本日はブリザードなり。落雷に注意せよ。
ようやく事務所に帰ってこれた。帰りのバスが50分遅れで、信号という信号に引っかかりまくった。
夕焼けが窓から差し込む中、事務所のあるフロアにやっと着く。すると、前にいるクラさんがピタッと止まる。その背中に顔から突っ込む俺。痛い。
「やばいな。ブリザードに落雷ってか?」
ブリザードに落雷?よくわからんが、嫌な予感。
「クラさん、どうしたんですか?」
「ああ・・・。中で、ちょっとね。」
そういって、恐る恐る事務所のドアへ近づく。後に続く俺。
段々と、女の子の怒鳴り声と何やらガタガタと鳴る音が聞こえてくる。
「いいかい、俺が先に中に入るから、合図をしたらそっと入ってきて。」
死地に赴く兵士の顔でそういうクラさん。いったい何?!
カチャン、キィ―――ビュオオオ!
へ、雪?!
薄く開けたドアの隙間から出てきたのは、まぎれもない、雪。
「うっひゃぁ、さみぃー。エンすっかり怒っちゃってる。」
「なんで部屋の中から雪が出てくるんですか?!」
「ボスがエンを怒らせちゃって、そのせいでエンがブリザードを起こしちゃってるの。
しばらくやまないけど、ちょっと待てば収まるから。」
怒った時のブリザードって、概念的なものじゃなかったっけ?
5分位たつと、ようやく音が小さくなってきた。
「そろそろいいかな、っと。」
そういってドアを全開にし、ずんずん中に入っていくクラさんに着いていく。
職員室みたいな部屋の一番奥、校長先生の席に当たる場所。椅子に座って漫画を読んで笑っているボス《幼児》。
そして、応接セットの近く、4人班型にくっつけた机の、右奥の位置に座り、パソコンをいじっているのは、女の子。
はっとするほどの美人だ。フランス人形みたいな整った顔立ち。
透き通るような肌。
長いまつ毛に縁どられるのは、サファイアの瞳。
きゅっと吊り上がる猫のような大きな目、そして薄く色ずく唇。
ブロンドの長い髪を頭のてっぺんに近いところで結ぶせいで、ただでさえ小さな顔がさらに小さく見える。年は僕と同じ位かな。
多分この人が「エン」さんだろう。めちゃめちゃかわいい。眉間に寄ったしわさえなければだけど。
って、眺めてる場合じゃない!あいさつしなきゃ!
「はじめまして、今日からここで働くことになりました、寺口清といいます。よろしくお願いします!」
「・・・。」
「あの、よろしくお願いします!」
「・・・。」
「えっと・・・。」
「・・・。」
「その・・・。」
「・・・。」
「・・・外国の方ですか?」
「今は日本人。君の言う『外国』に当てはまるところ出身じゃない。」
しゃべった!えらくきれいな声だなぁ。
「エンちゃんはね、この世出身じゃあないんだよ。いわゆる『異世界』ってやつ。ね、エンちゃん。」
そう口を挟むのは、さっきまで漫画を読んでゲラゲラ笑っていたボス。
「なに?あんたに口挟んでほしくないんだけど。」
「えぇー。つれないなぁー。どうしてそんなに機嫌が悪いんだい?」
「あんたがあんたの仕事を私に押し付けたからでしょうが!『労働基準法』って言葉知ってんの?」
うぉー。つんつんしてるなー。そしてボスはさりげなく耳をふさぐ。
「あまり気にしないでね。二人はいつもこんな感じだし、これが師弟のコミュニケーションの取り方でもあるから。」
呆然と目の前の言い争いを聞いている俺に、クラさんが教えてくれる。
「師弟って、どっちが『師』なんですか?」
「ボスに決まってるじゃん。ああ見えて、ボスは君のお父さんよりはるかに年上だよ。エンは俺より年下だけど、ほんの赤んぼの時からの弟子みたい。だから俺の先輩なんだ。」
なんだかまるで俺の親父のことを知っているような話しぶりで、少し引っかかることはあるけど、まあいい。
やることがないから、空いている一番近い席に座る。
「ねえ!」
いきなり横から話しかけられる。ボスが立っていた。
「寮の方を案内するから、ついてきて。」
どうやら、寮は近くにあるらしい。