六話
「お、沢渡。」
「おう、碧。」
「なんじゃそりゃ。」
「いや、なんか…ねえ。」
謎の挨拶を交わす碧と僕。
普段は休日の日といえば、弘人と会うか、家でのんびりするかのどっちかだった。
新学期になり、碧と出会い、あの計画を手伝うことになり、最近の休日はほとんど碧といる。
といってもまだ、休日に碧に会うのは二回目だけど。
「今日は何するの?」
海の上の橋。つまり僕の家の目の前。
そこで橋に寄りかかりながら並んで話す。
学校もここから近いし、知り合いに合う確率は結構高い。
だからといって、僕の家で集まるのも、お母さんは許してくれなさそうだし、碧の家のことも聞いちゃいけない気がして聞けなかったし。
結局ゆっくり話せる場所はこの、橋の上だった。
「今日は、遺書を書きます!」
碧はいつの間にか出していた白い便箋とペンを空に掲げた。
「お、おお。らしくなってきたね。」
「でもさ、どうやって書けばいいの?」
「いや、知らないよ。」
「手伝ってくれるんじゃないの!?」
「適当にネットで調べれば?」
僕はポケットから携帯を取り出す。
「そだね。よし、じゃあ、一緒に書こっか。」
「はい?」
「だから、沢渡も一緒に遺書を書くの。」
真顔で言ってくる碧。
僕、死ぬつもりないんだけど…。
でも断ったら殴られそうだから、渋々便箋を受け取った。
「そもそも、手紙の書き方が分かんない…。」
僕は、悩んでいる碧をよそに、すらすらと書き進めてみた。
遺書
僕は、とりとめもない毎日に飽き飽きしたので、試しにベランダから飛び降りてみました。
僕が死んだことによって、迷惑をかけてしまった人達、本当に申し訳ございません。
さて、僕の遺品を整理する前に、この手紙を読んで頂けると幸いです。
「えっと…。僕の遺品、僕の遺品…。」
僕が集中して書いていると、いつの間にか碧が僕の遺書を覗き込んでいた。
「沢渡、本当にそういう理由で死にそう…。」
「失礼だな。」
「しかも、なんか遺書っぽくない…。」
「確かに、遺言に近いね。」
「へえ。沢渡、そういう才能あったんだ!冒頭と遺品のことについて書くの、パクって良い?」
よほど僕の遺書が気に入ったのか、碧は楽しそうに書き始めた。
まず、僕の本棚の本は、すべてフリマかなんかで売ってください。
次に、僕のネクタイピン。あれは、中学生のころから使っているのでそれを形見として、僕の父に譲ります。
そして、僕の目覚まし時計。あれは、物心ついたときから使っていた大事なものなので、僕の母に譲ります。
他の遺品は全て、破棄して構いません。
お手数をお掛けしますがどうぞよろしくお願いします。
沢渡 稜大
「こんな感じかな…。」
僕は早々と遺書が完成した。
碧の方を見ると、どうも真剣に書いてる様子だ。
そりゃ、本当に死ぬつもりなんだから、当たり前か……。
なにを書いているのか気になり、そっと覗き込んだ。
「見たらぶっ殺す。」
碧はさっと紙を裏返して僕を睨みつけた。
「怖っ。」
「もうすぐ書き終わるから、沢渡は自分の遺書でも見直しといて。」
「う、うん…。僕、死ぬつもりないんだけどな…。」
「いいの。」
しばらく経ったある時。
「できた!!」
ぼーっと海と空の境界線を見ていた僕は、その声にびっくりして肘をがくっと落としてしまった。
その拍子に、肘で押さえていた遺書が、橋の下に落ちていってしまった。
「あ~。僕の遺書~。」
「ま、いんじゃない?どうせ死ぬつもりないみたいだし。」
「確かに。っていうか、それさっきから僕が言ってたじゃないか!」
「そうだっけ?」
碧は首をかしげた。
「それより、できたんだってば!沢渡には見せないけど。」
「おう。それは良かったね。ということで帰ろうか。」
「なにそれ!この後用事でもあるの!?」
「だって、今日の計画って、遺書書くだけでしょ?」
「まあ、そうだけど…。」
碧はつまらなさそうな顔をした。
逆に碧の方がさっさと帰るかと思ったのに。
「なんかさ、私と沢渡が出会ったのって運命だよね。」
しばらくの沈黙の後、碧は突然そんなことを言いだした。
「どうしたの?急に。」
「いや、人って何で出会うんだろうって思って。」
深いなあ。碧もそんな事を考えるのか。
「人が人に出会わなかったら、世界の人口を疑うね。」
「そういうことじゃなくて!」
「どういうこと?」
「だから、ほら、始業式の日の私みたいに、あんなひと言を口にしちゃえば簡単に人は関わってこなくなるじゃん?」
「あれってわざとだったの?」
「…まあね。でもあれは本心だけどね。私は転入早々目の前であんなこと聞かれても気にしないけど、もし他の、か弱い女の子とかだったらどうなる?」
「傷つくだろうね。来ない方が良かったんじゃって。」
「でしょ。だから私は、あんな空気読めない奴らとなんか関わりたくないって思ったの。」
碧は海の遥か向こうを見ながら言った。
「でも、沢渡は違った。」
「え?」
「沢渡は、私を心配して屋上に来てくれたでしょ?」
「まあ、ね…。でも僕は偽善者ぶってる〝正義のヒーローくん〟だし。」
僕がそう言うと、碧が僕の方を向いた。
「偽善者だとしても、実際に行動に移してるんだし、いいんじゃない?」
僕は、否定も肯定も出来ず、ただただ突っ立っていた。
「なんだかんだ言って、この星もまだ愛情に包まれていたんだなって。」
「愛情?」
「うん。なんていうか、愛情の連鎖ってやつ?多分、沢渡のお母さんは沢渡のことを愛情たくさんに育てたんだと思うよ。だから、本当の愛を知っている人は、それを人にも分けることができるの。沢渡みたいに。」
碧はふんわりと笑った。
こんな笑顔初めて見る。
「僕、がねえ…。」
「あんた、ちゃんとお母さんに感謝するんだよ?いい?」
どっかのおばちゃんみたいな口調で言ってきた碧は、自分の口調が面白かったのか、小さく笑った。
「うん。分かったよ。」
「よろしい。じゃ、何もすることないし、帰るか。」
「うん。帰ろう。」
「じゃね。」
碧は小さく手を振って、自分の家の方向へ走っていった。
碧は、本当の愛を知っているのだろうか。
聞いて、いいのだろうか。
「ただいまー。」
「あら、お帰り。早かったわね。まだ一時間も経ってないわよ?」
お母さんはお昼ご飯の準備で台所にいた。
元々あまり料理が得意じゃないお母さんの手には、包丁で怪我をしてしまったところにばんそうこうが何枚か貼ってあった。
それを見て、少し笑ってしまう。
「どうしたの?」
「いや、なんでも。」
「やだあ、気味が悪いわね。この前もボロボロになって学校から帰ってきたし。」
「お母さん。いつもありがとう。」
「あれ?今日って母の日だっけ?」
お母さんはカレンダーを確認した。
「それは五月だよ。」
「え!?じゃあなんで。ますます気味が悪いわ!」
慌てふためくお母さんが面白くて、笑ってしまった。
部屋に戻って、ベッドに腰かけた。
何となく携帯を取り出し、特に意味もなく携帯をいじっていた。
「そうだ、弘人に連絡でもしよっかな。」
といっても、弘人と離れてまだ二週間しか経ってないけど。
僕はメールの画面を開いた。
≫弘人。おはよう。
なんと送ればいいのか分からず、とりあえずそんな一言。
すぐに既読がつく。、
≫お前、絶対用ないだろ。
≫ばれた?
≫そういえば、最近学校どうだ?友達とかできたか?
まるで遠くにいるお兄ちゃんみたいだと思った。
そうだ、碧のことを話そう。
≫弘人が転校してから、友達は消えた。ってかもともと居ないけど。でも、碧っていう転入生と、なぜか仲良くなった。
≫なんか言われたか?
なんの心配だよ。
そんなに僕がメンタル弱いとでも!?
≫傷つくことは特に。ご心配なく。
≫そうじゃなくて、なんか聞かれたかって。
僕は弘人からのメッセージを読み、首をかしげた。
≫なんのこと?
≫いや、いいんだ。なんでもない。
珍しく弘人は誤魔化した。
まあ、弘人のことだし、また僕をからかうつもりなんだろうなと思った。
≫じゃ、俺は今から塾。じゃあな。
≫こんな昼間から塾?東京も大変だね。頑張れよ。
≫おう。
携帯を閉じて、ベッドに放り投げた。
「稜大ー。ご飯よー。」
「今行くー。」
また暇なときに弘人と会話しよう。