最強の奴隷商は今日も魔族に人を人に魔族を売りさばく
「ククク……。今日も上物ばかり。さすがだな『奴隷商』」
「いえ、当然の仕事をしたまでです」
魔王とは。
それを聞かれてすぐにイメージできるのはきっと黒くて立派な角を頭に生やした何よりも破壊を好む筋骨隆々の大男ではないだろうか。
実際、同じ奴隷商仲間なんかは揃いも揃って魔王と聞けば震え上がって見たこともない癖に知った顔でそんなイメージと魔王が行ったおぞましい破壊の話をする。
が、それは誤りだ。
実際の魔王はたしかに角は生えているけど、その色は白色だし腰まで伸びた長い白髪で隠せば見えないほどにサイズも小さい。
筋骨隆々でもない。というか女だ。小柄ながらにボンキュッボンの女だ。
あと、破壊とか別に好んでない。かかってくるなら容赦はしないといったスタンスではあるものの、わざわざ自分から近くの村破壊しに行くとかは特にない。
人間の間で広まっている情報はそのことごとくが間違っている。
魔王は破壊を好まない。でも、代わりに性交をめっちゃ好む。三大欲求性欲に全振りしてんじゃないかってくらい大好きだ。特に人間の男が大好物。
俺がたびたび魔王に奴隷を売りに来ているのもそれが絡んでいる。ようは性奴隷を売りに来てるわけだ。人間の貴族様相手に労働奴隷として売る何倍もの値段で売れるのだからおいしい商売だ。
「ククク。しかし、人間は良いなぁ。見ろ奴隷商、この怯えた顔を」
さすがの奴隷たちも魔族に売られるとは思っていなかったのか顔色が酷く悪い。
大丈夫。すぐに腹上死するだけだから。
「妾はこの怯えた顔が快楽に惚けた顔に変わるのが大好きなんだ」
「素晴らしいご趣味ですね」
知らんがな。
唐突に性癖ぶっちゃけるんじゃねぇよ。
あんたの情報とか週一ペースで売った奴隷が居なくなってるってだけで十分だわ。
「お前のその仮面のような笑みが変わるのも見たいなぁ」
「あはは。とても魔王様にお見せできるようなものではありませんよ」
やめろ。舌舐りすんじゃねぇ。
こっち来んな。
「ふざけるな! こんな非人道的なことが許されるとでも思っているのか!?」
「……」
「……なんだ、奴隷商。今日の奴隷には随分と元気が良いのが混じっているじゃないか」
変なスイッチが入った様子の魔王が迫ってくるのを回避しつつ、早く金もらって帰りたいと考えていると声が響いた。
声の出所は俺が連れてきた七人の奴隷の内の一人だった。
「申し訳ありません魔王様。私の管理不足です」
「いや、良いんだ。気にするな。あのくらい元気の良い方が妾の相手も長続きするというものだろう?」
「寛大な御心。感謝いたします」
長続きするかどうかは知らんけど、お気に召したようで何よりだ。
まぁ、二十四時間ぶっ通しでやったりしない限りはそれなりに持つんじゃないかな。
普通の人間とは違うわけだし。
「魔王様。実はあの人間、『勇者』なのです」
「……なに?」
言い訳というわけではないが、奴隷の身分に堕ちておいてまだあんなに元気なのはそういう経緯がある。
どのみち金を払ってもらう時には勇者は高値で買い取ってもらうつもりでいたからこのタイミングで言っておくべきだ。
「……妾を殺す可能性のある者を一体どういうつもりで連れてきた?」
冷たい、失望したような目で魔王が俺を睨み付ける。
どうやら誤解があるらしい。
「ただの人間では魔王様の相手が務まっているようには見えませんでしたから。勇者ともなればそう簡単に死んだりしないかと。余計なお世話でしたでしょうか?」
勇者とは、神の加護を与えられ魔族に対して特に効果的な光属性の魔法を使える者のことをいう。
世間一般では悪しき魔を滅ぼすために神が人間に力を与えてくれたなんてことになっているが、俺はあまりにもパワーバランスが悪いので見ていて面白みに欠けるから神が退屈しのぎにちょっと特別な人間をバランスが悪くならない程度に何人か作ったのではないかと思っている。
もし本当に魔族が悪しき者で神が人間にそれを滅ぼすように言っているなら今ごろ人間は皆が勇者のような力を得ているはずだ。
でも、そうはならない。
どちらかが圧倒的に強すぎるとはならないようにうまく調整されている。
個々の力では人間は魔族に劣るが数でそれを補っている。
そんな調子でズルズルと人間と魔族はいつまでも争いを続けている。
俺の推察もあながち馬鹿げた妄想とは言えないだろう。
ま、真実がどうであれ、争いが続けば続くほど俺は競争相手なしに魔族に人を売れるので大助かりなわけだが。
「……たしかに。人間は良いがすぐに壊れてしまうのが難点だった。勇者なら加減しなくても大丈夫か?」
「…………何しろ初めての試みですので保証はしかねます」
え、これまで加減してたの?
加減してたのに一週間で七人ダメにしてたの?
「ふむ、そうか……。しかしまぁ、ひとまず試してみないことには何とも言えないな」
俺の内心の動揺なんて露ほども知らずに魔王は真っ赤な舌でゆっくりと薄ピンク色の下唇をなぞる。
ひとまず関心は完全に俺から元勇者の奴隷君に移ったらしい。やったね。
「……っ。おい、奴隷商! 今ならまだ間に合う! こんな非人道的なことは止めるんだ! 魔族に人を売るなんて許される行いではないぞ!」
魔王から向けられた視線に何か感じるものでもあったのか、ほんの一瞬怯んだ元勇者だったが、それを打ち消すようにそう声をあげる。
「何言ってるんですか。弱者が強者に搾取される。これは自然の摂理ですよ。それに、仮に立場が逆で人間に魔族が売られていたら貴方は同じことを言いますか? 言わないでしょ? 自分が搾取される側になったからって都合の良いことを言わないでください」
自分だって道中の村に立ち寄る度に村民に横暴な態度をとって貴重な資源や人を搾取していた癖に何を言っているんだか。
「――ッ!? 貴様っ! 一体俺を誰だと思っている!! 俺は勇者だぞ! こんなことが許される訳がない!」
「誰がですか?」
「なに?」
「いえ、許される訳がないと仰られていますが、一体誰が許さないのですか?」
「……っ」
許される許されないの話なんてするだけ無駄ではないか。
結局は個人の主観に基づいて簡単に変わる。
だから、もしここで俺に向かって元勇者が言うのなら、それは「許さない」が適切だ。
居もしない『誰か』を使って主語を大きくするのはやめてほしい。
「ふふっ。妾は反抗的な人間は嫌いじゃないぞ?」
「――ッ!? ひぇっ……っ」
無視することもできたがきっともう会うこともないだろうから元勇者の問答に付き合っていると、気づけば俺の隣にいたはずの魔王は元勇者の背後に回っていた。
掛けられた声に慌てて振り返った元勇者の頬に魔王は慈しむようにそっと手を当てる。
見た感じは本当にソフトタッチなのだけど、どういうわけか元勇者はまるで顔が動かせないようで呻き声をあげながら必死に顔を逸らそうとしている。
「暴れるな、妾を見ろ」
「……ぁ……あ……」
そんな勇者を嗜めるように魔王はそんなことを言って半ば強引に目をあわせる。
その途端、必死に抗おうとしていた元勇者は動きを止め、頬を上気させ、目はとろんと虚ろになった。
魅了という魔族でも一部が使える対象を虜にさせ思い通りに操る魔法らしい。
使い手の容姿が優れていればいるほどに効きやすくなると以前聞いたが元勇者を見るにすっかり虜になっているようだ。
さっきまでの勢いはどこへやら。焦点の定まらない目で魔王をジッと見つめている。まるでそれ以外は目に入らないとでもいうように。
「どうした? そんな物欲しそうな顔をして」
すっかり術中に嵌まっている元勇者に魔王がそんな分かりきった質問をする。
「好きにして、良いんだぞ」
「……っ!!」
そして耳元で呟かれた言葉にまるで獣のように元勇者は魔王に飛び付いた。
ところでまだ金払ってもらってないんだけど。
あ、聞いてないですか。そうですか。
◇◆◇◆◇
目の前で見たくもない交尾を見せられた。
とはいえ魔王の見た目はそんじょそこらの美人とは格が違う。
だから、俺も男として何か興奮を覚えるようなこともあるかと思っていた。
特にないどころか微塵もなかった。
犬の交尾でも見せられている気分だった。
早く金払えやという感想しかない。
こちらの視線に気づいた魔王に「交ざる?」と言われた時は一瞬損得勘定抜きで殺してやろうかと思った。
だってあの女腰振ってる元勇者のケツ指してそんなこと言うんだぜ?
交ざるにしてもそこはおかしいだろ。どんな3Pだよ。
男女男のサンドイッチはまだしも女男男のサンドイッチとか特殊過ぎるわ。
まぁ、一時の感情に流されてこれから先の利益を棒に振るほど馬鹿ではないつもりなので「いえ、私のことはお気になさらず」と言って断っておいたのだけど。
まさか本当に気にせずそのまま三時間ぶっ通しででやるとは思ってなかった。
ちょっとは気にしろや。
代金にはかなり色をつけて貰えたし、元勇者はまだ動いていることを評価され、魔王のお気に入りになったらしくそれを持ってきた俺の評価も上がったので三時間待った甲斐はあった。
というかそうでも思わないとやってられない。
魔王、金払いは良いんだけどなぁ。
「どうかしたのか、『商人』」
「……っ。いえ、申し訳ありません」
いけないいけない。客の前で他の客のことを考えるなんて。
たぶんあれだ。こいつも魔王と似たようなジャンルの金払いは良いけどめんどくさい客だからつい考えてしまったのだろう。
「そうか。では、ついてこい」
「はい。陛下」
全く下半身に響かない交尾を三時間見せられた俺が次にやって来たのはリュシクオー王国、その王宮。
そう。客というのはこの国の国王だ。
こいつがまた凄まじくめんどくさい。
「……つけられてはいないか?」
「奴隷商ごときにたしかなことは言えませんが、少なくとも私が知りうる範囲では誰もついて来ていません」
「そうか。ならいい」
魔族と人間が争いを続けているという話だが、魔族側の長は改めて考えるまでもなく魔王だ。そして人間側の長、それがこの国の国王というわけ。
魔族の圧倒的な種族的強さに窮地に追い込ませた戦いを何度もひっくり返した『叡智の王』なんて呼ばれているが、俺から言わせてみれば『叡恥の王』でしかない。
外聞を気にして今はこんな感情を感じさせない冷静な表情を見せているが、隠し扉を通じて降りる地下へと降りてしまえば……
「『奴隷商』!! 早く! 早く商品を見せてくれ! もったいぶらないで!」
せっかちなジジイに早変わりだ。
「落ち着いてください陛下。お身体に障ります」
「しかし、しかしだな、お主がなかなか来てくれないから儂はもう辛抱ならんくて何人かとヤってしまったのだぞ!」
「……遅くなってしまい大変申し訳ございません」
その報告マジでいらないんだが。
「しかし、それなら少しは落ち着いたのでは?」
というか落ち着けジジイ。
なに早速脱いでんだ殺すぞ。
「あんなお古じゃ儂はもう我慢できんのじゃ! 誇り高い魔族の娘が「くっ、殺せ!」からの「おくしゅりしゅごいのぉおおおお!!!!!」ってなるのが儂の人生の全てなんじゃ!!」
最低な合わせ技だ。
あと、いい年したジジイの口から「おくしゅりしゅごいのぉおおおお!!!!!」とか聞きたくなかった。
耳に残る。マジでやめろ。
「そうですか。では、商談を始めましょう」
なんてことは当然言えないので適当に聞き流して話を進める。
国王は無類の魔族娘好きだ。もっと具体的に言うなら魔族娘に様々な薬を使ってあれこれするのが大好きな救いようのない変態だ。
こんなのが叡智の王なんて呼ばれてる辺り、やっぱり人間と魔族のパワーバランスは悪いのかもしれない。
「とりあえず全部くれ!!!」
「……お待ちを」
本体も下半身も落ち着きが無さすぎる。
節操なしに立ち上がるんじゃねえよ。両方。
「全てと仰いますと、今ここにいる全てということでよろしいでしょうか?」
「他にもいるならそれもだ!」
「かしこまりました」
まぁ、こうなることは予期していた。
とはいえ曖昧な契約内容ではあとあと問題が生じることもないとは言えない。
そんなリスクを避けるのも奴隷商の仕事だ。
「改めて申し上げることではないかもしれませんが、魔族は危険な種族です。取り扱いにはくれぐれも注意を」
「分かっておる」
いつもの注意事項を述べておこうとした俺を遮り、国王がサキュバスの首に注射器を刺して受け答える。
中に入った薬が何なのかは俺の知るところではないが、サキュバスのような魔族ですらそれを打たれた途端ぐったりとするのだからよほど強力な薬なのだろう。
「これでよし」
「……その薬は」
「何じゃ? 気になるなら教えてやろうか?」
「いえ、結構です」
知らない方が幸せなことも世の中にはいっぱいあるよね。
「なに、遠慮するな」
「いえ、遠慮というわけでは……陛下、すでに使い終わってしまった者達は不要なのですか?」
蜂の巣をつついてしまった。
こうなればあとは大人しく絶対に知らない方が幸せなことを聞かされるか話を変えるしかない。
もちろん俺が選んだのは後者だった。
とはいえ何か考えがあっての発言というわけでもない。
とりあえず檻の中で拘束され動きを制限された虚ろな目の魔族の少女達が目に入ったのでそれを話題に出したに過ぎない。
「ふむ。次にお主が来るまで儂の中の熱いパトスを発散するのに使うかもしれんが、それもこの娘たちが居ればこと足りるので不要じゃな。それがどうかしたのか?」
パトス云々は聞かなかったことにしたい。
というかいっそ発散させずに溜め込んで暴発させて死んでほしい。
当然、そんな思ったままのことを言うわけにもいかないので何か当たり障りのない返答を考えるが思いつかない。
そもそもが思いつきで始めた会話だ。目的地が見えないのだからそりゃこうなる。
「その……あ、えっと……買い取らせて頂けませんか?」
結果こうなった。
自分で言っといてなんだけど、いらないんだが。
「別に構わんぞ」
「そ、そうですか。では、料金は方はどうしましょう」
とはいえこうなってしまえばもう引き返すことはできない。
聞きたくないことを聞かないという当初の目的は達したことだしこれはその耳栓代とでも思っておこうか。
薬中の魔族はマジでいらないけど。
「いや、金はいらん。その代わり、頼みがあるんじゃ」
「……頼み、ですか」
嫌に決まってんだろクソジジイ。
こいつの頼みとかろくなもんじゃない。
以前に代金は弾むからとうっかり頼み事を受けて散々な目に遭った。
その頃の国王はスライムに興味津々でその中でもスライム娘に一層深い関心を持っていた。もちろん性的な意味で。
関心を持つ分には勝手にすればいいという話だが、問題はそれを俺に捕まえてきて欲しいとかぬかしやがったのだ。
内容も聞かずに二つ返事で報酬に釣られて了承してしまった俺もどうかとは思うが普通、奴隷商にそんなことを頼むなんて思えないじゃないか。
スライムは強力な魔族だ。
流動的な肉体はありとあらゆる物理攻撃を無効化し、倒したと思っても肉片の一欠片でも残っていればそこからあっという間に再生する。そのうえ肉片の一欠片でも体の中に入り込まれたものなら体を内から喰われ、肉片の集合体に取り込まれればどれだけ強固な装備であっても瞬時に溶かしそのまま中身も喰われる。
知能が著しく低くあからさまな罠でも簡単に引っ掛かるのが唯一の救いだったが、スライム娘となると普通に知能を持っているのでその救いすらない。
紆余曲折ありつつもなんとか捕らえることには成功したが、二度とあんなのはごめんだ。
そのうえ、苦労して捕まえたのに国王ときたら「おくしゅりが効かないじゃないかぁああああ!!」とかキレるんだからマジで意味がわからない。
「陛下からのお話。実に興味深いとは思うのですが、私では荷が重いかと」
「今度は『六魔将』の一人、『氷葬のアイギス』を捕まえてほしい」
おい、話聞けや。
しかも、何て言いやがったこのジジイ。
「……私では荷が重いかと」
六魔将とは魔王直属の部下を指す。
その中でもジジイが要求しているのは六魔将最強の女ときた。
なめとんのか。
氷葬という二つ名にあるように氷の魔法を使う青い髪に透き通るような白い肌の魔族らしいのだが、この氷が並の氷とは比較にすらないない硬度を持っている。
盾として使えばどんな攻撃であろうが防ぎ、矛として使えばあらゆる防御を打ち砕き貫く。
そのうえ、周囲一体の温度を操作して氷付けにしたりすることもできるというとんでもない強さの持ち主こそがアイギスなのだ。
特に関わったことはないが、これから先も是非とも関わりたくない。
あ、奴隷が欲しいなら全然売るけどね。
「儂はお主に期待しておる」
「ご期待に添えず、申し訳ございません」
嫌だって言ってんだろボケ。
「…………本当にダメか?」
「申し訳ございません」
しつこいな。
そんなに欲しいならどっかにいるだろうから勇者でも呼んで頼め。
尋問するとかいくらでも生け捕りの理由は作れるだろ。
「……魔族に人間を売っている奴隷商を突き止めてほしいって色んな国から言われてるんだけどな、儂。……あの勇敢で誇り高く美しいアイギスが手に入ったら調査とか忘れちゃうかな……」
おいこらクソジジイ。
なんて事言いやがる。
それはもはや脅しだろ。
「……お受けしましょう」
「本当か!? さすがは儂の見込んだ奴隷商じゃ!」
ざけんなこのクソジジイ。
「では、儂はこれからお楽しみにとりかかるからの! アイギス、楽しみにしておるぞ!」
ほぼ一方的に用件だけ告げると国王は「おくしゅり♪おくしゅり♪ラン♪ラン♪ラン♪」と歌いながら地下の更に奥へとスキップで進んでいった。
「……」
……なんかの手違いであのジジイ死なねえかなぁ。
◇◆◇◆◇
「……はぁ」
さすがに参った。
というのもこの話はアイギスを捕らえて国王に渡せばそれで済むというようなものではないからだ。
「魔王と国王、どちらをとるべきか」
国王にはさっきそれをネタに脅されたが、おそらく魔王も俺が魔族を売り捌いていることに気がついている。
二人がそのことを知っているにも関わらず俺の事を放置しているのにはもちろん自身の利益が絡んでいるのだが、それだけではない。
むしろ、もう一つの理由の方が大きいと見た方が良い。
奴隷にする対象の選別の話。
基本的に奴隷商というのはそういう市場で奴隷を仕入れて売るわけだが俺は少し違う。自ら奴隷を仕入れているのだ。原価無料だし。
で、俺が自分で奴隷を仕入れる際の選別基準なんだけど、ここに魔王と国王が俺を放置する理由がある。
彼らにとって、種族にとって、好ましくない者を狙って俺は奴隷にしている。
例えば、魔王に売った勇者だが、あれは自らの才能と権力に酔ってあちこちで好き勝手なことをして少なくない被害を出していた。
例えば、国王に売った魔族の数々だが、あれらは魔王を殺してとって代わり好き勝手に魔族を支配してやろうと画策していた者達だ。
当然、だからといって奴隷にしていいなんて理由にはならないが、そんなまともな倫理観を持ち合わせていたなら今頃俺は奴隷商なんてやってない。
そして、国王や魔王もそれでも同族を売るなんて許せないなんてご立派な事を考えるつもりはないらしく、それだけが理由ではないにしろ結果的に俺の事を放置している。
少なくとも、これまで俺が双方に奴隷を売ることで彼らや彼らの率いる種族に不利益はなかった。
しかし、これは違う。
アイギスは違う。
直接的な関わりはないが、かなりの堅物で真面目を絵に描いたような女だと訊いたことがある。
魔王も六魔将の中で最大の信頼をおいている。
そんな女を国王に売り飛ばせば、まず間違いなく俺と魔王の関係性は終わりだ。
それは金払いのいい客を失うことを意味する。
そんなのはごめんだ。
とはいえ、国王の頼みを無視するわけにもいかないだろう。
少なくとも、アイギスを捕らえるまでは国王に奴隷を売りにはいけない。
アイギスを捕らえてしまえば魔王との取り引きができなくなる。
その逆ならば国王。
できることならどちらも失いたくはないのだけど。
「んん……」
平均して二人から得ている売り上げはほとんど同じだ。
だから、目先の金を取るならアイギスの代金があるから国王の頼みを聞けばいい。
そのあと怒り狂った魔王に地獄の果てまで追われることになりそうだけど。
逆に国王の頼みを聞かなかったからといって命を狙われることはないと思う。
身の安全を考えるならアイギスには絶対に手を出すべきじゃない。
あぁ、本当にどうしたものか。
「おい、そこの貴様! ここが魔族領と知っての行動か?」
「……はい。もちろん存じております」
俺の存在は魔族の間でもそれなりには知れている。
魔王が魔族に知らせているから。
そうでもなければ俺は魔族領に入った途端にあらゆる魔族から命を狙われる羽目になってしまう。
それを避けるために魔王は俺が来ると分かっている日には俺の事を襲ったりしないようにと魔族達に命令をしている。それによって俺は安全に魔王に奴隷を売ることができるのだ。
とはいえ、それはあくまで俺が来ると事前に分かっている日に限る。
今、俺は魔王に呼ばれた客ではなくただの不法侵入者なのだ。
迂闊に魔族領なんて入るもんじゃないなぁ。
「貴様は……奴隷商だな?」
「はい。お世話になっております」
「おかしいな。今日の訪問はすでに終わっているはずだが?」
「えぇ、はい。そうなのですが……」
そうなのですが……なんだろうか。
ダメだね。アドリブに弱いや俺。
見つけた人間が知った顔だからか多少は警戒も緩んでいるようなのでその間にどう転ぶにしてもうまく話を持っていきたい。
ところで肩まで伸びた青い髪に透き通るような白い肌、随分と聞いた話と一致する点が多いのだけど、もしやこの魔族は……
「あの……もしや貴女はアイギス様でございますか?」
「……? あぁ、そうだ。私を知っているのか?」
あぁ、やっぱりそうらしい。
というかあんたを知らない人間はむしろ少ないと思うよ。
実際に会ったことがあるなんて奴はもっと少ないだろうけど。
しかし、参ったな。
変なことを聞いたせいか少し警戒が増してしまったようだ。
少しご機嫌取りをやってみようか。
「やはり! 魔王様からお話は伺っております。なるほど、話の通り美しく凛々しいお方だ!」
「なっ!? 美し……っ!? お前! 人間の分際で適当な事を!」
あれま。褒められ慣れていないのだろうか。
白い肌が照れているのか真っ赤に染まっている。
先程までの凛々しい姿はどこへやらといった様子だ。
これはもう一押しすべきかな。
「お気を悪くされたのなら申し訳ございません。アイギス様が噂通りの、いえ、噂以上に美しいお方であった為につい口をついて感情が言葉として出てしまったのです。どうかこの愚かな人間をお許し頂けないでしょうか?」
「~~ッ!?!? か、勝手にしろ!!」
「ありがとうございます」
うーん、色々ちょろそうだなぁ。こんなんで大丈夫なのだろうか。
まぁ、いいや。せっかくの機会だ。奴隷云々はともかく仲良くなっておければ今後の利益にも繋がるだろう。
関わらないのが最善とばかり思っていたけれど、良好な関係を築けるのなら話は別だ。
仲良くなったら喜んで奴隷堕ちしてくれるとかないかな。
「その……」
「はい、なんでしょうか。アイギス様」
どう話を持っていこうかと思案していると思いがけずアイギスの方から話を切り出された。
何が始まるのか少し不安はあるけれど、それを無視するわけにもいかず反応を示す。
「魔王様は、お前を気に入っている」
「この身には過ぎた幸せでございます」
身構えてはみたけれど、話は思わぬ方向へと向かった。
しかし、俺とアイギスの共通点なんて魔王に関するものだけだろうから改めて考えてみればそこに行き着くのは当然とも言える。
「その……だな……魔王様は色を好むだろ? もちろん一配下に過ぎない私が口を出すような話でないことは分かりきっているのだが、魔王様は私にとっては妹のような存在でもあってだな……その……だから……少し心配なのだ。だが、私は……そういう事には少し疎くてな。その……だから……やはり、お前も魔王様とそういう関係」
「いえ、全くそのようなことはありませんよ」
ほぼほぼ初対面の人間にこの魔族は一体何を言っているのだろうか。
たぶん聞きたいことは魔王様の性事情は問題のない域に留まっているのだろうかということなのだろうけど、蛇足の情報が多すぎる。
あんたがそういうことに疎いって情報得て俺は一体どうすりゃいいんだ。国王が喜ぶだけじゃねえか。
あと、あんたの気にしてる魔王様の性事情はむしろ問題が無いところが無いくらいにはぶっ飛んでイカれてるよ。
「そ、そうか。それではお前に聞いても分からないな……。変なことを聞いた」
「私ごときに答えることが可能なことでしたらどのようなことでもお答えしますのでお気になさらず」
聞かれてないことは答えないけどね。
しかし、アイギスはどうやら魔王に対して忠誠以上に妹に対しての愛情のような感情を持っているらしい。
これは利用できないだろうか。
「ところでアイギス様」
「……なんだ?」
最初よりもよほど警戒の色が薄い返答が返ってきた。
友好的な関係を築く作戦はそれなりに順調らしい。
それだけにこの先は少し怖い。下手すれば魔族を敵に回しかねないのだから。
ただ、まぁ、奴隷商としての俺の勘が言っているのだ。
ガンガンいこうぜ!と。
「一つ、お願いがあるのですが」
「…………話してみろ」
ふむ。無礼な!とか言われるかと思ったけれど案外大丈夫だった。
なんとなくこれまでの会話で察してはいるけど、性格良さそうだなこの魔族。
「私は今、人間の王に貴女を捕らえるようにと命令を出されています」
「……そうか。つまりここには私を捕らえに来たということか」
警戒が強まり、冷たい目が俺を注意深く見やる。
ま、これに関しては当然。しかし、同時にアイギスはこうも思っているはずだ。
どうしてそれを今話したのだろうか、と。
その証拠に俺の事を注意深く観察しながらも、何かを考えるような表情をアイギスは見せている。
そして、俺はそれを無駄にはしない。
「いえ、違います。私は貴方に協力して頂きたいと考え、ここに来たのです」
奴隷商自慢の空間魔法。
空間をねじ曲げ黒い穴を作り中に入っている元奴隷の魔族達を取り出し、そうアイギスへと返答を返す。
「この者達は……行方不明になっていた……!!」
「人間の王の奴隷となっていました」
「なんだとっ!?」
この様子を見るにアイギスはこの魔族達が奴隷となっていたのを知らないと見える。
他の魔族に対してどうしていたのかは知らないが、魔王はアイギスに奴隷の事を伝えてはいなかったのだろう。
まぁ、それはいい。そんなことはどうでもいい。
「許せない……! 今すぐこの事を魔王様にお伝えして」
「お待ちくださいアイギス様」
面白いくらいに想像通りの動きをしてくれる。
どこぞの二人とは大違いだ。
「アイギス様、仮にこの事を魔王様にお伝えすれば、おそらくこれまでの比ではない血が流れる事になるでしょう」
「それがどうした!? まさかこのまま泣き寝入りしろとでも言うつもりか!」
まさか。言ったとしてもあんたのようなタイプはそれを聞かないでしょうよ。
「いえ、ですが、むやみに争いを大きくせずとも奴隷にされた魔族の方々の怒りは晴らせるのではないかということを私は言いたいのです」
俺の言葉にアイギスは動きを止める。
「人間のお前の言うことを信じろと?」
「まずは話だけでも聞いていただけないでしょうか? 少なくとも、このまま血で血を洗う争いに発展するのは魔族の皆様にとっても喜ばしいことではないのでは?」
俺としてもその展開は好ましくない。
総力戦なんて事になったら絶対に売り上げ落ちるし。
「……話してみろ」
アイギスが人間相手でも話を聞いてくれる魔族で本当に良かった。
「国王の奴隷になってください」
「そうか。死ね」
ああ、うん。
今のは全面的に俺が悪いね。
そんなことを思いながら首狙って向かってくる刃を避けようと俺は身を捻った。
◇◆◇◆◇
「…………お前は儂の、人の味方をするつもりはないということか?」
「……仰る意味がよく分かりませんが、私はただの奴隷商に過ぎません。味方も敵もありません。あるのは商品を購入していただけるお客様かそうでないかだけでございます」
「……」
アイギスを捕らえて国王に奴隷として渡してから一月が経った。
アイギスは国王に渡された次の日に拘束から逃れ国王の首を狙ったが、それは国王についている近衛達によって阻止された。
「魔王との取り引きをやめるつもりはない。だが、儂の頼みも蔑ろにはできない。だから、一度は頼みを聞き、そのうえで逃げられるように細工をした。そして、同じことが起きないように儂にアイギスを渡す際、もう同じ頼みはしないことを儂に承諾させた。違うか?」
「申し訳ございません。私のような下賎な者には陛下が何を仰っているのかいまひとつ理解が及ばないようです」
「……」
魔王には変に問題になる前に話を済ませておいた。
当然、俺の利益の為にアイギスを巻き込むようなものなので良い顔はされなかったが、それでも様々な譲歩と取り引きがあって話はついた。
痛い出費だ。二度と同じようなことは起きてほしくない。
「…………人の側につけ。奴隷商」
「昔も今も私は人です」
アイギスが欲しかったというのは当然ある。
ただ、それ以上に国王はきっと俺と魔族の関係性を断ちたかったのだと思う。
別にどちらかにつく気なんて全く無いのだから放っておいて欲しい。
俺は常に金払いの良い者の味方だ。
「それでは商品の受け渡しも済んだことですので私はこれで」
無駄話にこれ以上付き合う気はなかったので一礼して国王に背を向け地上へと通じる階段に足を進める。
「…………お前は一体何者だ?」
そんな俺の耳に届いたのは俺への問いかけというよりは純粋な疑問だった。
「ただの奴隷商、それ以上でもそれ以下でもございません」
それに答えると今度こそ足を止めることなく俺はその場をあとにした。
地上へと出たあとにうっすらと聞こえた「おくしゅり打って気分転換しよ……」という言葉は幻聴だと思いたい。
あと、おくしゅり言うな。