イーガーコーテル
大銅貨 = 100円
銅貨 = 10円
くらいだと考えてください
「……なんだ、この店は」
赤と黄を基調とした看板に、『王将』という謎の文字。
だが、その文字の隣に「冷えた酒とギョウザ、あります」と拙い字で書かれているのを見ると、どうやら酒場のようだ。
*
その日、傭兵アランは悩んでいた。
長期の依頼がひと段落ついたので盛大に飲もうと思ったのだが、依頼人の手違いで報酬が後日支払われる事になったのだ。
手持ちの金は大銅貨が7枚と、銅貨が数枚しかなく、これではまともな酒を飲むことは出来ない。
この不備の分は報酬を上乗せする事で解消したのだが、この酒を飲みたいという欲求は解消されなかった。
アテもなく彷徨っていると、どこからか香ばしい匂いが漂ってきたのだ。
そしてたどり着いたのだが、この『王将』という謎の店だった。
*
「……酒場、なんだよな?」
アランは看板と店の中を睨めっこして迷っていた。
この街には何回も来たことがあったが、こんな店は初めて見た。
新しく出来た店なのだろうが、この街には不相応と言えるほど小綺麗で、周りからは明らかに浮いていた。
「……どうしたもんかな」
透き通ったガラス越しに店内を覗き見るが、客はいないようだ。
だが、この香ばしい匂いは明らかにこの店から出ている。
「ええい、傭兵は度胸だ!」
意を決して店のドアを開けた。
カランカラーン
「いらっしゃいませ! お一人様ですか?」
「あ、ああ。」
「はーい! こちらのテーブル席にどうぞ!」
流されるがままにテーブル席に座らされる。
「ご注文がお決まりの頃に伺いますね!」
そう言うと給仕は水の入った器を置き、一礼して去っていった。
「(なんだここは……! この夕暮れ時に昼かと見間違うほどの明るさ! 藁に座ったかの如く俺を包み込む椅子! 見たこともない装束を着た給仕! お、俺は天界にでも迷い込んじまったのか?)」
アランは戸惑っていた。
片田舎の古都市にこんな見たこともない店があるわけがないからだ。
しかし、目の前に広がるのはそのあるわけのない店。そして今自分はここにいる。
常識と現実が入り乱れ、混乱するのも仕方のないことだった。
「(ひ、ひとまず水でも飲んで……う、うまい! こんなに冷えた水を飲んだのは初めてだ!)」
落ち着こうと思って飲んだ水だったが、かえって混乱することとなってしまった。
「あの……いかがなさいました?」
そんなアランを見兼ねてか、先ほどの給仕が心配して声をかけてきた。
「い、いや。なんでもない。注文を頼みたいのだが……」
「注文ですね! 承ります、どうぞ!」
「えーっと……」
ここでふと気付く。
「(しまった! 品書きを見てないぞ!)」
しかし、ここでやっぱり決まってません、などと言えるはずもなく、無難なものを注文することにした。
「とりあえず酒と……なにかつまめる物を頼む」
「酒とつまめる物……ナマチュウとギョウザでよろしいですか?」
「あ、あぁ。それでいい」
どちらも聞いたことのない物だったが、仕方ない。
食えない物を提供はしないだろう。
「オーダー! イーガーコーテー!」
給仕が料理人の男性にそう叫ぶ。
イーガーコーテー?なにかの呪文だろうか。
魔法を使う料理屋、と言うものが王都に出来たという噂は聞いていたが、もしかしたらこの店もその一つなのかもしれない。
そう考えるとこの店の不可思議なことにも納得がいく。
「お待たせしました! ビールとギョウザです!」
などと考えていたら先ほどの注文がもう来た。
まだ注文してから7分くらいしか経っていないはずなのだが。
「伝票はこちらに控えさせて頂きますね! ごゆっくりどうぞ!」
「ありがとう」
そうしてアランの前に並べられたのは先ほどの水の器より大きめの器になみなみと入った金色の液体と、謎の物体が6個乗った皿が一枚。
「(見たこともないぞ……これは酒、なのか? こっちのへんな形をしているギョウザ、とかいう物は……香ばしい匂いの正体はこれか!)」
そう、アランをここに導いた香ばしい匂いの正体はギョウザだったのだ。
「(まずはギョウザとやらを一口……)! なんだれは!」
ギョウザを一口齧ると、ニンニクの香ばしい匂いが口の中に爆発した。
それを追うように、肉の芳醇な旨味が喉の奥まで駆け巡った。
「うまい! メチャクチャうまいじゃないか!」
その勢いのまま酒を流し込む。
黄金に輝く液体が、口の中を苦味で引き締め、冷たい液体が喉に染み渡った。
「この酒もメチャクチャうまい!」
そして再びギョウザに箸を伸ばす。そして、酒。
ギョウザ、酒、ギョウザ、酒。
ギョウザと酒のダブルパンチは、アランを夢中にさせるに事足りるものだった。
「むぅっ!?」
さらにギョウザへとハシを伸ばしたが、既にその皿は空だった。
当然だ。ギョウザは1人前6個しかないのだから。
「すまん! ギョウザとビールをもうひと……」
と、給仕に言おうとしたところで自分の懐事情を思い出した。
そうだった。金が殆ど無いのだった。
「はい! ギョウザとビールを……」
「い、いや。すまん。勘定を頼む。」
「かしこまりました! レジまでお願いします!」
と、会計を済ませるために立ったはいいものの、正直なところ不安でいっぱいだった。
「(あれだけの料理……王都で以前食べた料理屋の何倍もうまかった。と、言うことは値段もそれ相応のはず……万が一、足りなかったら……いや、足りないだろう。ここは店主に頼み込んで支払いを待ってもらうしか……)」
「お会計は、大銅貨7枚です!」
「すまん、今手持ちが……ん? 今いくら、と言った?」
「大銅貨7枚です!」
何と言うことだ。あれだけの酒と料理で大銅貨7枚? 冗談だろう。
「……嬢ちゃん、本当に大銅貨7枚で良いのかい?」
「はい!」
……どうやら間違いないらしい。
皮袋から大銅貨を7枚取り出し、給仕に渡す。
「はい、丁度ですね! ありがとうございます!」
「お、おお。うまかった。ありがとう」
信じられないが、本当に大銅貨7枚で済んでしまった。
もしかしたら、あの給仕は自分の懐事情を見抜いていたのかもしれない。
魔法使いであるのなら、納得がいく。
「……ところで、嬢ちゃん。なんて名前だ?」
「私ですか? マツヤ リイナと申します!」
「リーナか、覚えた」
カランカラーン
「……報酬届いたら、また来るかな」
名残惜しそうに店を軽く眺めて、その場をさるアランなのだった。
重ねて言いますがフィクションです。
どう続けるかも未定ですが、どうぞよろしくお願いします。