表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬までに死のう。  作者: 海松みる
8/10

八話


 「沢渡ー。」

ハチ公の像の前。

僕は後ろから名前を呼ばれる。

僕の家は、このハチ公の像から一体何千キロ離れていると思っているんだ。

まあ、碧も同じだけど。

白い紙の中のひとつ。

『ハチ公の像の前で待ち合わせ。』

待ち合わせをするためにお互い電車を何本も乗り継いできた。

しかもお互い鉢合わせないように時間をずらして出発した。

「碧。オハヨウ。イイテンキダネ。」

僕はカタコトになりながらも碧の望む言葉を言った。

すると碧はあからさまに不機嫌そうな顔をした。

「日本語覚えたての外国人じゃないんだから。もっとちゃんと言ってよ。」

僕は咳払いをして、

「碧。おはよう。いい天気だね。」

そこそこの決め顔で言ってみた。

「っぶは!」

碧はそんな僕を見て爆笑。

「はあ。ほら、次はオシャレなカフェだろ?」

「うん。早く行こっか。」

まだ笑っている碧。

一生やってやんない。

…でも、その一生も、もうすぐ終わってしまうのか。

いや、まだ碧が自殺するなんて考えられない。

でもやっぱり、碧の後ろ姿を見ると不安になる。

そのままふっと消えてしまうんじゃないか、なんて。

「ん?何してんの?もしかして、私の後ろ姿に見惚れてた?」

碧は冗談半分で笑った。

「はいはい。今行きますよ。」


 「いやー。しゃれおつー。」

目を輝かせながらカフェを見渡す碧。

とはいえ、碧は八月の終わりくらいまで東京にいたはずだ。

オシャレなカフェくらい一度は行ったことがあるだろうに。

 「ご注文はお決まりですか?」

イケメンな店員に注文を聞かれた。

「えと…アイスカフェオレを一つと…沢渡は?」

イケメンに緊張しているのか、碧はおどおどした。

「僕はブラックコーヒーを。」

「かしこまりました。」

礼儀正しく礼をしてイケメンの店員は去っていった。

「あは。イケメン。」

碧は口角若干上がっている。

「碧、顔がやばい。」

僕は笑いが堪えられず、つい笑ってしまった。

いつもは凛としている碧が、イケメンを前にすると動揺するのか。

碧の意外な一面を発見できた僕は、なぜか少しだけ嬉しかった。

「ねえ、僕ってイケメンな方なの?」

僕はその言葉を発して後悔した。

碧のことだから、どうせ「なに?妬いてるの?」とか、「もしかして自分のこと!」とか言ってくるはず。

 下を向いて言葉を待っていると、

「うーん…。」

碧は、僕の顔をまじまじと見つめてきた。

「そうねえ。考えたことなかった。」

「考えたことなかったって、僕まだ碧に会ってから一ヶ月も経ってないよ?」

そう言うと、碧は不自然に目をそらした。

「そ、そうだね。まあ、イケメンなんじゃん?」

「なんだそりゃ。」

変なの。

 「お待たせしました。アイスカフェオレとブラックコーヒーです。」

またあのイケメンな店員が登場。

やっぱり碧はおどおどする。

それがやっぱり面白かった。

「ごゆっくりどうぞ。」

イケメンな店員はそう言ってまた去っていった。

「で、本題ね。」

碧はカフェオレを一気に三分の一くらい飲んだ。

「文化祭かあ…。」

正直僕のやる気はゼロに近い。

今まで目立たないように生きてきて十六年。

文化祭の実行委員をやるなんて大事件だ。

お母さんにそれを言うととっても喜んでいた。

そんなに僕の影が薄いことを気にしていたのかな。

 「これ。みんなから取ったアンケートだってさ。」

碧は透明なクリアファイルからアンケート結果の紙を出した。

そのクリアファイルには、マジックペンで大きく『文化祭!』と書いてあった。

本当に張り切ってるなあ。

「お化け屋敷多いねえ。」

「ほんとだ。」

女子の方ではメイドカフェが多い。

「これ、大変だなあ。決めるの。」

「もうさ、二つに絞らない?お化け屋敷とメイドカフェ。」

碧は大胆に言った。

確かに、少数派の意見をちまちま潰していくのも、かわいそうな気がしてくる。

「そうだ!」

僕は、いい事を思いついた。

これはかなり良さそうな気がする、多分。

「あれ?やる気出てきた。」

「い、いや…。まあ、ちょっとは。」

「ははーん?」

碧は目を細めてにやついた。

「で?そのいい事とは??」

僕は咳払いをして座り直した。

「この少数派の意見を、全部、この『メイドカフェ』に詰め込む。」

「ほほう。でも、『お化け屋敷』はどうするのかね?」

「それがですねえ。お姉さん。いい案があるのですよ。」

……僕の負けだ…。

碧に出会ってから二十一日。

ついに今日、碧のノリに乗ってしまった。

「ほほう。いい案とは?」

「壁を黒い画用紙で黒くして、カフェの店員たちはみんなお化け要素を取り入れた格好をする。そして、そこに登場するのが、『少数派の意見』。」

「ほうほう。」

「この男女逆転ファッションショー。これは店員でやる。」

「このたくさんのミニゲームというやらは?」

「それは、店員が注文された品物を持ってった時に、ミニ問題が書かれた紙を渡して、それに正解してカフェを出た人は、お菓子の景品をプレゼント、とか?」

「おお!それはいいではないか!」

碧はカフェオレを一気飲みして飲み干した。

「あとでお腹壊しても知らない…。」

僕は、ブラックコーヒーを少しだけ飲んだ。

「じゃあ、やる事もまとまったみたいだし、今日は解散ね。」

「解散!?」

「うん。予算は明日。それで、二週間かけて準備して本番!」

「おう…。早いね結構。」

「そうよ~。時は金なり。」

満面の笑みでそう言ってきた。

碧に言われるとなんか納得してしまう。

自殺する前に自分のやりたいことをめいっぱいやる。

僕を巻き込んでだけど…。

そんなにやりたいことがあるなら死ななければいいのに。

その理由もすべて『冬までに』教えてくれそうだけど。

本当に教えてくれるのだろうか。

 文化祭は十月の五日と六日。

今日は九月の二十一日。

遠いようであっという間に過ぎる。

そして、碧が死のうと思っている日も、確実に近づいている。

時間は止まらない。

死ぬまで心臓が動き続けるように。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ