第120話 何か呼ばれちゃいました。
ガヤニのゴブリンを追い払ってしばらくしたころ、
「マサヨシよ、マティアス王から『早急に王城に来い』とのお達しだ。
何かやらかしたのか?
それとも例の件かの?」
笑いながら義父さんは言った。
「あとは特に思い浮かぶことはありませんね。
ゴブリンの大発生の時は街に入りませんでしたから、顔は割れていないと思うのですが……」
「ふむ、御前試合の招待客としてランヴァルド王が来たと聞いている。
その辺ではないかな?」
義父さんはイングリッドとの仲を知っている。
「ああ、イングリッドの件ならあり得ますね。
かなり溺愛していると聞いていましたし」
「まあ、できるだけ早くと言っておる」
「面倒ですね」
「まあ、急げというのだ。
先触れも、馬車を仕立てる必要もあるまい。
大剣を背に背負い、マットソン子爵家の後継ぎだと見せつけてやればよい。
向こうのオヤジさんに負けないようにな」
義父さんがニヤリと笑う。
「畏まりました」
そう言って俺は頭を下げ義父さんの前を去った。。
アインに乗り、王城を目指す。
「誰だあれ?
あの剣は鬼神の息子が持っているんだろ?」
「しかし、あの白いローブの下から見える服はあのオークが着ていたものと同じだ。
乗っている馬も見たことがある」
「本当に痩せたのか?」
「この短期間で?」
噂が噂を呼んでいるようだ。
オークと呼ばれていたが、今度は何と呼ばれるのかね?
そんな事を考えながら馬を進めていると、王城のデカい門が見えてきた。
門番に、呼び出された旨を報告すると「問い合わせるので門の傍の広場で待っているように」とのこと。
暫く待っていると、王城の中に通された。
馬を繋ぐと待っていた騎士に導かれ、謁見の間に通される。
そこにはマティアス王とイングリッド、そしてイングリッドの傍には見たことのない魔族の男が居た。
まあ、魔族であり高級そうな服装からして、これがランヴァルド王なんだろう。
つまり、イングリッドのお父上。
「王よ、マサヨシ・マットソンを連れてまいりました」
騎士が頭を下げるとその場を去る。
「マサヨシ・マットソン。
王のお呼び出しによりまかり越しました」
と俺は片ひざをつき頭を下げた。
「よい、頭をあげよ」
俺は顔を上げる。
「にしても痩せたものよな?」
「はい、いろいろ気苦労が絶えません。
そのうえダンジョン内でもいろいろ体を使うことも多かったもので、このような格好になってしまいました」
と、マティアス王に言った。
痩せた理由はこんなところでいいのかね?
「ところで、マサヨシよ。
この魔族の娘を知っておるか?」
マティアス王はイングリッドの傍に立つ。
「ええ、イングリッド・レーヴェンヒェルム殿下でございます。
ペンネスの街で賊に襲われている所を助けた縁で、仲良くさせてもらっております」
「仲良くするのはいいのだが、この娘が『お前に嫁ぎたい』と言っておるのは知っておるか?」
「はい、知っております。
こちらもできるならばそうしたいと思っています。
ですから、ランヴァルド王にぜひ会いたいとも思っておりました」
俺がそう言うと、イングリッドが飛び上がって喜んだ。
しかし逆にランヴァルド王のこめかみに怒り皺が出来る。
「子爵では少しばかりイングリッド殿とは釣り合わんのではないか?」
「それはそう思います。
しかしそれを埋めるだけの事をすれば、いいとも思っております」
この辺はイングリッドが以前言っていた事のパクリだな。
「ふむ……。
して、お前はどうするつもりだ?」
「できるならば、我が子爵家の収入を増加させ、侯爵家並みにしたいですね。
そのうえで、功績をあげ、迎えに行くのが筋かと。
陞爵することがあるならば良し、それが無くともその功績を盾にイングリッド殿下を貰います。
最悪攫っても良いかと」
ウンウンとイングリッドが頷いていた。
そして、ランヴァルド王のこめかみに浮いた怒り皺はさらに太く深くなるのだった。
マティアス王がふいに、
「その一つがゼファードのダンジョンの攻略を終えたことか?」
おっと知ってたねぇ。
イングリッドがクスクス笑い、ランヴァルド王が驚愕の表情になる。
「元々そのつもりはありませんが、それが功績となるのならば、そうしていただければ助かります」
「ふむ、私は金箱というものを見たことが無い。
金箱はダンジョンマスターを倒した際にのみ出ると聞く。
見せてもらえぬか?」
ちょっと違うんだけどなぁ。
とは思ったが言う必要はない。
「畏まりました」
そう言うと、俺は収納カバンから金箱を取り出した。
小さな肩掛けカバンから大きめの金の宝箱が出る光景にマティアス王、ランヴァルド王ともに驚く。
「そのカバンは?」
マティアス王が聞く。
そっちなんだ。
「ああ、私専用の魔道具です。
色々入れられて便利なんです」
「そのような物があれば、戦争が変わる」
「申し訳ありません、あくまでも私専用で……」
「わかった。
それにしても美しいな。
これがダンジョンが生み出すという金箱か……。
しかと堪能させてもらったぞ。
さて、ランヴァルドよ。
マサヨシとはこういう男だ」
見合いの釣り書きのような感じの会話だったのかね?
マティアス王はイングリッドとの仲を後押ししているようだ。
ランヴァルド王が舐めるように俺を見ると、
「ダメだ私が人間として認める者とすれば、あのガヤニの街に現れたようなドラゴンライダーでなければいかん」
と、声を張る。
「えーっと、どういうことでしょうか?」
「儂はあのゴブリンに襲われたガヤニの街におったのだ。
多勢に無勢で私も死を覚悟した時に純白のドラゴンに乗り颯爽と現れたドラゴンライダー。
後ろにエルフと思わしき従者を連れていた。
ゴブリンとはいえ数万は居ようかという数。
最初に使った魔法は本当に見事だった。
あの遠くで起こした魔法の爆風がガヤニの街にまで届いたのだからな。
魔力、武力共に私に勝る見事な男だった。
あ奴ならばイングリッドを嫁にやっても良い」
それって俺だよな……。
イングリッドがニヤリと笑う。
クリスに話を聞いて知っているのだろう。
ゴブリンの件もそれなりに噂は立っていた。
あっ、イングリッドが悪い顔。
「お父様、その者であれば結婚を許していただけるのですね?」
言質を取ろうとするイングリッド。
その勢いに引き気味のランヴァルド王が
「ああ、その者をであればイングリッドとの結婚を許そう。
あの武力であれば、私の手足になれる。
あの男との子であれば、魔族軍をさらに強くしてくれるだろう」
と勢いよく言う。
「男に二言は有りませんね?」
イングリッドが念を押す。
「ああ、私も一国の王だ。
一度言ったことを覆さんよ」
イングリッドの念押しに「何かが違う」とは思っているのだろうが気付かないランヴァルド王。
「では、マサヨシ様。
婚約が決まりました。
末永くお願いします」
そう言ってイングリッドが俺の前に来て頭を下げる。
「???」
ランヴァルド王は訳がわからないようだ。
しかし、マティアス王は気付いた。
「マサヨシよ、フォランカとガヤニの街で大量発生したゴブリンを討伐したのはお前か?」
俺は頬をポリポリと掻きながら、
「えーっと、まあ、そうですね」
と答える。
「何?
あの数のゴブリンと戦ったのがお前だと?
それならば私と戦え!
私は魔族で最高の剣士と言われている。
私に勝てるかな?」
ニヤリと笑うランヴァルド王が居た。
話がすり替わった。
これ、二言目……。
「お父様……。
先ほど二言はないと」
呆れた顔をしたイングリッドがランヴァルド王に詰め寄る。
「私も王と戦う理由が……」
と俺も言う。
「儂にはある。
我が娘がお前の元に嫁ぎたいというのだ。
まずは、強さを知りたい。
私という壁を越えられる力を持つ男なのか、本当にお前があのドラゴンライダーなのか試したい」
「ダンジョンを攻略して戻ってきたというのではダメでしょうか?」
俺は聞いてみた、
「実際に戦ってみねば本当の強さというものはわからないものだ」
戦う方向に持って行こうとするランヴァルド王。
「お父様!
『二言はない』のではなかったのですか?」
ランヴァルド王が苦虫をかみつぶしたような顔をすると、
「それはそれ、これはこれだ」
と開き直った。
娘を取られたくないんだろうなぁ。
俺はイングリッドを見た。
イングリッドは頷く。
「やれ!」ということらしい。
「わかりました。
では、どこか場所は有るでしょうか?
訓練場のような者があればいいのですが……」
「私もランヴァルドとマサヨシが戦うところを見てみたいな。
場所はこの城の訓練場を使えばいい。
今なら、空いているだろう。
ついてくるがいい」
そう言って玉座から立ち上がり、歩き始めた。
イングリッドは俺に近寄り腕を抱くと、
「さっ、行きましょう」
と俺を引っ張る。
その様を見たランヴァルド王が、
「この男、潰す」
と呟き、殺気のこもった視線を俺に飛ばしながら、後ろからついてきた。
マティアス王に付いていくと王城の中庭に石が敷かれた二十五メートル四方の場所が現れた。
「ここが城の練習場だ。
いつもは私が使っている。
それでは私が審判をしてやろう。
それでいいかな?」
笑いながら俺たちに言う。
「王自ら審判をしていただけるのなら文句はありません」
「儂もマティアスが審判をするなら、問題はない」
こうしてマティアス王が審判になり、俺とランヴァルド王との模擬戦が行われることになった。
「マサヨシ頑張れ!」
イングリッドの黄色い声援が飛ぶ。
再び苦虫を噛み潰したようになるランヴァルド王。
俺は義父さんの木剣で、ランヴァルド王はブロードソードに模した木剣で戦うことになった。
俺とランヴァルド王がマティアス王を挟み正対する。
マティアス王の「はじめ!」の声で二人とも動き出した。
「一撃だ」
そう言うと、ランヴァルド王が加速する。
一瞬の魔力を感じた。
ランヴァルド王が剣を振り上げた瞬間、俺は切りつける。
手ごたえが無い。
切りつけたランヴァルド王が消える。
残像か……。
ランヴァルド王が後ろに回ったと判断すると、素早く残像に飛び込むように前に出た。
すると、ギリギリ避けられたようだ。
「ほう、魔国の剣の奥義を避けるか」
「残像ですか。
魔法を発動させ、注意を引くというわけですね」
「からくりまでわかるとはな……」
「それではこれでどうだ?」
そう言うと、ランヴァルド王が三人になった。
魔力を使って、残像を作る。
ホログラムってところだろうか?
俺はホログラムをイメージして、自分の残像を作った。
勝ち誇ったランヴァルド王がそのホログラムに切りつける。
隙ができたところを切りつけたが、ランヴァルド王の残像だった。
ふむ……。
残像はすぐに消えるが、ホログラムは継続して存在できる。
って事は……・。
俺は訓練場に俺のホログラムを五十ほど出す。
すると、ランヴァルド王は俺を見失ったようだ。
その混乱に乗じ、背後に回り込み背中にトンと木剣を置いた。
「決まりだな。
この周辺では勝てる者が居ないと言われたランヴァルドが手玉に取られるとは……」
苦笑いで俺を見るマティアス王。
「俺が負けたのか?」
ランヴァルド王は唖然としていた。
「はい、お父様の負けです。
お約束通り、マサヨシ様と婚約を行い、マサヨシ様のパーティーに護衛をしてもらって王都まで帰ります」
そうイングリッドは言った。
「強さはわかった。
護衛は許すが、結婚はまだだ。
男は経済力がないとダメだ」
そう言うと、ランヴァルド王はフンと鼻息荒く練習場から去っていった。
三言目……。
俺もエリスが連れてきた男にあんなふうになるのだろうか……。
イングリッドが近づくと、抱き付いてきた。
「でも、勝つと思っていましたから」
ニッコリ笑ってご満悦。
「あの残像を作る技。
知らなかったから切られそうになったよ」
「あれは魔族の剣の奥義。
避けられるとは思っていなかったようですね、マサヨシ様が背後からの攻撃を避けた時のお父様の驚き様。
お母さまにも見せたかった」
誰も見たことが無い表情なのだろう。
ゴホンと咳払いが聞こえる。
「仲が良いのはいいのだが……。
王の前でイチャイチャはいかんな」
苦笑いのマティアス王。
「王よ、すみません」
一応俺は謝った。
「マサヨシは今度の御前試合に出るのだったな」
「まあ、いろいろありまして……」
そう言うとチラリとイングリッドを見た。
「私のために勝ってくれるそうです」
んー、俺そんなこと一言も言ってないんだがなぁ。
「まあ、そういうことだそうです」
俺も苦笑い。
「それでは楽しみにしておこう」
そして、俺とイングリッドを見ると、
「さて。仲がいい者の邪魔をしては悪い」
そう言ってマティアス王は練習場から去っていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。