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冬までに死のう。  作者: 海松みる
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五話


  憂鬱な月曜日がやってきた。

弘人は転校して友達がいなくなったし。

いや、一応いるけど。

碧は友達というより、僕が『あの計画』を手伝っているだけというか。

僕は碧のことを友達だと思っている。

でも、碧は思ってないかもしれないし…。

またそうやって、うじうじとあれこれ考えながら歩いていると、いつの間にか学校に着いていた。

 教室に入ると、珍しく碧が僕より先にいた。

高田たちも。

「おはよ…。あ。」

碧におはようと言いかけた時に、あるものが目に入った。

それは僕の机。

ただの机ではなく、〝落書きだらけの机〟だ。

「正義のヒーローくん」「影薄い」など、予想通りの言葉だ。

先週までは無かったのに。

僕がじっと机を見ていると、高田たちの笑い声が聞こえてきた。

「沢渡、おっはー。」

碧は読んでいた本を閉じて、僕を見た。

「お、おはよう…。」

碧は落書きだらけの机で本を読んでいた。

「消さなくて、いいの?」

「うん。時間無駄だし。」

淡々と答える碧。

「確かに、そうだね。」

僕もなんだかどうでもいい気がして、笑った。

「正義のヒーローくん」。この言葉、結構いいかもしれない。

ある意味本当のことだし、目に入るたび気合いが入りそうだ。

そんな事を思った今、自分で自分に驚いてしまった。

いつからこんなプラス思考だったっけ?

弘人が今の僕を見たらきっと、「成長したなー。」とか言ってきそうだ。

 僕は鞄を机の横にかけ、席に座った。

そして、碧と同じように読みかけの本を開く。

 

 教室が生徒で埋まり、高橋先生が入ってきた。

先生は一瞬だけこちらを気にしたが、後は見てみぬふりだ。

先生の揺れるポニーテールに、なぜかムカついた。

先生の目には一体、何が映っているのだろう。

そして、何を思うのだろう。


 放課後、いつものようにいつの間にか教室からいなくなっている碧を探しに行こうと、鞄を持って教室を出た。廊下に出ると、遠い廊下の突き当たりに高田を含む男子たちが集まっているのが見えた。

嫌な予感はしつつも、あそこを通らないと帰れないからとりあえず無視して通り過ぎようと思った。

長い廊下をすたすたと歩く。

さっきまで小さく見えた高田たちが近づくにつれてどんどん大きくなっていく。

高田が目の前にいる位置まで歩き、体の向きをくるっと変えた。

そして階段をすたすたと下りる。

「シカトすんじゃねーよっ。」

耳元で声が聞こえたと思ったら、

「うわっ!」

思い切り強く背中を押された。

階段を踏み外したけど、五段くらい落ちて手すりを掴んだから無事に済んだ。

「なにすんだよ。」

僕はくるっと後ろを振り向いた。

その時、

「うっ!」

高田に思い切りお腹を殴られた。

お腹を押さえながら顔を上げると、

「っ!」

次は顔を思い切り殴られた。

痛みが顔にじんわりと広がる。

口の中に血の味が広がった。

口の中も切れたんだ。

さっき殴られたお腹も痛いし。

僕、弱いな。

多分高田は、人を殴るのは初めてだと思う。

なのに、こんなに痛いなんて。

痛くて、まともに抵抗も出来ない。

顔から顎にかけて痛みがずきずきと広がる。

お腹も押さえてないとまともに立ってられない。

「お前、ムカつくんだよ!」

最後は足でお腹をもう一度。

僕は声も出せずに階段の下でうずくまった。

幸い、高田たちはうずくまった僕を見て去っていった。

口の中、血の味がする…。

頬も、腫れていてじんじんと痛い。

お腹は、二発もくらって、立ち上がれない。

 横を見ると、階段の下に下駄箱が見えた。

碧は、もう帰っちゃったか…。

しばらく階段の下で横たわっていた。

何も考えずに。

ぼーっと。


 体内時計で五分くらい経った気がする。

「帰るか…。」

喋ると口の中がずきずき痛む。

ゆっくりと起き上がって、階段を下りた。

「あれ、沢渡じゃん。」

その時、左の方から碧の声がした。

驚いてそちらを向くと、

「碧、どうしたの!?」

「沢渡、その顔!!」

僕たちは同時に言葉を発してしまった。

碧は、全身に水を被っていた。

そのせいで服も髪もびしょ濡れだ。

髪の毛先から水滴がぽたぽたと落ちてゆく。

きっと碧も僕と同じように、高田の仲間の女子にやられたんだ。

「沢渡、顔がすごい痛々しいよ…?」

「いや、碧こそ、全身びしょ濡れだし…。」

しばらく僕たちの間に沈黙の時間が流れた。

「……。」

「……っぷは!」

笑いを堪えていたのか、碧がぷっと吹き出して、笑い始めた。

お腹を抱えて。

僕は、笑おうにもお腹が痛くて笑えない。

苦笑いしかできない僕を見た碧は更に笑った。

「私達、情けないね。朝はあんなに強がってたくせに。」

碧は朝の自分をバカにするように言った。

でも、堂々と自分を情けないと言えるのはかっこいい。

「帰ろっか。」

「うん…。」


 九月が始まったばかりの世界。

相当バカな発言をすると分かっていて言うけど、日にちが全世界で統一されて毎日が回っているのは、すごいことだと思う。

「あー。寒…。」

碧は身震いをした。

「風邪ひかないでね…。」

「なんでそんなこと沢渡に言われなきゃならないの。私は風邪なんてひかないし。」

そう言いながらも体を震わせている碧。

いつもの田舎道の分かれ道に来た。

碧は田舎道を左に進んで、僕は右に進む。

そして僕は、あの海の橋のところに辿り着く。

「じゃ、バイバイ。」

「うん、また明日。」

そうやって二手に分かれて、僕たちは帰った。

 家までの道のり、ふと『十一月十一日』という日にちが頭に浮かんだ。

残り、何日だろう。

最近は暇さえあればこの事について考えてしまう。

まだ碧に初めて会ってから一週間と一日しか経っていない。

短いようで、いろいろな話をした。

好きな食べ物、好きなミュージシャン、好きな場所…。

碧は案外おしゃべりな性格で、自分のことはたくさん話してくれた。

碧の好きな食べ物は肉まんで、好きなミュージシャンは流行りのミュージシャンなら誰でも好きらしい。

でも、たくさんの情報を知れば知るほど、聞けていない情報が浮き彫りになってくるのだ。

それに碧は、気づいているのか、気づいていないのか。

そう、碧はまだ、一切自分の家族のことについて話していない。

まだ一週間しか話していない。

これから話してくれるのかもしれない。

でも、なんというか、僕の考え過ぎだろうか。

意図的に、家族の話を避けているように見えてしまう。

 十一月十一日まで、あと二ヶ月くらい。

碧が自ら命を絶つところを全く想像できない。

あたりまえのことだけど。

もう、考えるのは止めよう。


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