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冬までに死のう。  作者: 海松みる
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一話


『冬までに死のう。』



 冬までに死のう。

じゃないと、私の意志で死んだことにならない。

そんなの嫌だ。

私の人生は私が終わらせたい。

目に見えないし、あるかも分からない「罪悪感」に殺されるのは嫌だ。

だから、冬までには死のう。

終わらせるんだ。






      ✽      ✽      ✽


 「飴ちゃんいる?」

「大阪のおばちゃんか。」

ボケたつもりはなかったけど、弘人(ひろと)にはボケたように聞こえてしまったみたいだ。

それでも、僕があげたのど飴を素直に受け取る弘人。

そして、それを口に放り込む。

「うん。おしるこに浸した湿布味だな。」

そんな感想をひとつ。

「なんだそれ。」

そもそも、弘人は〝おしるこに浸した湿布〟を食べたことはあるのか。

まあいいか、と思い、視線を下に戻した。

「しっかし。お前の家からの眺めってこんなに良かったんだな。」

弘人はしみじみと言った。

確かに、ここからは綺麗な海が一望できる。

「なんだそりゃ。まるで引っ越すみたいじゃん。」

「いやあ。それがなあ。〝みたい〟じゃなくて、そうなんだよ。」

「え⁉」

驚きのあまり思わず叫んでしまった。

弘人が嘘をつくとは思えないし、本当のことなのかも。

「今日で、お別れだ。明日から二学期が始まるだろ?それに合わせてって感じだよ。」

やっぱり、本当のことらしい。

それにしても、引っ越しの報告ってこんなにさらっとやって良いものなのか?

「そっか…。お別れか。思えば十六年間ずっと一緒だったよね。」

手紙くらい書きたかった。

「俺さ、ずっと思ってたんだけど、お前って語尾が「よね」だよな。女子みてえ。」

「あ?分かったぜ。これから語尾は「ぜ」にしてやるぜ。」

語尾を男子っぽく「ぜ」にしてみたけど、違和感しかない。

弘人は、僕の言葉を聞いて大爆笑。

「それは、俺が言っても違和感しかねえわ。」

つぼに入ったのか、まだ笑い続ける弘人。

「もういい加減にしろよ。」

「そこは、「しろよ」なんだな。」

いや、「してよ」はさすがに女子すぎる。

そう心の中で思ったけど、言うのが面倒くさくてやめた。

「じゃ、そろそろ帰るわ。」

「うん。連絡しろよな。」

僕はちょっと男子っぽく言ってみた。というか、語尾がなんだって、僕は最初から男だ。

女子にだって、口調が男みたいなやつはたくさんいる。多分。

そういう女子がいる事を信じよう。

 ベランダから下を見ると、ちょうど弘人が僕の家から出ていくのが見えた。

まあ、このご時世メールという便利なものがある限り、僕と弘人の連絡は途絶えないだろう。

というか、引っ越しの時ってこんなにあっさりしていていいの?

さっきからそんなことばっか思ってしまう。

弘人らしいといえば、弘人らしいのか?

でも、こんな急に言われて、それを普通のことのように受け入れてしまっている僕も、あっさりしているな……。

僕らしいといえば、僕らしいのかもしれない。

 明日から、誰と仲良くすればいいんだろう。

ふと、そんな事が頭に浮かんだ。

思えば、僕には友達と言える友達が弘人しかいなかった。

弘人が転校したら、僕は誰と仲良くすれば?

心にぽん、と新たな不安ができた。

それと同時に、気も重たくなった。

明日、学校行くの嫌だな…。



 「はい、席に着いてー。」

担任の高橋先生が教室に入ってくると、さっきまでたむろしていた生徒たちがバラバラと座り始めた。

今日も高橋先生は長い髪の毛をポニーテールにしてまとめている。

国語の担当をしている高橋先生だけど、古典が大好きらしく現代文、漢文、古典とあったら古典に一番力をかけている気がする。

 高橋先生は僕達に諸連絡をする。

新学期のこの空気、嫌いじゃない。

まだ新学期に慣れない雰囲気が、新鮮でいいのだ。

「はい、もう知っている人も多いと思いますが、一ノ瀬弘人くんが転校しました。」

静かだった教室に新学期らしい情報が飛び込んできて、一気に教室はざわめいた。

この高校があるこの町は田舎で、小さい頃からメンバーがほとんど変わらない。

中学を卒業して東京の高校に行った人も何人かいたけど、ほとんどが同じメンバーだ。

特に、昔からあまり友達がいない僕とは反対に、弘人は昔から友達がたくさんいた。

だから、教室がざわめくのは当たり前だ。

もしここで僕が転校したという情報が入っても、影が薄すぎる僕の転校ははただの諸連絡で終わるだろう。

「それで、東京から来た、新しい転入生を紹介したいと思います。じゃあ、どうぞ、入ってきてください。」

担任が言うと、教室の扉がゆっくりと開いた。

入ってきたのは、女子だった。

「せんせー。転校したのが男子だったら、男子で埋めないといけないんじゃないですか?」

すぐさま、クラスの中心にいる高田が手を挙げて発言した。

まるでクラスの代表者のように。

「そうなんだけど、他のクラスは人数がここのクラスより多いから、これ以上はってことでここのクラスに転入することになりました。」

先生のちゃんとした回答に満足した高田は手を下げた。

転入生の前で、そんな事堂々と聞くなよ、と僕は心の中で思った。

ただでさえ、東京から来て緊張してるっていうのにそんな質問をしているのを見たら、来ない方が良かったんじゃと思ってしまうだろう。

「あなたは、かわいそうだね。その、なにも考えてない空っぽな脳で、せいぜい日本人男性の平均寿命まで生きられるといいね。」

鈴が鳴るような細い声が、教室中に響いた。

僕は一瞬、天からの声かと思ってしまった。

でも、その声は今日から新しく転入してきた女子の声だった。

僕は驚き過ぎて目を見開いてしまった。

もちろん、さっきまでざわめいていた教室は、その言葉で一瞬にして凍りついた。

予想外のことを言われた高田は、口をポカンと開けていた。

僕はその表情を見て、少しスカッとしてしまった。

毎日、「自分はクラスの人気者です」みたいな顔で堂々と非常識な質問を口にする高田のことを、僕はあまり好きではなかったから。

 転校生に向けられる周りの視線は、さっきまでの「興味」とは一変して、「驚き」と「除外」になっていた。

この状況は、最悪だ。

ここに弘人がいたら、なんとかしてこの空気を変えてくれるだろう。

でも、弘人はもういない。

きっと、この転入生はいじめられるだろう。

僕は、ただの傍観者へとなってしまうのかな。

「影が薄い」というポジションから動いてはいけない気がした。

みんながひとりひとり守っているポジション。

それを簡単に覆してはいけないのだ。

それがこのクラスの暗黙のルール。

 凍りついた教室に、高橋先生が咳ばらいをひとつした。

「自己紹介をお願いします。」

転入生は無言で教卓まで歩いた。

「こんにちは。如月碧(きさらぎみどり)といいます。二学期からですけど、これから三年間よろしくお願いします。」

淡々とした自己紹介。

「三年間」が、とても嫌な日々になることを、この子は分かっているのだろうか。



 「まじムカつく。」

昼休み、如月さんが教室にいるにも関わらず、中心の男女グループは堂々と悪口を言っていた。

 如月さんは、静かに席を立って、教室を出た。

僕は、みんなにばれないように静かに教室を出て、如月さんを追いかけた。

階段を上に上っていったってことは、屋上に行くつもりなのかな。

きっと、一人で泣いているんだ。

如月さんも悪いけど、やっぱりクラスの人全員が敵に回るのは、転入早々辛いことだ。

みんながいないところでは堂々と慰められるなんて、やっぱり一番最低なのは僕かもしれない。

みんながいるところでは、ただの傍観者。

みんながいないところでは、正義のヒーロー。

僕は偽善者。

そんな言葉が頭に浮かんだ。

もう、分からないや。

 そっと屋上の扉を開けた。

如月さんの姿は見えない。

扉とは反対側にいるのかも。

そう思って、音を立てないように扉を閉めた。

忍び足で扉の反対側の壁に背中をくっつけた。

そして、壁からそっと覗いた。

「え…。」

目に飛び込んできた光景に、一瞬体が石のように固まった。

如月さんは、泣いてもないし、落ち込んでもいない。

じゃあ、何をしているかって。

それは、〝屋上から飛び降りようと〟していたのだ。

如月さんは完全に手すりの向こう側にいる。

早鐘のように鳴る心臓を落ち着かせる暇もなく、僕は壁の影から飛び出した。

「如月さん!!」

声の限り叫んだ僕に気づいた如月さん。

如月さんは振り向いた。

僕の顔を見るなり、目を見開いて驚きの表情を浮かべた。

「なん、で……。」

今にも消えそうな小さくて細い声は、ちょっとでも周りで雑音が鳴っていたら聞こえなかっただろう。

でもここは、田舎。

そして今日は、静かすぎる青空が、限りなく空に広がっている。

如月さんはそんなに、屋上から飛び降りようとしていたところを見られたくなかったのか。

 屋上の手すりの向こう側にいた如月さんは、しばらく固まっていた。

でも、僕が一歩足を動かした途端、我に返ったように手すりを越えてこちらに向かってきた。

「君、名前、何て言うの?」

如月さんは突然、途切れ途切れにそんな事を聞いてきた。

沢渡(さわたり)稜大(りょうだい)と、申します。」

なぜか、自己紹介が営業の人みたいになってしまった。

でも、如月さんはにこりともせず、僕の目を見つめた。

「ねえ、生と死の境目って見たことある?」

「え?」

今、すごい深い質問をされた気がする。

「やっぱり、何でもない。」

如月さんは目をそらした。

「あの、如月さん…。」

「さん付けは止めて。気持ち悪い。それと、喋るならもっと堂々と喋って。」

僕の心に今、小さな穴が一気に二つも空いたような…。

「は、はい…。如月…。さん…。」

僕はつい、さんを付けてしまった。

「聞いてなかったの?さん付けは気持ち悪いって。そんなに如月にさんを付けたいなら、いっそ碧って呼んで。」

確かに、碧なら、さんを付けなくても違和感がない。

「碧。でいいかな。」

「良いって言ってるでしょ。」

碧は僕の目を見ないで言った。

やっぱり、言い慣れない。

「で、なんなの?さっきのこと?」

「う、うん…。」

屋上から飛び降りようとしていたってことはやっぱり…自殺?

しばらく沈黙が続いた。

静かすぎる青空は、やっぱりどこまでも静かだった。

あと十分くらいで、昼休みが終わり、予鈴が鳴る。

「この町は、静かでいいね。」

「え?」

突然、碧は関係ないことを口にした。

「私、冬までに死のうと思うの。」



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