第129話 やりたいことの前にあったこと。
少し前……俺とクリスが義父さんのところに来たころ、メルヌの周囲の畑には麦が実っていた。
ただ、そこに居る領民たちは少し困った顔。
「どうしたんですか?」
俺はそこに居た男に聞いてみると、。
「あっ、ご子息様」
メルヌに居る住人たちは俺の事を「ご子息様」と言うようになっていた。
「困ったことに、麦の穂が黒くなっている部分があるんです」
確かにぽつりぽつりと黒ずんた穂が見える。
「あれがあると、税としての価値が下がってしまうので取り除きはするのですが、取り除くのも難しいのでこちらとしても大変なのです」
ふむ……。
多分あれだよな……。
まあ、違っていてもいいか……。
「だったら、麦畑にある黒い穂を摘んで集めてもらえれば買いますよ」
「えっ?
買ってもらえるのですか?」
疑いの目で農民たちは言った。
「はい、この辺にある黒い穂を全部集めてもらえば、買い取ります」
収入になるというのなら、除去するのに張りが出るんじゃないかな?
俺は金貨一枚を出し、
「集まった分すべてを、これで買いましょう」
と、農民たちに見せた。
「おぉ……。
金貨だ!」
と歓声が上がる。
領民たちは急いで大きな袋を持って自分の麦畑に向かった。
メルヌの屋敷の前の広場に多くの袋が集まる。
大体の重さで農民たちに銀貨や銅貨を分配した。
農民たちはホクホクである。
俺は「思った菌以外は殺菌」と袋の中に魔力を通したあと、収納カバンに入れた。
麦の収穫が終わったある日、
「マサヨシよ、黒くなった穂を『ご子息様が買い取った』とか、『ご子息様の酔狂』とか噂になっておるが……」
と義父さんが聞いてきた。
「ああ、買いました。
この中に入っています」
ポンポンと収納カバンを叩く。
「それはなぜだ?」
「私の推測が正しければ……美味しいものが出来上がります。
推測が正しければ……ですがね」
「ふむ、マサヨシの言う美味い物か……。
では、その『酔狂』に期待しようかな」
それから約半年、さすがに日本酒は難しそうだからまずは味噌である。
とはいえ、まずは麹造り。
庭に台を出し、その上に一度煮沸殺菌してマナに乾燥してもらった白い布を広げる。
これは昔田舎の爺さんがしていた事。
念には念で魔法を使って殺菌。
そこまでしなくていいかもしれないが、何となくだ。
白い布を湯がいている俺を見てフィナが、
「布を食べるのですか?」
と、不思議そうに聞いてきた。
ちょっと笑ってしまった。
蒸して人肌程度に冷やした三十キロほどのコメに、実際に使えるかどうかもわからない麦の穂についた黒い菌を擦り付けていった。
コメに黒い跡が付く。
「何やってるの?」
エリスがやってきた。
「ん?
食べ物を作ってる。
でも、時間がかかる食べ物」
「手伝うね。
見てたけど黒い麦の穂をそれに擦り付ければいい?」
「そういうことだな
ありがとう」
と俺が言うと、
「どういたしまして」
とエリスがニッコリ笑った。
そして、菌を擦りつけながら、
「お母さんがね、たまにお腹をさすってる。
すごく嬉しそう。
手を出したんでしょ?」
と聞いてきた。
「ああ、手を出した」
子供にこんな事を言っていいのかはわからないが、すんなり言ってしまった。
「良かった。
私のせいで好きな冒険者もやめて、ギルドに入ったって聞いてたから……。
私が重荷になるのが嫌だったから……」
「俺がカリーネに手を出さなかった理由は知っているだろ?
だから、エリスのせいじゃない。
悪いがエリスが居てもが居なくても、出会って今みたいになっていたら手を出していたと思うぞ?」
「でもね、私のために頑張っていて、好きなこともしていないでしょ?
それはそれで気にはなる。
私はまだ小さいから、何もできないし……」
「エリスはちゃんとツボを割って俺とカリーネが知り合うきっかけを作ったじゃないか。
ちゃんと何かしてるだろ?」
「それはちょっと違うんじゃない?
ただの失敗」
ジト目でエリスに睨まれた。
「でもな、きっかけなのは間違いない」
俺はエリスの頭をワシワシと撫でた。
不服そうな感じだ。
まだ納得できないか……。
「多分カリーネの好きなことはエリスが幸せになること。
カリーネが幸せになってエリスが我慢するって言うのが嫌だったんだろうなぁ。
まあ、そのお陰で俺と出会うまで独身で居てくれたわけだがね。
今、エリスは幸せか?」
「うん、幸せ。
母さんが本当にうれしそうに笑ってる」
エリスが子供らしい笑顔をした。
「多分、エリスがそんな笑顔だからカリーネも幸せだと思うぞ」
「ついでに俺も、カリーネとエリスが笑っているから幸せだな。
義理とはいえ、我が娘が笑うんだ。
父親として嬉しくないはずがない。
まだまだ新米だがね」
「うん、わかんないけど何となくわかった。
ありがと、義父さん」
エリスが背伸びをして俺の頬にキスをした。
二人で黙々とコメに麦の穂を擦り付けてはかき混ぜると、袋にあった穂はほぼ無くなった。
「後は温度管理だねぇ」
布でコメを包み、木の箱に入れ発酵の温度で内部が上がりすぎないように冷却魔法を使った。
「主よ中を程々にすればいいのね」
マナが温度管理を買って出る。
お任せである。
そして約二日後
コメの表面にびっしりと白い菌糸が見えた。
麹でいいんだよな……。
俺は収納カバンに仕舞う。
実際に出来上がったもので甘酒を作ると、普通に甘かった。
エリスを呼んで冷やした甘酒を渡す。
「あっ、美味しい。
これが義父さんの言っていた美味しい物?」
「麹って言うのはな、コメ、大豆、麦なんかに使うと、いろいろなものができる。
これは甘酒と言って、酔わない甘い飲み物。
この前手伝ってくれたお礼だな」
そう言って二人で甘酒を味わった。
この後、皆にふるまったがね……。
こうして麹が手に入った。
思っていた通りで良かったが、違っていたらとちょっとゾッとする。
さて、次は味噌を仕込みますかね……。
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