四話
「沢渡ー。」
このド田舎の町にひとつしかない駅。
そこで僕に向かって手を振る少女は如月碧。
「ごめん。待った?」
「おお、いいね。その言葉。なんかいい。」
碧はにこやかに言ってきた。
いまいち意味がよく分からないけど。
「さて、沢渡君。遊園地に行こうか。」
後ろで手を組んで学校の校長みたいに言う碧。
「う、うん。」
ここから、三十分くらい電車に乗ると、少し発展した町に出る。
そこには、大きなショッピングモールから遊園地まであり、僕の町の子どもたちは遊ぶといったらここに集まる。
「さ、あの計画の一つ目。遊園地に行く!」
碧は予想以上に大きな声で言った。
僕は慌てて周りをきょろきょろ。
「ここ、一応公共の場なんだから!」
「こうきょー?なあに、それ。」
碧は今日、酔っぱらっているのか?
そう疑わずにはいられない。
「はいはい、そんな怪訝な顔しないで。私は正常だから。」
その言葉を聞いてもなお、疑わずにはいられない。
「足元にお気を付けくださーい。」
最初に乗るのは結構大きめのジェットコースター。
僕も碧も、絶叫系は大丈夫だから、特に問題は無い。
それを知るなり碧は子供のように文句を言いだした。
「つまんなーい。ここは絶叫系苦手男子を演じてよー。」
「はい?それをやる意図は?」
「萌える。」
碧は即答。
まるで今どきの女子みたいだ。
碧はクールで少し変わったオーラをまとっているというのは僕の勝手な思い込みだったのかもしれない。
「うわーん。僕、こういう乗り物苦手ー。」
とりあえず棒読みで言ってみたけど、逆効果。
碧はしらけた顔をした。
「ちょっと!まるで僕が変人みたいじゃないか!!」
いくら言っても、碧は表情一つ変えない真顔だ。
僕は悲しくなって下を見た。
すると碧がぷっと吹き出す声が聞こえた。
「あー。まじで耐えらんない。」
碧は僕の行動が相当面白かったのか、ずっと笑っている。
僕ははあ、とため息をついていつの間にか来た順番に従い、乗り物に乗りこんだ。
碧は無言で僕に続く。
あれ?もしかしてこれ、気まずい空気?
典型的な日本人な僕はすぐに気づいてしまった。
立場的に、僕が怒っていることになる。
でも、僕はただ、ため息をついただけなのだが…。
安全バーを下ろし、乗り物が動き出したとき、碧が何かつぶやいた。
でも、レールが動く音にかき消されて全く聞こえなかった。
乗り物がレールの上を進み、どんどん上に上がっていく。
青空が目の前に広がった。
そして、下に落ちる直前。
「沢渡ー!さっきは笑いすぎてごめんねー!!」
碧は大声で謝ってきた。
そこで謝るか?と驚いたけど、
「別に気にしてなーい!!!」
下に落ちながら僕も叫んだ。
「はい、足元にお気をつけくださーい。」
僕たちはそのまま無言で乗り物を下りる。
出口を通って、お土産屋さんを通って、外に出た。
「ふう。」
「ふう。」
その時無意識についたため息。
碧と偶然重なってしまった。
すると、それに碧が声をあげて笑い始めた。
大声で。
周りの人がちらちらと碧を見る。
どうしても笑いが止まらない碧。
それをちらちらと見る周りの人達。
だんだんその光景が面白くなって、気がつけば僕も大笑いしていた。
碧に負けないくらい大声で。
周りの人はお腹を抱えて笑う僕たち二人を不思議そうに見ていた。
「はあ、はあ。」
僕はやっと笑いが収まり、息を整えた。
「はあ、はあ。」
碧も同じように息を整えた。
「私達、頭おかしいね。」
「ね。」
その後、回るコーヒーカップに乗ったり、魔法の絨毯の乗り物に乗ったり、とにかく遊園地を沢山満喫した。気付けば日は暮れていて、辺りはすっかり暗くなっていた。
「そろそろ帰ろっか。」
「いや、沢渡。君は一つ大事な乗り物を忘れている。」
碧は僕より背が低いため、僕を少し見上げて言ってきた。
右手の人差し指を左右に揺らしながら。
「あったっけ?」
「観覧車。」
「じゃ、それ乗ったらもう遅いし帰るよ?」
「はーい。」
僕の妹のように言う碧。
実際僕に妹なんかはいないけど。
「足元にお気をつけくださーい。」
今日、このセリフを言われたのは何回目だろう。
ふとそんなくだらないことを思う。
僕たちの後ろに並んでいるのはほとんどカップル。
僕たちもカップルだと思われているのかな…。
観覧車に乗りこんだ僕たちは向かい合わせになるように座った。
「沢渡、高所恐怖症とかないのー?」
「ありませーん。」
「つまんな。」
碧はそうやって何かを怖がる人を見つけたらいじめたくなる人なのか?
そうだったら、碧に友達ができなさそうなのも納得がいく。
友達がいないのか知らないけど。
僕があれこれ考えているうちに、いつの間にか観覧車は真ん中くらいまで上がっていた。
「うわー。結構たかーい!」
碧はテンションが上がっているのか、足をバタつかせた。
「うわ!揺れるからやめろよ!」
高いのは大丈夫だけど、さすがに揺れたら怖い。
「なに?怖いの??」
碧はにやにやした。
こいつ、やっぱり友達減るわ。
そんな事を思った。
学校ではクールな碧は、楽しいことがあると小さい子どもみたいにはしゃぐのか。
今日は、いつもと違う碧を知れた気がする。
――本当に、自殺してしまうのかな。
いよいよ観覧車は一番上に到達した。
さすがの僕でも少し足がすくんだ。
でも、それを表に出したら碧の標的になる。
僕はじっとしていた。
碧はずっと窓から下を見ていた。
「屋上から飛び降りた時って、こんな感じなのかな。」
そんな時、観覧車の中の静寂を、そんな言葉が切り裂いた。
僕は、なんと言えばいいのか分からなかった。
なぜなら、それを言ったときの碧の横顔が何とも言えない顔をしていたからだ。
寂しそうで、泣きそうな顔。
今にも、観覧車の扉をこじ開けて飛び降りてしまいそうな顔をしていた。
帰り道、なぜか碧はずっと黙っていた。
電車の中も、駅に着いてからも。
朝からあんなにはしゃいでいた碧が。
それもこれも、あの観覧車に乗ってからな気がする。
一体、碧は今、何を思っているのだろう。
「沢渡、今日はありがとうね。」
辺りはすっかり夜の闇に包まれている。
都会だったら建物の光が眩しいだろうけど、ここは田舎だから、静かだし夜は暗い。
「なんかさ、田舎に来てから寂しいって思うことが前より多くなったんだ。」
僕は黙って碧の言葉を聞いていた。
「静かだし、人が少ないから一人になる時間が多いし。いや、都会にいても同じくらい寂しかったな。それをただ、周りの雑音で偽ってただけかもしれない。」
「碧、送るよ。」
このまま一人で帰らせたらふっと消えてしまいそうだったから、送ろうと思った。
「いいよ。」
「いや、送るよ。」
僕の不安な気持ちが膨らんだ。
「いいって!!」
その時、碧は大声で言った。
静かな闇に、碧の鈴のような声が響き渡った。
僕はびっくりして口をつぐんだ。
「ごめん、大声なんか出しちゃって。」
「ううん。僕の方こそ無理やり送ろうとしちゃってごめん。」
「沢渡は悪くないの。私のせいなの。」
そう言って碧は僕に背を向けた。
そしてそのまま、すたすたと歩いて夜の闇に消えていった。