第111話 下層を目指そう10(夫婦喧嘩……相手の中に嫁の魂は有りません)
「マサヨシの元嫁が来た」
アイナが言う。
「あら、見つかっちゃったわね」
久々の声が響く。
「この先がお前の体が居るボス部屋?」
俺はミハルに声をかけた。
「この先が私の体がある場所、五十階のボス部屋よ。その奥にダンジョンマスターのリッチが居るわ」
確かにレーダーに映る魔物の数は二つ。
部屋も大部屋の奥に小さな部屋が一つ。
「了解、早くお前を解放しないとな」
「期待してるわよ。あっ、とりあえずあなただけが入ったほうがいいかもね。
他の子だと、私の体の攻撃で即死する可能性があるから」
俺以外だと即死ですか……。
「お前そんなに強いのか?」
「ステータスだったっけ? そんなのあったでしょ? あれが全部EX」
俺と一緒か……。
出鱈目なのはよくわかる。
「そういうこと?」
俺が聞くと、
「そういうことよ、強いわよぉ」
ムカつくぐらいにニヤつきながらミハルは言った。
「ちなみにリッチは?」
「あれ弱いわよ?
多分アイナちゃんのターンアンデッドで昇天すると思うわ。
弱いのがわかってるから手足になる強者を探したんでしょうし」
「それでお前を選んだってわけか」
「そういうことみたいね。
リッチは死体を操るのが上手いから体を使われちゃった。
ああ、ボス部屋に入ってターンアンデッドを唱えたとしても無駄よ。
アイナちゃんの能力じゃ私を昇天させられないし、私の体が守っているからリッチにも効かないわ。
唱えるなら私の体を倒して奥のダンジョンマスターの部屋に入れるようになった時ね」
「了解、情報ありがとう」
俺がミハルに礼を言うと、
「自分のためよ」
彼女はそう言った。頬が赤い。
ちょっと照れてるのかもしれない。
俺は皆を見回すと、
「さて、聞いての通り俺一人で行かなきゃいかんようだ。
待っててもらえるかな?」
「我は主と行きたいぞ?」
リードラが一歩前に出る。
「リードラ!
やめなさい!
間違いなく死ぬから。
知らないだろうけどEXとSSSには、下手すると能力的に十倍以上の差がある。
どんなにダメージを与えようと思っても無理なの』
嫁がリードラを諭すように語りかける。
「まあ、そういうことらしい。
たとえミハルの体を倒しても誰かが死んでしまうのは嫌なんでね。
黙って待っていてくれるほうが嬉しいかな……。
だから、待っていてくれる人?」
渋々手を挙げる四人。
「ありがとうな、まあ、何とかするさ」
ただ俺はこの体を全力で使ったことが無い。
ぶっつけ本番でどうなるかだろうなぁ……。
俺は家宝のオリハルコンの剣を片手に持ち扉へ向かう。
その時アイナが俺の服の袖を掴んだ。
「ドラゴンゾンビはアンデッド。
アンデッド相手なら、この剣のほうがいい」
聖騎士の剣を差し出した。
「そうだな、そのほうがいいか」
俺は聖騎士の剣を受け取ると、
「じゃあ、これを預かってくれ」
そう言って家宝のオリハルコンの大剣をアイナに渡した。
ひょいと持ち上げ肩に担ぐ。
ダンジョンに入るころには無理だっただろう。
どんだけ強くなってんだ?
苦笑いの俺。
周りを見ると、クリスもリードラもマールも笑っていた。
ふと、
「逆鱗って知ってる?」
ミハルが聞いてきた。
「ああ、龍の弱点と言われるところだろ?
喉の辺りだったっけ?
他人が触れると激怒するって聞いたことがある」
常識だよな?
「よく知ってるわね。定番だけどそこが弱点。一応教えておくわ」
「おう、わかった」
そう言って盛大な夫婦喧嘩へとボス部屋への扉を開けた。
扉が閉まると奥にドラゴンゾンビが見えた。
本当はリードラのように白く輝く鱗だったんだろうな。
今、目の前にいるドラゴンゾンビの鱗はどす黒くなり、禍々しい雰囲気を放っている。
つか、デカすぎるだろ、尻尾込みで五十メートルぐらいあるぞ?
隣を見るとマナが居た。
「手伝ってくれるのか?」
マナはにっこりと笑い、
「主を助けるのは嫌じゃないからね」
と言った。
「その割には俺の腕を持って魔力吸ってねぇ?
最後に魔力吸っておこうとかじゃないだろうな?」
俺がマナをジト目で見ると、口笛を吹くふりをして宙を見る。
「まあいいや、居てくれるだけでも心強いよ」
そう言ってドラゴンゾンビに近づいた。
扉から十メートルほど入ると、のそりとドラゴンゾンビが動く。
そこからのギャップが凄かった。
鈍重と思われたドラゴンゾンビが一瞬で目の前に現れ、
「ガキン!」
という音と共に大きな顎での攻撃が放たれる。
何とか回避はできたが腐臭のする涎の飛沫がスーツに付着して煙を上げる。
「涎が酸なんてな。
口臭も凄い。
そりゃ女性としては嫌だろうに。
元々がホーリードラゴンなんだから余計だろうな」
ドラゴンゾンビの攻撃を避けながらブツブツ独り言を言っていると、
「そうなのよぉ、私あんなんじゃないの!
もっと綺麗だったし息も爽やかだったのに……あっブレス来るわよ』
「へっ?」
ミハルとの話に集中して反応が遅れる。
目の前を大きな炎が俺に近づき周りを包まれてしまった。
「こりゃ避けられないかなぁ……スーツに期待だな」
俺は両腕で顔を覆いダメージ覚悟で耐えようとした。
ん? 熱くないが……。
俺の目の前に立ち、炎を防ぎながらニヤリと笑うマナが居た。
「あなた良いの持ってるじゃない。
凄い精霊があなたを守っているのね」
「おぅ、サンキュ」
と俺が言うと、
「このくらい楽勝」
と、ニヤリと笑うマナ。
ブレスが終わると腐ったようなにおいがした。
燃料はメタンガス?
それとも、硫化水素?
硫化水素だと死んでまうな……。
「しかし臭いな」
「それは言わないで!
いくら死んでいるとはいえ、あれを見るのは嫌なのよ」
ミハルのリアクションは思った通りだった。
炎はマナが防いでぐれるので助かるのだが、物理攻撃をガードすると体重差が大きすぎる。
勢いでぶっ飛び壁に突き刺さった。
スーツの肩甲骨から腕の部分に血が広がり袖の部分から血が垂れた。
若干の吐き気も催す。
まあ、俺も向こうで血を流す方じゃなかったが、貧血でもしたかね。
「イタタタタ、いくらシルクワームの亜種の糸で作ったスーツでも衝撃までは無理か……。
うわっ本気で痛い。
肩が動かねえし」
俺は痛みをこらえながら回避し、体全体に魔力を行き渡らせ治療魔法を使う。
耐えるしかないのかね……。
しばらく攻撃を回避していると、
ん?
おかしい。
攻撃そのもののスピードは反応できないぐらいに速いのだが、その後の攻撃に至るまでが遅いのだ。
もっとコンボを繋ぎ力押しで俺を潰してしまってもいいだろうに……。
その能力がドラゴンゾンビの体にあるはず。
なぜだ?
暫く攻撃を避け続けて感じることがあった。
対戦格闘ゲームに慣れておらず、ボタンを押して適当に技を出しているように見える。
小技を繋いで最後に大技で決めるようなことが無い。
俺も目が慣れてきたのか、大技な攻撃の初動がわかるようになってきた。
攻撃の初動がわかるようになるとパターン化された攻撃を簡単に避けられる。
見た感じスキの多い大技が単発で出るだけなのだ。
おっと思い出した。
このドラゴンゾンビはリッチに操られているんだったな。
世界最強キャラを持っても、技表もなくコンボも知らない。
つまり、扱いきれていないってことか……。
いくらドラゴンゾンビのステータスが全EXだったとしても操るリッチがショボけりゃなぁ……。
「こんなはずでは……」
などとイライラしているのか、攻撃が余計に雑になりスキができるようになった。
しかし単発だと思っていた攻撃がたまに繋がる。
リッチの奴、この戦いの間に使い慣れてきているようだ。
あんまり時間が無いかもな……。
俺は避けながらミハルの言っていた逆鱗を探す。
通例では喉の辺りだったっけ?
よく見ると喉の辺りに十センチぐらいの小さいが美しい純白の鱗があった。
唯一残ったミハルがホーリードラゴンだったことを表す鱗。
「あれが逆鱗か……」
「そう、あれが逆鱗。
あれを突き破ればその先にあるリッチの魔法陣が壊れる。
全身への指令が行かなくなって、あの体は動かなくなるわ」
不意にミハルが俺の横に現れて教えてくれた。
「おう、急に出てくるな」
ちょっと焦ったぞ。
「せっかく言ってあげたのに……」
あっ拗ねた。
逆鱗を目指し攻撃をかいくぐる、連撃が増えなかなか近寄れない。
リッチの野郎、更に慣れてきたか?
んー、俺にも余裕がなくなってきたねぇ。
一撃の速度が速いためかギリギリのせいか、スーツに衝撃波で切れた跡が残る。
小さな隙でいい、一瞬でも止まってくれれば助かるんだが……。
などと思っていると、
えっ、アイナの気配?
ターンアンデッド?
それもいつもより長く、魔力の量も多い。
抵抗をしているのかドラゴンゾンビが固まる。
その隙を見逃さずドラゴンゾンビの喉元へ近づき逆鱗を下から聖騎士の剣で貫いた。
聖騎士の剣に魔力を通すと、剣先から光を放ち、逆鱗が青白く光りだす。
その光が広がり大きなドラゴンゾンビの体全体を覆う。
黑かった鱗が純白になった。
神々しいまでの白が俺の目に焼き付く。
そして、ドラゴンゾンビが一声上げると、体から蛍のような光が無数に舞いだした。
「私の体が崩れだしたわね。
でも良かった。
こっちの世界の私を少しでも見てもらえた」
ミハルが現れる。
「さっきはすまんかったね。
アドバイス助かったよ」
「それは、わたしから頼んだことだから……」
「お別れか?」
「お別れね……」
ドラゴンゾンビの体がどんどんと小さくなっていく。
「済まなかったな、この世界に早く来ることができなくて……」
「いいのよ、最後には会えた」
「お前が居た生活……楽しかったぞ」
「私もバカ話できて良かった。
まあ、わたしみたいに高機動型とかMSVのパイロットが言える嫁は居ないでしょうがね」
「俺もJrのグループ名が言えるようになるとは思わなかったよ、メンバー名まではわからんがね」
「「フッ」」と俺とミハルから苦笑いが出る。
そしてミハルは俺に寄り添うと、
「今からは私のことを考えてはダメ。
私を倒すのを理由にしたのだから私を忘れること!
あの子たちはあなたの伴侶になるんでしょ?」
耳元で囁いた。
「しかし……」
「私は向こうの世界で何年もあなたを独り占めできた。
それにここであなたにも会えた。
だから十分。
あなたはあなたができることを十分にしてくれたの。
だからもうあの子たちの番……ね?」
俺を諭すようにミハルは首を傾げる。
大きかったドラゴンゾンビの体は俺の手のひらに乗るほどの小さな光になっていた。
「じゃあ、さよなら……私の愛した人」
ミハルが金色の何かに包まれ上へと向かう。
「ああ、じゃあな、カミさん……」
その言葉をかけ終わると小さな光と共に嫁さんは消えるのだった。
逝ったんだな……。
俺のただの自己満足なんだろうが、やり切った気がする。
嫁さんに許してもらえて次に進めるような気がする。
でもな、俺はもっといろいろ話したかった。
情けないことに、いざとなると言葉が出ない。
「ほんとカッコ悪い夫ですまんね」
床に溜まる涙を見ながら一人呟く。
すると「ギィィィィ」と言う扉が開く音がして、四人のいつもより速い足音が聞こえるのだった。
読んでいただきありがとうございます。