頬を染める。
リードラはニヤリと笑い、
「じゃあ、仕方ないのう。
我も似たようなものだ。
結局、主も上手く断れなかったのだろ?」
と言った。
「まあ、そういう事だな。
勢いと女性には相変わらず弱い」
俺は苦笑い。
「マサヨシはどう思っておるのだ?」
「どうなんだろ……可愛いとは思うぞ。
ただ、恋愛感情になるかはわからない。
流れでそうなるかも……ってところだな」
「我もマールも流れであろ?
また、にぎやかになりそうだのう。
クラーラよ、よろしく頼む」
というと、意識せず圧倒的な胸を見せつけるリードラに、意識して胸を押さえるクラーラだった。
「さて、イングリッド。
今日はボルタオに宿をとる。
それでいいかな?」
「はい、問題ありません。
私も馬車のベッド一人寝よりは、大きなベッドで何人かで寝るほうがいいですから」
ん?
複数?
ふと気付く。
なんで、盗賊たちが整列している?
「えーっと、あと、そこに居る盗賊たちは、一緒に連れて行く。
冒険者ギルドに依頼があったから受けてきた」
「わかりました。
あなたたち、立って。」
マールが促すと「ザッ」という音と共に盗賊たちが立ち上がる。
「何があった?」
イングリッドに聞くと、
「女だと思って舐めた口を聞いた盗賊をマールさんがいたぶったんです。
マールさんは調子に乗っていた一人の盗賊の前に行ってナイフを二本取り出すと、皮一枚で傷をつけたのです。
『私だからこうですが、ご主人様が来たら知りませんよ』とにっこり笑って言っていました」
ということらしい。
ふむ……。
「マール、何でちゃんと痛めつけない?
女だからって舐めた口を利くなら殺っても良かったんだぞ?
俺だったら、一人残して殺してしまうかなぁ……」
便乗して恐怖を与えるならこんな感じかね?
ちょっと魔力多めのファイアーボールを盗賊たちの後ろに打ち込むと、小さなきのこ雲が上がる。
爆風に晒され、盗賊たちの体が揺れる。
そのきのこ雲を見た盗賊たちは、あからさまに引いていた。
「死んでしまうのとギルドで犯罪奴隷として売られるのはどっちがいい?
生きたい奴はそこに居るダークエルフの言うことを聞いてね」
俺がにっこり笑って言うと、全力で頷く盗賊たちが居た。
マールに言ってシルクワームの糸で盗賊たちを繋ぐ。
そのままデカい扉を使ってボルタオの街に近づき、マットソン家の許可証を使い門から入るのだった。
門番が「えっ、さっき通らなかった? デジャブ?」というような顔をされたが、無視をする。
先頭に見事な馬に乗ったリードラとマール。
その後ろにぞろぞろと小汚い男たちを連れた一団。
そして俺が続き、その後ろに王女仕様の見事な馬車
その後ろにお付き用の馬車。
クラーラはイングリッドの馬車に一緒に乗っていた。
「何事か?」という目で街の人たちは見ている。
先に宿の方へ行き、イングリッドとお付き、クラーラ達は中に入ってもらおうとしたのだが、
「マサヨシぃ、平民が王女と一緒に居るのは辛い」
クラーラが馬車から出てきて俺に泣き付いてくる。
「ん?
でも俺と一緒に居たいのなら、それが当たり前にならないとな。
イングリッドは非公式ながら俺の婚約者だから」
「へ?」
俺とイングリッドを何度も見るクラーラ。
信じられないのだろう。
「ちなみに、エルフの国の王女様も屋敷に居る。
あっ、アイナもそうだな。
でも、押しかけてきたのはお前だろ?
今更泣き言を言うなら出て行ってもいいが?」
意地悪なことを言ってしまったかな?
「マサヨシ様、その言い方は少しお可哀そうです。
フィナちゃんみたいに慣れれば問題ないですよ。
でもね、王女だからといって特に気にする必要はないのです。
姉妹のようにして居ればいいのです。
だから、もっと気楽にすればいいと思います」
と、イングリッドがクラーラに言った。
落ち着き具合が全然違うな。
イングリッドのほうが年下だったような……。
「ちなみに魔物も居るぞ?」
「魔物?」
「そこに居るじゃないか。
リードラは、ホーリードラゴンが人化した者だからな」
リードラがニヤリと笑う。
「ホーリードラゴンは白いドラゴン……。
白いローブに黒い服……。
まさか……」
クラーラは答えに行きついたようだ。
「今のところは黙っているように。
面倒だからね」
クラーラはコクコクと頷いた。
結局クラーラはイングリッドとお付き達と一緒に宿の中に入って行った。
俺とリードラは冒険者ギルドへ向かう。
俺たちは戦馬を繋ぎ、監視としてリードラを残して冒険者ギルドの中に入った。
白のローブと黒のスーツを着た俺と、白と黒で統一されたメイド服を着たダークエルフのマール。
よそ者認定されているのだろう、チラチラと受付嬢待ちの冒険者たちに見られていた。
さっき受付をした受付嬢が空いたので、その前に座ると、
「依頼の達成の確認をしてくれ。
盗賊たちは外に連れてきている」
と依頼証を見せる。
「えっ、あの盗賊を?
先ほど依頼を受けたばかりじゃないですか?」
「襲ってきた盗賊を仲間が捕らえたんだ。
俺は先に依頼を受けに来ていたんでね。
ちょうどタイミングが良かった。
外に連れてきているんだが……」
と適当に受付嬢に言うと、
「ちょっとお待ちを」
受付嬢はギルドの職員に声をかけると受付嬢を交代し、俺の傍に来る。
「行きましょうか」
受付嬢とギルドの外に出ると整然と並ぶ盗賊を唖然としていた。
「本当に……」
ぽつりと呟く受付嬢。
疑っていたのかね?
「ちょっと、手伝いを呼んできます」
そう言うと、受付嬢は再びギルドの中に入って行った。
一人ずつ糸を切る。
オリハルコンのハサミなどはないが、収納カバンを漁ると、オリハルコンのナイフがあったのでそれを使う。
「二十四人ですね。
首領のバンも確認できました。
間違いなく、盗賊団の討伐完了です。
だだ、この依頼を達成するともれなく領主との対面が付いてきますが……」
「そう言うのは先に言って欲しい。
護衛の仕事をしているので、依頼主に聞いてみないと……」
「おかしくないですか?
そんな依頼を受けているのなら、なぜわざわざ盗賊団の討伐などという依頼を?」
おっと、そこに気付くか。
ここは正直に話したほうがいいな。
「んー、盗賊に襲われたから依頼が出てるんじゃないかと……」
「嘘をつきましたね」
「すみません」
「まあ、こちらとしては盗賊団が居なくなれば問題は有りません。
領主との謁見もお願いできますか?」
有無を言わさない威圧の籠った笑顔が俺の前にある。
嘘をついた手前、こちらも受けるしかない。
「畏まりました」
と俺はボソリと言った。
受付嬢は更にニコリと笑い、
「時間は先ほど紹介した宿に領主の方から連絡があると思います。
お金のほうも領主から払うことになっておりますので……」
「はあ……わかりました」
結局領主との対面をすることになる。
「主よ、断っても良かったのでは?
今回はイングリッドの護衛だ。
ここの領主よりも殿下のほうが格は上ですから断れたのでは?」
ドライに乗ったリードラが俺に言った。
「んー、まあ、無理やり断るのもあるけど……何となく、旅ならこういうのも有りかなと……。
いつもリードラに乗ったり扉使ったりで近道ばかりだからね。
まあ、皆を迎えに行くのも扉使ったけど。
アインに乗って街道を駆けるのもまた良かったんだ。
それに、イングリッドが出たら騒ぎが大きくなりそうだしね」
「そうですね。
一国の王女が街に泊まる。
本来なら歓迎をしなければならない領主。
手を抜いたなどとイングリッドが言ったら、領主も顔が潰れます」
マールが言う。
「だから、俺等だけで収められたらいいかなと……。
まあ、イングリッドには『ちょっと遅れる』って言わないといけないかな」
「旦那様、そこは大丈夫でしょう。
オウルの屋敷に戻ってもよろしいですし、この宿も貴族用のものに見えました。
ですから、長期滞在に対応しているはずです。
時間つぶしは問題ないかと……。
領主との対面と言ってもそう長くはかからないでしょうし」
「まあ、何にしろ、依頼主であるイングリッドに言わないとな」
宿の部屋に入り、リビングに居たイングリッドに事情を話すと、
「いいですよ!
宿に長期滞在するなんていつぶりでしょう!」
イングリッドが声をあげた。
「喜んでいるよな?」
「喜んでいるのう」
「喜んでいますね」
俺達三人は苦笑いで呟く。
「どうせ、予定以上に旅の行程は進んでいるのです。
少々の寄り道は有りだと思います」
とのこと。
「でしたら、こんな格好ではなく冒険者の格好をしたいです」
「何故に?」
「マサヨシ様のパーティーの仲間として領主に会ってみたい
私も魔法は使えますから」
そう言って人差し指の先に炎を灯した。
要はいつもと違う格好がしたいようだ。
「主よそれは面白そうだな。
イングリッドは領主と面識があるのかの?」
「ええ、オウルに行くときに会ったことは有ります。
でも、その時は幼体のころでしたから、わからないと思います」
「だったら問題ないのう」
「ご主人様、イングリッド様も楽しめそうですし……」
リードラとマールの援護が入る。
「ハイハイ、イタズラってことでやってみますか」
やれやれと両手を広げて許可を出した。
俺はイングリッドの前のソファーに座ると、
「部屋割りは?」
と、聞いてみた。
「私とリードラさん、マールさんそれにクラーラさんは個室です。
私のお付きはお付きの相部屋で。
主人用の大きな部屋がマサヨシ様の部屋になります」
イングリッドが答える。
「クラーラは?」
「着替えをしています」
「着替え?」
「クラーラさんの体形が、私が幼体のころの体形と近いので、私の服を着てもらっているんです。
マサヨシ様の傍にいるために、そう言う服にも慣れてもらわないと」
その割にはニヤニヤしているイングリッドに、
「楽しんでるよな」
「楽しんでおるのう」
「楽しんでますね」
とボソリ。
「いいえ、私は彼女の事を思って……」
とは言うが、やはりニヤニヤしている。
「やっぱり楽しんでるよな」
「やっぱり楽しんでおるのう」
「やっぱり楽しんでますね」
と再びボソリ。
「さあ、出来上がったみたいです」
イングリッドが話題を変えた。
「あっ、逃げた」
「逃げたのう」
「逃げましたね」
そんな俺たちを無視して、
「クラーラさん登場!」
と、どこぞの司会者がゲストを呼ぶようなアクションをつけイングリッドがクラーラを呼んだ。
「えっ、あっ、いいの?」
髪を巻き、ちょっとしたティアラなんかをつけ、ドレスを着たちょっと挙動不審なクラーラが現れる。
「おお、馬子にも衣裳」
「変わるのう」
「ええ、町娘が貴族の娘になりました」
「どっ、どうだ?」
「んー、今の言葉で貴族の娘って言うのは無理だな」
その言葉を聞いてシュンとするクラーラ。
「でもクラーラが美人なのは再認識だな」
若干のリップサービス。
しかし、
「本当か?
アタイ、本当に美人に見えるのか?」
嬉しそうに笑う。
「でも、その言葉遣いじゃだめだぞ?
やっぱり町娘だってバレる。
うちに居るなら、その辺の言葉はイングリッドに教わるだろうけどな」
「えっ、イングリッド様はオセーレの王宮に帰るのでは?」
クラーラが不思議そうに言った。
「見ただろう、俺の扉。
イングリッド用のものもあるのだが、それを使ってオウルの屋敷に来るわけだ。
だから、離れていても問題ない。
一応、オウルの屋敷にはイングリッドの部屋もあるしな」
「アタイのは?」
「帰ったらな」
「うん」
二十一歳の少女っぽいのが顔を赤くするのだった。
しかし、イングリッドもわざわざ家に帰る必要が無いとも思う。
そうは思って聞いてみたのだが、道中を通り一度王宮に戻り王宮に帰ったことを貴族や部下たちに認識させる必要があるらしい。
だから、面倒でも馬車を使って街道を進むということだ。
「お金も落としませんとね」
とのこと。
本来よりボルタオの街までの時間が早かったことも、
「時間に余裕があることはいい事です」
と笑っていた。
今回の寄り道のようなことを期待していたのかもしれない。
読んでいただきありがとうございます。