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冬までに死のう。  作者: 海松みる
2/10

二話


 五時間目の授業中、さっきの言葉が気になって、どうしても授業に集中できなかった。

「冬までに死のうと思っている。」一体どういうことだろう。

何かの病気で余命が決まっている?

でも、病気だったら「死のうと思う」なんて言葉はおかしい。

やっぱり碧は、自殺しようとしているのかな。



 放課後、気がつけば碧は教室からいなくなっていた。

高田を含む男女グループは、碧の机を囲んでなにかやっている。

多分、机に落書きをしているんだ。

やっぱりここでも、僕はただの傍観者だった。

僕は階段をゆっくり下りながら、傍観者になっている自分を恥ずかしく思った。

「沢渡、階段下りるのおっそ。」

口調は男っぽいけど、聞こえてきた声は完全に女子の声だった。

顔を上げると、予想通り、碧がいた。

傍観者の僕は合わせる顔が無くて、何と言えばいいのか分からなかった。

「そうやって、『落ち込んでるように見せれば傍観者の僕も救われる』なんて思ってるの?」

彼女の言葉は、とがった矢のように僕の心を刺した。

「本当に、言えてるよ。落ち込む権利があるのは、碧の方だよね…。」

「権利?何それ。落ち込むことに権利なんていらない。ただ、落ち込むか落ち込まないかの問題だし。いちいち感情に権利なんてあったら、この世界は機械みたいになっちゃうよ。」

碧は、僕のことを否定したいのか、肯定したいのか、どっちなんだろう。

どっちでもないが答えなのかもしれない。

というか、本当にさっきまで屋上から飛び降りて自殺しようとしていた人の言葉なのか?

僕より何倍も、心が鋼でできているじゃないか。

「本当に自殺しようとしていた人の言葉?って思ったでしょ。」

「君、心読めるの?」

僕は思わず聞いてしまった。

「私は碧。君じゃないし、人の心なんて一切読めないよ。ファンタジー小説の読み過ぎ?」

「じゃあ、何で…。」

「何となく、分かるものは分かるんだよ。」

「そっか…。」

僕が感心していると、碧はぷっと吹き出した。

笑っているところを初めて見て、つい見入ってしまった。

「なんか、沢渡って、おじいちゃんみたい。」

「おじいちゃん?」

「私、本当は、死にたくなんかないんだよ。」

碧はいきなり笑うのを止めて、真剣な顔で言った。

「ど、どういうこと?」

聞いていいのか分からないけど、知りたいなら聞くしかない。

「冬までに、教えてあげる。」

また、冬だ。

冬までに死ぬ、冬までに教える。

なんでそんなに、冬にこだわるんだろう。

 その時、上の階から高田たちの声と共に階段を下りてくる音が聞こえた。

「帰ろ。」

「え、あ、うん。」

僕は急いで靴を履き替えた。

僕が靴を履き終える前に、碧は走って玄関を出た。

僕も、それを追いかけるように走って玄関を出た。

 しばらく走って、田舎道に入ったところで、僕たちは止まった。

お互い息を整えて、歩き始める。

「沢渡、私となんかいていいの?友達いなくなるよ。」

「帰ろって言ったのは碧じゃ…。」

「そういえばそうだったね。」

「それと、碧が転入してくる前は一人しか友達いなかったし。」

「ああ、そんな感じはしてた。」

「なんか、失礼だな。」

「ごめんごめん。」

碧は少しだけ笑った。

やっぱり笑顔が新鮮なものだから、碧が笑うたびつい見てしまう。

「ねえ、僕が屋上に行ったとき、すごい驚いた顔してたじゃん。そんなに飛び降りそうな現場を見てほしくなかったの?」

「え?ああ、そうだっけ?まあ、そうなんじゃない?」

碧は曖昧に答えた。

意見を白黒はっきり言うイメージが強いはずなのに。

まあ、いいか。

今日知り合ったばかりなのに、馴れ馴れしすぎるのも良くない。

というか、今日知り合った女子を下の名前で、しかも呼び捨てで呼ぶなんて、僕にとっては生まれて初めてだ。

「ねえ、沢渡。」

しばらくの沈黙の後、突然碧が話しかけてきた。

「ん?」

「冬までに死ぬのをさ、手伝ってほしいんだけど。いい?」

「え?」

僕は立ち止まる。

「冬までに死ぬのって、本気だったの?」

「うん、当たり前じゃん。」

碧は立ち止まらずにどんどん歩いていく。

急いで追いついた。

「本気じゃなかったら、私はどんな中二病だ。」

「そ、それはそうだけど…。」

たしかに、「俺、明日死ぬからよろしく。」とか言ってかっこつけてるやつはたまにいるけど。

そもそも、かっこよくないし。

「ちなみに、どうやって死ぬつもり?」

こんなこと聞いていいのかと迷ったけど、どうも本気っぽいから聞くしかない。

「飛び降りるの。屋上から。」

淡々と答える碧。

「あの、さ。止めた方がいいんじゃない…?」

「沢渡に止める権利はない。これは私の意志だから。」

「そ、そうだけど…。」

「でも、少なくとも、沢渡は優しいってことが分かった。前に、こんな風に友達に言ったら、『本当に死んでみれば?』って言われて、いや、元々私は死ぬつもりだったからあなたに言われなくとも死にますけどって思ったんだけどね。」

でも、人に言うってことは、止めて欲しいからなんじゃないかな、なんて僕は思った。

それを碧に言ったら、きっと『沢渡に何が分かるの?』と言われそうだけど。

「とりあえず、返事は明日まで待つよ。」

「返事?」

「うん。『冬までに死ぬ計画』を手伝ってほしいってことについての返事。」

僕はまた立ち止まった。

僕が立ち止まっても、碧は止まらない。

「手伝うよ。」

気づいたら、僕の口からはそんな言葉が出ていた。

僕の心はいきなりそんなことを口にした僕に戸惑っていた。

でも、今更口にしてしまった言葉は取り消せない。

取り消してはいけないような気がする。

「分かった。ありがとう。じゃあ、詳しくはまた明日ね。」

碧はそう言って、ちょうど二つに分かれていた田舎道を左の方向へ歩いていった。

碧がどんどん小さくなって、ついに見えなくなるまで、僕は分かれ道の真ん中にずっと立ち尽くしていた。



 「なんで、あんなこと言っちゃったんだろう…。」

家に帰ってすぐさま自分の部屋に行った。

そもそも、死ぬのを手伝うってどういうことだ?

一体何をするんだろう。

なんで、冬なんだろう。

もっと先でもいいじゃないか。

碧は一体、何を考えているんだろう。

いつから、冬までに死ぬことを決めたのだろう。

少なくとも、今年の春?

だって、冬までにってことは今年決めたということだろうし。

「稜大ー。ご飯よー。」

「今行くー。」

とりあえず、詳しいことは明日聞けばいいんだ。



 『ねえ、生と死の境目って見たことある?』

遥か遠くの小さな小さな人影がちゃんと聞こえる声で僕に聞いてきた。

声が、碧の声だった。

『ねえ、生と死の境目って見たことある?』

遥か遠くの人影が消えたと思ったら、僕の後ろに碧が立っていた。

『冬までに死ぬのを手伝ってよ。』

目の前に立っていた碧は真顔で僕に聞いた。

気づいたらそこは学校の屋上になっていた。

振り向くと、屋上の手すりの向こうに碧が立っていた。

『待っ!!』

言いかけた瞬間、碧は手すりから手を離した。

恐怖で叫んだ瞬間、


「はあ、はあ。」

僕は、自分のベッドの上にいた。

「なんだ、夢か…。」

枕元の時計を見ると、時刻は午前二時。丑三つ時だ。

「怖っ。寝よっと。」

横になっても、なかなか寝付けなかった。


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