第122話 あれ? あれあれ?
テロフが屋敷に来てから一週間ほど。
朝の練習が終わり食堂に入ると既にテロフが座っている。
「飯が美味いんッスよ」
振り返りながらテロフが言った。
あっという間に馴染み、当たり前のように居付くテロフ。
こういう能力も影には必要なのかもしれない。
ある夕方、コタツで横になっていると、王立学校から帰り階段を上るクロエとただおやつを貰おうと階段を下るテロフが居た。
「あっ」
クロエがその時に限って躓く。
「おっと」
たまたまであるが転げ落ちそうなクロエを支えたのがテロフ。
右腕でがっしりとクロエを支える。
あの細い腕に結構な筋力があるらしい。
「テロフさんでしたね。
私はクロエ。
助けてくださってありがとうございます」
軽く頬を染めてクロエが言った。
「えっ、まあ、姫様のお友達ですし」
テロフは空いた手で頭を掻いていた。
「それでもありがとう
優しいんですね」
そう言ってクロエは再び頭を下げる。
「いえいえいえ、私は優しくない。
姫様に聞いていないのですか?
私は影です。
人を殺すこともあります。
時にはむごたらしく」
「それでしたら、兵士とて同じでしょう?
兵士は人を殺し国を勝利に導くのが仕事。
同じ事をしているあなたがそんなに卑下する事でしょうか?
そして、あなたが居なければ国が必要な情報が入らない。
あなたの手に入れた情報のお陰で国の死人が減る。
私は立派なお仕事だと思います」
クロエはニコリとした。
「そんなことはないですよ」
あまり褒められたことが無いのか恐縮気味のテロフ。
下を向き頭を掻いていた。
そんなテロフがふと口に出す言葉。
「クロエさんもマサヨシ様の?」
「ええ、奴隷になります。
でも、婚約者とかいうものではありません。
ダンジョンの深層で殺されそうになっていたのを助けてもらいました。
ただ、それだけです。
感謝はしていますが、愛情がある訳でもないのですよ。
『別に抱きたいから所有者変更したわけではない」、『学校行ったりするのは好きにしていい』と言われていますし『卒業したら義父さんの秘書をやって欲しい』と言われているだけであとの制限はないんです。
そうですね、私はこの屋敷の秘書になる予定の者というところでしょうか」
テロフは少し考えると、
「奴隷という事は命令される可能性がある。
怖くない?」
とクロエに聞いた。
「そうですね、その可能性もあると思います。
でもあなたのお知り合いのクリス様のような私より美人で仲のいい人も居ます。
性欲で私を求めることはないと思っています。
あの人は自分から求めても相手がダメだと言ったらしないと思います。
知っていますか?
裸で横に寝ていても、手を出さないらしいですよ。
彼女たちが疲れていたら頭を撫でるだけ。
それにあの人はヘタレですから、女性が嫌がる命令はしないでしょう。
どうしても命令する時は、そうしないと命にかかわるようなときではないでしょうか?」
「ヘタレ」とは、酷い言われようだな……。
いろいろ情報がダダ漏れだ。
二人の様子を見守る俺。
「ヘタレですか……」
「優しいエルフさん、そろそろいいでしょうか?
私は美しい顔のエルフに抱えられて嬉しいですが、エルフが人間を抱え上げるのは嫌でしょう?」
クロエがテロフに言った。
「そういう訳では……。
あっ」
テロフの手がクロエの胸を掴んでいる。
「いえいえ、私のことを助けたせいでなった事です。
お気になさらず」
クロエはそう言った後、テロフに頭を下げ部屋へ去っていった。
そんなクロエをテロフは見守る。
ふと、俺が見ていることに気付くテロフ。
目に見えて顔が赤くなり、さっと天井に消えた。
天井に逃げんでも……。
次の日、
「マサヨシ。
クロエに護衛って居ないわよね」
クリスが聞いてきた。
「居ないことはないぞ。
サイノスさんが馬車で送ってるだろ?
あの人も元冒険者だから腕っぷしはあるとおもうが?」
「そう……。
あのね、テロフが『この屋敷に厄介になっているのは申し訳ないからクロエさんの護衛でもしようか』って言ってるんだけど」
「ふむ……そりゃ助かるね」
まあ、クロエが気になるんだろうけどね。
好きにすればいい。
「あまり目立たなきゃいいんじゃないかな?
一応執事の服を準備して着てもらおうか。
クロエの執事ってことで付いて行けばいい。
義母さんには言っておく」
「わかったわ。
その辺のことをテロフに伝えておくわね」
結局のところ、テロフはクロエの護衛兼執事として学校へついていくことになる。
執事服を着てなんでもそつなくこなすテロフ。
まあ、影の能力の一つなのだろう。
セバスさんも暗殺者から義父さんの執事になったらしいし……。
テロフがクロエを気になっているのなら、よく考えれば公認ストーカーってことなんだろうか?
「学校はどうだ?」
俺がテロフに聞くと、
「私は人間っていうものを知りたいだけ。
クロエには関係ない」
テロフは少し怒ったように言った。
「クロエのことを聞いた訳じゃないんだが……。
しかし呼び捨てなんだな」
「クロエが言うからな。
『呼び捨てでいい』と……」
ボソリと言うと、テロフが耳まで赤くなった。
「マサヨシ様、ちょっと料理でお聞きしたい事が」
フィナの声が聞こえる。
「そうか、『テロフなら大丈夫』ってクリスも言ってたからな。
まあ、クロエの警護の事は任せた」
そう言った後、
「わかった、今行く!」
と言ってフィナの居る調理場へ向かうのだった。