066 親
ヴェイド戦の続きです。
ちょっと待って、アレ、二人の胸を貫いてなかった!?
二人はその衝撃を受けて弾ける様に離れると、地上へ落ちていくのが見える。
あの黒い線に貫かれた二人の傷がどの様な状態なのか心配だし、自由落下していく二人をキャッチしてやりたいけれど、そんな暇なく私の目前にも奴が現れたわ。
奴が殴りかかるけれど、私の周囲の結界に阻まれて殴りつけることは叶わなかった。
しかめ面して睨む彼を私も睨み据える。
……本当に鬱陶しい。
私はあの子達に約束したのよ? 何があっても助けると。
それなのにこんな些細なことすら出来ず、守れず、傷をつけてしまった。
あまつさえ、このまま勝ち逃げですって?
……そんなの絶対許せるわけないじゃないのよ。
「人間風情が結界とはな。お前は何者だ」
「……人間風情、人間風情って。……おネエを馬鹿にすると、痛い目見るわよ」
「はぁ?」
ヴェイドがあざ笑うように振りかぶった瞬間、彼の腕が弾け飛ぶ。
「ぐぅ!?」
私は間髪入れずに次々と奴の体を結界でとじ込んでいく。
振り払う様に動くヴェイドだけど、結界はどんどんと彼の体を囲い、四角い立方体に覆われていく。
「な、なんだ!?」
驚いた彼は後退して距離を取ろうとするけれど、結界に閉じられた体は身動きが出来ない。それを悟った彼が流体に戻ろうとした瞬間に結界の細胞を真空爆発させてやったわ。
そして、逃げようとする水も逃さず結界に包み込んでいく。
「どこにそんな力が!」
そうね。
私も不思議よ。
こういうのは何処から湧いてくるのかしら。
でもね、人間死ぬ気で頑張れば火事場の馬鹿力が出るものでしょう?
それに、私にも譲れないものがあるの。
私の脳裏には生前の病床に伏す前の母の姿が思い出されていたわ。
あれは昼食をとっている時だった。
実家の居間のダイニングテーブルに座る母は、突然こんな話をしたの。
「……聖には、本当に良くしてもらっているわ。有難うね」
「何を言ってるの。こんなの、当たり前のことをしているだけだよ」
もう死期を悟っていたのだとは思う。
普段はあまり褒める方ではなかった母。
それは私が褒められるような事をしていないからってのもあるけれど、割とストレートにものを語る母の性格から、単にオブラートに包むことが無かったからだろうけど、それだけにその言葉の重みが違って聞こえたのよね。
だからというか、私はその言葉を素直に受け入れる気にはなれなかったから、こんな返しになったのよ。
でも、母は僅かに首を横に振り、対面に座る私の目を見て言ったの。
「ううん。貴方が居てくれたから、私はこうしていられるの」
「そんなこと考えなくて良いよ。これまで世話ばかり掛けてきたんだから、母さんには当然の様に世話を受ける権利がある。だから気に病まず当たり前に何でも言って」
これは私の正直な気持ちね。
母はいつでも私の為に全力で身を張って助けてくれた。
自分がどんなに傷付いたり体を壊すことになろうとも、私がどんなに馬鹿な息子だとしても、呆れずに諦めずに付き合ってくれた。その母に何も良いところを見せられず、こんな言葉を話させてしまう自分の不甲斐無さを、私は情けなく思ったものよ。
でも、母は私の気持ちを見透かすように、微笑んで話すの。
「私は、貴方に世話を掛けられたとは思っていないわ。勿論、貴方は私の言う通りになんてちっとも動かない子だけれど、こうしてここで親身にしてくれている。それだけで私の育て方に間違いはなかったと思うわ。フフ」
「……もう、何言ってんの」
母は私の至らない世話にも文句を言わず、私の事を最後まで心配し褒めてくれた。
でも、弱っていく彼女がその言葉を紡ぐ意味の残酷さよね。
次に思い出すのは自分では身動きも不自由になった頃、ベッドで横になる母の姿だったわ。
日に日に弱りゆく彼女の手を取ってやることしか出来ない不甲斐無い私。
世界で唯一の……最後の私の家族だったのに、彼女に誇らしいことは何一つ出来ず、私は二月の寒空の下に彼女を送ることになった。
まだ、母には生きていて欲しかった。
彼女の死は、私の中に深い喪失感をもたらしたわ。
そして、深く後悔もした。
……もしかしたら彼女を守れたかもしれない様々な問題を、私は対処出来たかもしれないのにやれなかった。そのせいで彼女は深く傷つき、安定していた病状は急速に悪化を辿り、為す術無く彼女の命を失ってしまった。
それは全て私の甘さが作った結果よ。
……でも、そんな間違いはもう沢山。
「家族を……、家族を害した輩を放っておくほど、私はお人好しじゃないの!」
奴の口が何かを言い掛けていたけれど、そんなの関係なく頭を結界で囲んで消し飛ばしってやったわ。私は彼が言葉にする暇さえ与える気なんて無いの。そんな無駄口を叩く暇があれば、私に許しを請い、もっと早く悔い改めるべきだった。……だけど、それを貴方はしなかった。
それが貴方の出した結論よ。
体の芯から全身に伝わる痛みが走る。
あのLPを消費する際の独特の痛みだけれど、それが全身に飛び火して広がっている様な感じかしら。まるで体がこれ以上の力の行使を拒絶し警告するような痛みだけれど、そんなん構っていたらアイツを倒すことは出来ない。
消して消して消しまくる!
存在そのものを消し去らない限り、あいつに勝つなんて不可能だもの。
『キョーコ、それ以上はやめろ!お前の命が尽きてしまう!!』
『主、やめるのだ!』
唐突に脳裏に二人の悲痛な声が響く。
良かった。生きているのね。
でも、このまま私が何もしなかったらアイツの勝ちでしょう?
そうなったら、貴方達を守れる存在はいなくなる。
そんなの許しはしない。
私の前から家族を奪うような奴は絶対許しはしないわ。
この命に代えたって、差し違えても必ず勝つ!!!
私は所詮おネエよ。
母を送ったあの日以降、私の中から火が消えたように世の中のものがみんな色を失ったの。
元々恋愛気質ってわけでもないから、恋や愛にのめり込む方でもなかったのもあって、あまり深い人間関係にならなかったということもあるから、私の周囲で私のことを理解してくれる人もいないし、世話をしていた子もその日を境に私のもとを去ったから、本当に何もかもが私の手から砂の様に零れ落ちていった様な感覚だったわ。
そんな時でも古くから付き合いのあった二人は気心も知れているから、夜の世界でお馬鹿な空騒ぎをしながら気を紛らわす様になったの。
でも、それは簡単に埋まるようなものではなかった。
三人でこの世界に飛ばされた時、私にとってはこの非現実感が救いに感じたのよ。
確かに状況は非常識でどうなるか不安もあったけれど、もはやあの現実には戻りたいという気持ちも働かないくらいには、私の中での重要度は下がっていたんだと思う。だからこそ、私はこの場に心を逃避させていたのかもしれない。
二人には悪いけれど、私は本当に状況を楽しんでいた。
家族とは違うけれど、人との共同生活が久しぶりに私の中に火を灯してくれたから。
二人とはぐれた時はどうしようと思ったけれど、パトラッシュが一緒に居てくれたのは心強かった。主の為にと言いながら私の気持ちを感じ取るのか、私がしがちなみんなへの心配も感じ取って動いてくれる。犬は飼い主に似るとは言うけれど、そんなところは似なくても良いのにっていつも思うの。
そして、インディ。
まだ数日しか彼と過ごせてないけれど、私にとっては重要な変化をもたらす存在かしら。
世の中から私の様なおネエが消えたって何の痛みもない。
それこそ塵同然の存在かもしれないけれど、私の中からあの子達が消えるのは許せないの。
……もうあんな心が千切れるような痛みは沢山。
私にとっては束の間であれ、心の平穏を取り戻すためのピースだった。
彼らが欠けては完成しないパズルだったのよ。
私は親になることは無かったけれど、世話をすることは経験していた。
何の因果かそういう事情になっていたからだけれど、世間一般にはそれを親子とは認めないものでしょう?
私が親心を語ると、それを真っ先に否定する人が居たものよ。
実子を持っている人は、私の言葉に中身が無いと断じる権利があるかのように。
反論はしなかったのかって?
そんなことをしたって理解はされないわ。
そもそも、私自身がそのことを分かっている以上、言わせておく他にないもの。
所詮は人の子。
私の子ではないって。
実際、私が親として呼ばれたことは無いし、そう呼ばせたこともない。
それは私の中にある常識が決めた線引きであって、子供の心を考えたらそうあるべきだと思ったから。
……いいえ、いずれやって来る別れを知っていたからかしら。
でも二人には呼ばせた。
それは私の心の中の寂しさを埋める自己満足の言葉だったけれど、思いのほか私の中では温かく響いたのよ。
人はお飯事だとか、偽りだとか言うかもしれないけれど、彼らが私の中でぎこちないながらも家族としての触れ合いを与えてくれた事実は消えない。
そんな二人に約束した言葉すら守れなくて、私が親を名乗る資格があるかしら。
私が母から受けてきたように、彼らにもそれを見せていくのが私の持つべき覚悟よ。
私は痛む体を押して自分の防御結界を解くと、素早く動いて奴に接近し複数の結界を同時に張り込んで消し去る。瞬時に空間内部で真空爆発した破片を聖魔法で浄化しながら、最後の一片まで全て囲みきる。
「終わりよ!!!」
ボシュン!!!
ついに、ヴェイドの体は塵となって消し飛んだ。
叫び声を上げるための頭すらなくなった彼が何を思って消えて行ったのかわからないけれど、ざまーみろよ。
私の子達を傷つける奴は容赦しないんだから。
……フフ。
私はそれを見届けた時には意識が白んでホワイトアウトしていたわ。
瞬間的にふわりと浮いている様な感覚が全身に伝わったかと思うと、急速に重力に引っ張られるのを感じた。
「「父さん!!!」」
遠くで二人のそんな叫び声が聞こえた気がした。
あらまぁ、私の事をそう呼んでくれるの。
フフ、こんなおネエのお父さんでごめんなさいね。
でも、お芝居だとしても、……嬉しいじゃない。
キョーコの中での過去が語られ、それが彼へ覚悟を促しました。
文字通りの全力を尽くした彼は、力を失って自由落下していきます。
次は後始末です。




