光輝ノ羽
「ん? カイリ?」
ラシュ姉様の問いかけが、どこか遠くに聞こえる。
私は熱に浮かされたように右手を前に突き出して、目を閉じた。
「三天に帰す、想いの剣」
私の右手に、確かな熱が集まっていく。
「それは心の海より出でしモノ。なにより鋭く、なにより鈍き銀色の剣」
心臓から身体のいろんなところに目まぐるしく映る熱が、私の身体を、腕を、口を突き動かす。
「か、カイリ? 一体どうしたのよ」
「こ、この光は?」
ラシュ姉様と、えっとなんだっけビクトーリャさん? だっけ?
二人の困惑した声が聞こえてくる。
「お前の願いを聞き届けよう。この銀剣に、誓え天魔よ」
瞼の奥がじわじわと熱くなっていく。
「生と死を知る無垢なる魂。そのか弱き声を、境界の乙女が世界に刻む」
そうだ。
境界に触れた弱き魂が泣いている。
私はその声を、その助けを聞き届けなければならない。
「声高く叫べ! 眩き光の子よ! その願いを以って、ここに契約を契る!」
自分でも気づかない内に大きくなっていた声が、大ホール中に不思議に響いた。
ゆっくりと目を開ける。
視界に入る周りの人たちが、目を丸くして私を見ている。
お願い妖精さん。
貴女の想いを、願いを聞かせて?
私はそれを叶えたい。
だからお願い、貴女の綺麗な願いを私に聞かせて!
「ワ、ワタシノオネガイ……」
小さな小さな妖精さんが、私の鼻に両手をくっつけてふるふると震えた。
「ワタシハ、ワタシハ! ナカマヲタスケタイ!」
それはとっても小さくて、でも確かにここにある力強い綺麗な願い!
「天に刻む! 貴女の想いと私の想い! それはいつだってひとつ!」
私はいつのまにか右手に握られていた輝く銀色の剣を頭上に掲げた。
周りの人たちが一斉にざわつく。
刀身に青い文字で刻まれるのは、この妖精さんの本当の名前。
境界に記憶されていた、生と死を知る、か弱き命の名前。
この剣は私の心の海に眠る剣。
形を持たず、意味も持たない銀色の剣。
だからこそそれは世界の理に触れることができる。
天と地と、その小さき命に願いを刻もう。
私と妖精さんの願いを!
「お願い! この子に力を!」
『しかと聞き遂げた! さぁ、小さき魂の真なる名を叫べ!』
私の声に、誰かが頭の中で返事をした。
それは透き通っていて、爽やかで、安心できる──私が知っている筈の声。
「光輝ノ羽──貴女はシャイン!」
瞬間、妖精さん──シャインの身体が眩く光り輝いた。
それは大ホール中を照らし、そこに集まった人たちの目を眩ませるほど。
「なっ、なにごと!?」
「カイリ!!」
たくさんの声がざわざわと広がっていく。
それは一斉に鳴り出し、そして徐々に徐々に収まっていく音のさざなみ。
やがてみんなの目が光に慣れ始めた頃──。
「わ、私の妖精が!!」
さっきまでビクトーリャさんの服に繋がれていたはずの六人の妖精さんたちが元気よく羽ばたき、光の粒子を撒き散らしながら大ホール中を飛び回っていた。
首にキツく巻かれていたはずの紐はいつの間にか消え失せていて、さっきまでまるで死にそうなほど弱々しかった顔に満面の笑みを浮かべて。
妖精さんたちは大ホールの中を自由に、楽しそうに舞っている。
先頭を飛んでいるのは、一際大きな金色の羽が綺麗な桃色の髪の妖精──シャインだ。
「ミンナ、モウダイジョウブダヨ。アノコガ、キョウカイノオトメガ、ワタシニチカラヲアタエテクレタノ。ワタシガミンナヲゲンキニシテアゲル!」
シャインのその嬉しそうな声に、他の五人の妖精さんたちが笑顔で応えた。
大ホール中に降り注ぐ光の粒子──金色の鱗粉はシャインの大きな羽から振り撒かれている。
私は優しく舞い降りる光の鱗粉を、右手の平で受け止めた。
「暖かい……」
ほわっと、気持ちがポカポカする。
「カイリ……貴女なにを……」
私の背中を支えながらシャインたちを見上げるラシュ姉様が、小声で問いかけてきた。
「あの子たち、苦しんでたんです。シャインは仲間が死にそうになってるって……助けてって私を求めてたから……」
「妖精の言葉が……分かるの?」
「え、は、はい」
「……コワールのことと言い、あの妖精たちと言い、貴女はなにか不思議な力を持っているみたいね……姉様やエリックと相談しなきゃ。だけどその前に──」
ラシュ姉様は苦笑いを浮かべて、視線をシャインたちからすぐ目の前。
天井を見て呆けている赤と青のメタリックなドレスを身につけたおばさん──ビクトーリャさんに向ける。
「これ、なんて説明しようかしらね」
ひくひくと口の端をひくつかせて、ラシュ姉様はため息を吐いた。
大ホールに集まったお客様たちは、シャインと五人の妖精さんたちの舞い踊る姿と、そして光の鱗粉に大きな歓声をあげている。




